『NOW LOADING』試演会レポート 天
羽尚吾と海老原恒和がオンラインゲー
ムを舞台に挑む、新たなミュージカル
の形

2023年2月11日(土)より東中野・驢馬駱駝にてミュージカル『NOW LOADING』が開幕する。『弱虫ペダル』をはじめ様々な演劇や映像作品に出演する俳優の天羽尚吾が演出とプロデュースを手がける本作のテーマは、“アーバン・ポップ・ミュージカル”。二人芝居とミュージカルの魅力を一つに融合させた新たな試みである。オリジナル楽曲の作曲を担うのは、シンガーソングライターで天羽とともに本作に出演する海老原恒和。上演台本はドラマ脚本などでも幅広く活躍する相馬光が手がける。天羽と海老原が併せ持つ多彩な魅力を存分に抽出した物語。その舞台は、オンラインゲームだ。
オンラインゲームの実況配信をきっかけに意気投合し、バディを組むことになった“ジョニ”と“TAI”。互いの本名も顔も知らない二人はそれぞれの持ち味を活かしながら一つずつステージをクリアしていくが、次第にオフライン上の横顔が垣間見始める。二人が抱える事情と秘密、そして互いへの違和感。それらがもたらすものとは……。
今回は、上演を前に開催された試演会の様子と少しのあらすじとともに、試演会を終えた天羽と海老原のインタビューもあわせてレポートする。
■『NOW LOADING』試演会レポート
試演会は稽古場の一角を舞台に見立てて行われた。客席はアクティングエリアから一定の距離を置いて設けられており、観客は稽古場のキャパに応じて10名弱ほど。感染対策に準じたミニマムな試演会ではあったが、“試演”を越えた完成度の高さと観客の前のめりな反応が印象的であった。
まず行われたのは、上演会場の説明。
「本番ではここにソファを置いて、背後には階段があります」
美術や音響や照明のプランに加え、空間そのものがイメージできるよう広さや設備などの詳細が天羽から伝えられた。
「あれ、もう始まってる感じですか?」
冒頭のセリフは先程の説明と地続きに観客に向かって投げられているように見えた。しかし、物語はすでに動き出していたようだ。舞台の前説と思いきや、オンラインゲーム実況の挨拶なのである。現実から舞台の世界へと誘われると同時に、3次元の演劇空間は2次元のオンラインゲームへと接続していく。
オンラインとオフライン、その接続。冒頭から鮮やかなまでにスムーズに体現されたこの仕掛けは、『NOW LOADING』という演劇の一つのキーワードでもある。その後に続く天羽演じるジョニの独白を聞いているうちに一気に没入感は高まり、オフラインであるはずの観客はいつしかオンライン上の視聴者へと成り代わる。
休職中にゲーム実況の配信を始めたジョニは、今日もパソコンを開き、実況を始めようとしていた。ゲームのシステムについて熱く語るジョニであるが、「死にゲー」という言葉をきっかけにオフラインでの「労働」をふと思い出す。ブラック企業での酷い労働環境をきっかけにジョニは休職することになったらしい。ここでM1、最初の楽曲「地獄選び」が差し込まれ、歌唱が入る。
一曲目から“アーバン・ポップ・ミュージカル”というテーマを堪能できる楽曲だ。洗練された曲調とポップな歌詞、しかし、“アーバン”で“ポップ”ながらも社会を切り倒すような音と詞の力強さに圧倒される。有給休暇、休職手当、労災。歌詞からはそんな言葉も飛び出してくる。ここでふと確信をする。どうやら、『NOW LOADING』は社会劇でもあるようだ。天羽の華奢でしなやかな身体から溢れ出すエネルギー、歌唱のクオリティはさることながら佇まいや表情も含めてそのパフォーマンスに覚悟を見るような一幕だった。
曲が終わり、ゲーム配信が本格的にスタートする。しかし、予定外の出来事が勃発。一緒にバディを組む予定のプレイヤーが急遽来られなくなったのである。コメントを打ち込み、参加してくれる相手を募るジョニ。そこに現れたのが視聴者の 一人、 “TAI”であった。
コメントでのやりとりを通じて、TAIがどうやら自身とは正反対の体育会系であることを察したジョニは、やや腰が引ける思いになりながらも、一夜限りの即席パートナーとして割り切ってゲームを続けていく。そんなこととはつゆ知らず、何かにつけて「押忍!」とやる気満々の返事をするTAI。クリアはできないまま配信を終えるのだが、二人の関係は続く。TAIからメッセージが届いていたのだ。
「もう一回あのステージ、チャレンジしませんか?」
「クリアしたら、自分と一緒に配信しませんか?」
再びオンライン上で再会した二人は、ひょんなことからバディとして配信を行うことになる。互いの素性を知らない二人だが、それぞれの強みを活かして目の前の敵とファイトしていく。バディじゃないとチャレンジできないステージやクリアをした者にしか見ることのわない美しい景色。そんなオンライン上での価値を見出していく二人は、徐々にオフラインの心をも通わせていくように見えた。
挑戦するステージ毎に二人が“武装”していく様、その衣装の変化や変身への演出も、2次元と3次元、オンラインとオフラインの境界をつぶさに抽出する仕掛けになっていた。限られた空間や装飾を駆使して劇世界の奥行きをクリエイトするアクティブな探究心が二人きりの表現に数えきれない可能性を見出していたように思う。
要所要所に差し込まれる楽曲がさらに二人の心象を如実に表出していく。ストレートプレイならではのさりげなくも濃密な会話劇と、歌でないと伝わらないような言葉を以て表現される心の機微。それらを融合させ、飛び出す絵本のような驚きを携えながらシーンを更新していく様はまさに新ジャンルと言って過ぎない。海老原が作曲、天羽が作詞をそれぞれ担った多様な楽曲たちはシーンに確かな彩りを添えていた。
歌が終わり、会話が始まる時。会話が終わり、歌が始まる時。セリフと歌詞の境界、その接着の滑らかさも本作の魅力の一つではないだろうか。そして、その全てがしっかりと物語と手を取り、連動していること。物語の行方を混線させることなく観客に伝える丁寧な表現が印象的であった。
海老原演じるTAIの身体ごとぶつかってくるようなキャラクター性も見ていて目が楽しい。時折飛び出す熱い格言や無茶な戦法でステージに挑んでいくアクティブさはまさにジョニとは正反対。しかし、それだけではない繊細な一面をも持っていることがささやかなセリフで伝わってくるところに想像が膨らむ。TAIのオフラインの素顔は一体どんなものなのだろうか。
平熱で淡々と何かを諦めるように生きているジョニと、エモーショナルに体当たりでぶつかってくるTAI。その相反するキャラクターが繰り広げる絶妙なコンビネーションはやがて視聴者の間でも話題を呼び、徐々に人気を集めていく。しかし、二人にはそれぞれ人には言えぬ秘密があった。
オンライン上で逢瀬を重ねるうちに、オフラインでの二人の姿が生々しく立ち上がり、互いの素顔の片鱗が少しずつ明らかになっていく。そこには現代社会で生きる若者の生きづらさが横たわっていた。ゲームの進行の中に互いにかけられたさりげない言葉はやがて現実世界へと接続していく。2次元で仕掛けられた伏線の数々が3次元で回収される様を見届けながら、やはりこれは社会劇だ、という体感が確かなものになる。“NOW LOADING”。彼らが“今、読み込んでいるもの”は果たして何なのだろうか。
オンラインとオフラインの相互接続が最も強みを増す時、二人の間に“何か”が起こる。抑揚溢れる音楽とともにうねるを見せ始める二人の関係。Game Overではなく、どうかStarting Overであってほしい。いつしかそんな願いを握りながら、二人の姿を、物語の行方を見つめていた。共にファイトする隣人は果たして敵か味方か、真の戦場はオンとオフどちらに在るのか、そのバディの行く末は……。M8、「トロフィー」とともに明かされる結末はどうかオフラインで、劇場という3次元で見届けて欲しいと思う。
■天羽尚吾✕海老原恒和インタビュー 〜試演会を終えて〜
――初の試みとなるミュージカル『NOW LOADING』、まずは企画の経緯、構想からお聞かせいただけますか?
天羽 海老ちゃんとの出会いは事務所のオーデションでした。最終までずっと同じだったんですけど、第一印象は最悪でした(笑)。というのも、海老ちゃんは知り合いがたくさんいてすごく盛り上がっていたんだけど、僕はそのノリについていけず……。でも最後まで一緒だったから、最終日に二人で帰ることになったんです。結構ハードなお芝居をやったこともあり、僕は緊張が解けてお腹が痛くなっちゃって。そしたら、めちゃくちゃ親身に心配してくれた(笑)。それが出会いでした。
海老原 そこからまさか2人でミュージカルやるなんて思わなかったよね。でも、僕自身はオーディションで天羽くんとお芝居をした時に「この人とは大事にしているものが一緒かも」って直感的に思ったんです。グループでディスカッションして即興で演技をすることがあったのですが、天羽くんがその場をすごく回していて……。「めちゃくちゃ切り込む人だなあ」と感銘を受けたんですよね。それはすごく覚えています。
天羽 そんな矢先にコロナ禍になり色々と身動きが取れない中で、海老ちゃんがシンガーソングライターとして作った曲を配信していたことがあったんです。その曲がめちゃくちゃ良くて。「この人、こんな素敵な歌が作れるんだ!」ってすごく惹かれたんですよね。同じ時期に事務所の社長に「二人で動画資料になるような作品を作ったら?」と言われてプロットを色々考えたんですけど、面白いものが浮かばず悩んでいて……。その時に親身に相談にのってくれたのが、今回の台本を書いてくれた相馬光でした。面白い本を書く人といい歌を作る人がこんなに身近にいる。そう感じた時にふと、「これ、もしかしたらミュージカルができるんじゃないか」と思ったんですよね。
天羽尚吾
■縁が縁を呼び、生まれた唯一の企画
――二人芝居や”アーバン・ポップ・ミュージカル”というテーマはどこから生まれたのでしょう?
天羽 最初に海老ちゃんと光の3人で打ち合わせをした時から「カフェくらいのキャパでできる二人芝居で60分ほどのミュージカルに」という枠組みは決めていたんです。それを踏まえて、光が有難いことに10本ものプロットを送ってきてくれて……。その中から最も二人に合いそうなものを選んで、台本にしてもらいました。
――10本も候補作があったとは! 試演会を拝見して、お二人のキャラクターの魅力が存分に抽出されている物語だと感じましたし、セリフにも多くの仕掛けを感じました。
天羽 光としても僕たちに言わせたい言葉や、俳優のこういうところを見てみたいという思いがあって、それが物語に託されていることがすごく嬉しかったです。僕自身も出演はしますが、今回はプロデューサーと演出という立場でもあるので、海老原恒和という素晴らしい俳優をこういう方向で世に知らしめたいという思いや、ドラマ脚本などでも活躍する相馬光の魅力に60分のたっぷりとした物語で触れてもらいたいという気持ちがあったんですよね。
海老原 僕も曲を作る時に「天羽くんのこういう姿から始まったらいいな」とか、「天羽くんの声でこういう音を聞いてみたいな」とか、そういったアプローチで作曲に臨んでいました。舞台で音楽というセクションを担う経験はなかなかない、貴重な機会だとも思いました。実は僕の兄も脚本家で「いつかは一緒にミュージカルやってみたいね」という話をしていたんですけど、天羽くんの推進力が強く、思いの外早くに実現して……(笑)。「THEミュージカルな楽曲じゃなくていいから、ポップスやR&Bなど幅広いジャンルで思うままに作曲してほしい」って言ってくれたので、作曲にも自分らしく取り組めました。
天羽 アーバン・ポップ・ミュージカルは海老ちゃんじゃないとできなかったし、この二人芝居は光がいないと生まれなかった。2人だから、3人だから辿り着けた形だと思っています。同時に自主企画を主宰して演出する立場としては、稽古場の安全性についてもすごく考えるようになりました。2人きりの稽古場はいくらか閉ざされた環境にもなってしまうし、作曲して出演もするという負担を海老ちゃんに背負わせてしまうことについても色々考えました。演出の伝え方や稽古時間など色々気をつけなきゃ、と思っているのですが、そんな僕の隣で海老ちゃんは「楽しいなあ」ってすごく前向きに取り組んでいてくれていて……。すごく心強かったですね。
海老原 めちゃくちゃ楽しいんです。稽古に入る前にもポッドキャストとかを通して徐々に仲良くなっていく感じもあって、それまでは交流がほとんどなかったけど、収録の度にお互いを知っていくような感覚もありました。「創作中に精神的に辛いことが起きないように」という部分は稽古前から天羽くんが徹底的に配慮をしてくれていました。俳優仲間としてはもちろん、プロデューサーや演出としての天羽くんのそんな誠実さは大きな信頼に繋がっていますし、僕が存分に稽古を楽しめる理由の一つだと思っています。
天羽 最初はお互いのこと何も知らなかったもんね。海老ちゃんはSNSもあまり更新しないタイプだし、近況も会わないと分からない(笑)。今回の物語では柔道をやっていた体育会系というキャラクターなのですが、海老ちゃんは実はモダンバレエをやっていた時期もあるんですよ。意外な魅力ですよね。
海老原 全然本格的ではなくて、本当にちょっとやっていただけなんだけどね(笑)。でも、確かにTAIの口癖「押忍!」はモダンバレエでは言わないですね。ちなみに柔道も空手もやっていません。よくやっていそうと言われるのですが……。
海老原恒和
■試演会での反応をフルに活かした上演へ
――試演会後に「柔道やってたの?」とお聞きになられているお客様もいましたね(笑)。お客様があらゆる角度から多様な感想をお伝えされていたこと、お二人がそれを一つも溢さずすくい上げようとされていた姿も印象的でした。
天羽 試演会をやることは最初から決めていました。ここ数日でようやく歌唱アドバイザーの先生や映像撮影のスタッフさんなどが稽古場に入ってくれる機会が増え始めたのですが、基本的にはずっと二人きりの稽古で、客観的な目線が足りないことがネックだったんです。
海老原 天羽くんも出演するので、特に二人のシーンはほとんど客観的に見られない状態だったんですよ。だから、第三者の目線で作品を見ていただくこの試演会は一つの指針になるのかなとは思っていました。
天羽 あと、自分も演じる側の人間なので、役者に自信を持って舞台に上がって欲しいという思いがありました。演出家からだけの評価だけじゃなくて、いろんな方から反応を得られることは大きいし、開幕まで余裕を持って行うことで最終的な調整もできる。ブロードウェイなどでは結構主流なプロセスみたいなのですが、こういう機会は舞台に立つ側にとってすごく意義があることだと感じました。あと、演劇ってただでさえ前情報が少ないし、それが観る方のハードルの高さに紐付いていると思うんですよね。素性の分からない俳優の二人芝居仕立てのミュージカルを突然観にいくのって、すごく勇気がいると思うんです(笑)。そういった意味でも前情報として発信できたことも良かったと思っています。
海老原 本番とはまた違う今までにない緊張感があったのですが、舞台に立つ腹が決まったというか、天羽くんに託された実感を身をもって感じることができました。さらにお客様が前のめりに楽しんで観てくださっていることが嬉しく、天羽くんの演出家としての信頼も一層増したような気がしています。試演会はお客様との信頼関係はもちろん、俳優と演出家の信頼やカンパニーのチームワークを強めることができる機会でもあると感じました。
天羽 これまでずっと3人で話し合って、2人で稽古を重ねてきて、そういったミニマムなところから始まったものがだんだんオフィシャルなものになっていくという感動が沸々と湧いてきました。正直、試演会が始まるまでは「自分たちの中だけで完結してしまっていたらどうしよう」という不安もありました。でも、みなさんが帰り際に「面白かった」、「ここが良かった」、「ここはこうしたらもっと良くなるかも」ってたくさん声をかけて下さって……。アイデアを出したくなるような舞台になっている、そこまで到達できたんだという実感を持てたことがすごく貴重で嬉しかったです。楽曲の歌詞にもあるのですが、この60分がお客様のちょっとしたオアシスになるといいなと思っていて、今日は少し、そういう風景が蜃気楼かもしれないけど見えたような気がしました。これを踏まえて、開幕に向けてよりブラッシュアップしていけたらと思います。
取材・文/丘田ミイ子
写真/吉松伸太郎

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