カネヨリマサル メジャーデビューを
目前に控えた今、何を想う “今を歌
う”ことを大事にしてきたソングライ
ター・ちとせみな(Vo/Gt)インタビ
ュー

どんなに悲しい出来事に見舞われても、時の流れは待ってくれないし、明日も学校に行ったり出社したりしないといけないから、私たちは円滑な社会生活を送るため、とりあえずの応急処置でも、何とか心を立て直す方法を覚えるようになる。カネヨリマサルのソングライター・ちとせみな(Vo/Gt)にとってそれは曲を書くことであり、バンドのメジャー1stフルアルバムは『わたしのノクターン』と名付けられた。ノクターンは日本語に訳すと“夜想曲”。悲しみの夜に内省しながら紡いだ歌はちとせの心を明日へと繋いだが、同じような悲しみを抱えるリスナーの心にもきっと寄り添ってくれるはずだ。このアルバムをリリースするとともに、カネヨリマサルは、約9年の歩みを経てメジャーデビューする。メンバーのいしはらめい(Ba/Cho)、もりもとさな(Dr/Cho)と過ごしたこれまでの日々を誇りに思えたり、新しい日々を前に凛とした気持ちになれたりしているのは、ちとせが常に“今を歌う”ことを大事にしてきたからこそだろう。
――最近はお忙しいでしょう? いろいろな取材に応じたり、キャンペーンで全国に行ったり。
音楽の仕事が毎日絶対にあるという日々が続いていてありがたいです。普段は看護の仕事をしているんですけど、今はその仕事を休んでいるので、人生で初めて音楽だけの生活をしていて。プロの世界に足を踏み入れている感じがしてめっちゃ刺激をもらってますし、背筋も伸びて“頑張らな!”って気持ちになってます。
――いよいよメジャーデビューですが、今の心境は?
メジャーデビュー=新人というイメージがあるけど、私たちは9年くらいバンドを続けているんですよ。遅咲きやなと自分でも思うけど、自分たちの音楽を信じ続けてきたからこそ、今に辿り着けたんやろなとひしひしと感じています。今回のアルバムには昔の曲も入っているので、より強くそう感じていますね。
――元日にバンドのSNS公式アカウントにアップされている写真を見て、“3人の笑い方が似てきたな”と微笑ましく思うとともに、グッときていました。この3人で本当に濃い時間を過ごしてきたんだなと。
今やりたい曲を作って、伝えたいライブをして……と目の前のことだけを一生懸命やり続けて、地道に進んできた9年間だったんですけど、その中で3人で想いを共有してきたし、もはや家族以上に一緒にいるので、顔も似てきたんやろなと思います(笑)。私はコピーバンド以外のバンドをやるのも、ギターボーカルをやるのも、オリジナル曲を作るのもカネヨリマサルが初めてやったんですけど、勢いで始めたような感じやったから、最初は自信がなかったんですよ。「どうせ誰にも聴かれてないし、期待もされてないし」という気持ちからなかなか一歩を踏み出せず、初ライブをやるにも1年くらいかかっちゃったし、最初の数年間はガラガラのライブハウスが当たり前だったし、看護学校を卒業してからは自分の仕事もあって、生活のためにやらなきゃいけないこともあったし……本当にいろいろありました。だけど、どんな環境でも夢だけは絶対持っておこうと思っていたし、いしはらめいとは結成したての頃から“いつか絶対彗星みたいに売れてやる!”ってよく言っていたんですよ。
人と人との関わりから生まれる心の摩擦から作った曲が多いなと自分でも思います。
――“売れてやる!”という気持ちがバンドを続ける上での原動力になっていたんですね。ちとせさんは元々逆境に燃えるタイプなんでしょうか。それとも、いしはらさんと一緒だったから、そういう気持ちになれたのでしょうか。
いしはらめいがおったからやと思います。バンドを組んだのも、私の声を気に入ってくれためいが声をかけてくれたからやし、自信が持てない自分のことを、めいはいつも支えてくれていたなと思います。めいと出会ったのは高校1年生の頃で、卒業間際にバンドに誘ってもらいました。高校生の頃は軽音楽部でコピーバンドをしていたんですけど、実は私、一人でオリジナル曲を作っていて。自信がなかったから誰にも聴かせたことがなかったんですけど、めいに“実は曲作っててん”と打ち明けて、聴いてもらったら“すごい、めっちゃいい曲やん!”と言ってくれて。そのおかげで“これでいいんだ”と思えて、ちょっとずつ自信を持てるようになって、オリジナル曲を作り始めたんですよね。
――そうだったんですね。もりもとさんとの出会いはその4年後ですね。
はい。2018年にさなちゃんが加入して、今の3人になったんですけど、今回のアルバムの最後に入っている「BOOK COVER」はその年に書いた曲で。再スタートの年に作った曲ということで、3人にとってすごく大事な曲なので、この曲は最後に収録したいなと思ったんです。
――今回のアルバムには、昔からある曲も最近書いた曲も入っているとのことでしたが、昔からある曲はどれですか?
「BOOK COVER」と「今年はもう君はいない」は2018年に書いた曲で、「息をしているよ」も多分その辺りの時期です。「26」は2016年で、2015年に書いた「I was」が一番昔の曲だと思います。
――カネヨリマサルの結成はちとせさんが高校を卒業した2014年の3月なので、「I was」は本当に最初の時期の曲なんですね。今回のアルバムもそうですが、カネヨリマサルには“君”と“私”の関係性、特に恋愛を描いた曲が多いように思います。高校生の頃のちとせさんは、恋愛のことで悩む時間が多かったんでしょうか?
いや、高校時代はバンドにのめり込んでいました。元々BUMP OF CHICKENチャットモンチーが好きで、高校生になってからThe SALOVERSを知って、サラバーズのライブを観るために大阪のJANUSに行ったのがきっかけで、ライブハウスを知って。
――初めてのライブハウス、音が大きくてびっくりしたでしょう。
はい。生でバンドサウンドを聴いた時は、語彙力がなくなるタイプのカッコよさを感じたというか。衝撃を受けすぎて呆然としちゃいました。当時はライブの楽しみ方もまだ分からなかったんですけど、ギュッとなって、押し潰されそうになって、汗まみれで、ぐちゃぐちゃで……というのを初めて体験して。音楽に合わせて自分の体が動いちゃって、ジャンプしちゃって、拳を上げちゃって、めっちゃ楽しいなと思いました。サラバーズを知って、今自分たちがライブをしているライブハウスに初めて足を運んだのが高校時代で、めいとクラスが一緒になって仲良くなったのも高校時代で……カネヨリマサルにある“青さ”の原点になった大切な時間だったなと思います。当時は恋愛の“れ”の字もないような生活だったんですけど……それなのに、こういう曲ばっかりになっちゃいましたね(笑)。人と人との関わりから生まれる心の摩擦から作った曲が多いなと自分でも思います。
――相手がいるからこそ初めて自分一人ではどうしようもないことが起きて、心の摩擦も生まれる、みたいな。
はい。今回のアルバムで言うと、例えば「26」は、いくら自分が好きやと思ってても、相手の心が離れてしまったら終わっちゃうんだなということにもどかしさを感じて、悩んでいた時期に書いた曲です。失恋をして、もう何もできないくらい悲しい気持ちになっちゃったんですよ。ごはんも食べられなかったくらいで。だけどなんとか生き抜くために、悲しみを晴らすために、この曲を作りました。
――それほど大きな経験だったと。
そうですね。“これが恋愛なんだ”“これが失恋なんだ”と教えてもらった経験でした。それまでにも好きな人がいたことはもちろんあったし、恋愛の歌も書こうと思えば書けたんですけど、当時はもう、書かないとやっていけないという感覚で。歌詞にある通り、涙を流して歌わないとあかんってくらい、追い詰められてたんやろなと思います。
――実際にこういう曲を書いたことで、気持ちが楽になったんでしょうか?
楽になりました。上手くいかないことがあると、最初は“悲しい”という感情しかなくて。私の場合、それをどう処理したらいいか、どう整理したらいいか、と考えている時に音楽が生まれるんです。「26」は歌詞がめっちゃ潔くて、当時の自分は心をそのまんまさらけ出すしかないくらい追い込まれていたんやろなと思うんですけど、自分の思っていることを文字にして、歌に乗せて、“あ、いい歌や”と思えることでちょっと嬉しさが芽生えるというか。それが自分にとっての救いになっていました。「26」をスタジオで合わせたり、ラジオで流してもらっているのを聴いたりすると、当時の気持ちが蘇ってきて、泣きそうになるんですよ。
――悲しみの真っ只中にいた昔の自分に“よく頑張ったね”と言ってあげたくなるような?
それもあるんですけど、3人で演奏して、レコーディングすることでやっと曲が本来の形になるような感覚があるので、それに対する嬉し泣きという感じです。私は“今を歌う”ということにすごくこだわっているし、それが自分の人生だと思っているんですけど、「26」で嬉し泣きできるのは、昔の自分が噓なく歌詞を書いたからだと思うので、こだわり続けてきてよかったなと思います。
――もしかして、ちとせさんって他の人になかなか弱みを見せられないタイプですか?
そうですね。本当に仲のいい人にしか言わないようなこともめっちゃあります。
――「ゲームオーバー」に《どうしようもない悲しみがあっても/今のわたしだけ守ってあげたい》という歌詞がありますが、曲を作ることで、悲しみから自分を守っているような感覚があるのかなと、このアルバムを聴いて思ったんです。だからこそ、その時々の“今の自分”を曲にすることが大事だったし、それを続けてきたからこそ、今のちとせさん、今のカネヨリマサルがあるんじゃないかと。
本当にその通りやと思います。自分が書いた曲に勇気づけられるというか。“この曲が作れたから大丈夫や”“あんなに苦しい時代を共にしてくれた曲があるんやから、あの悲しさを曲にできたんやから、自分はまだやれる”という気持ちはすごくありますね。
――だから『わたしのノクターン』というアルバムタイトルなんですね。ノクターンは“夜想曲”とも言われますが、悲しみを整理する“夜”の時間があるからこそ、翌朝にまた学校や職場に出かけられるというか。
そうですね。本当につらいことがあった時って、朝が来ると、気持ちが沈んじゃうようなこともあると思うんです。私はこんなに悲しいのに、また新しい日が普通に始まってしまうんだ、って。だけどそういう悲しさを受け止めて、自分で終わりにして、ちゃんと毎日を越えていく。私にとって悲しみを歌にすることは生きる上ですごく大切なことで、『わたしのノクターン』というタイトルはまさに自分の生き方やなと思っています。
>>次のページは、初のフルアルバムを完成させた現在の想いとツアーの意気込みを訊いています。
昔の恋人と会いたいなんてもう全く思わないけど、何かのきっかけでこびりついていた気持ちをふと思い出しちゃうことは未だにある。
――“今を歌う”ことにこだわり続けてきたということは、昔書いた曲と最近書いた曲を比べて、ご自身の変化を感じることもあるのでは?
「26」や「息をしているよ」を書いた頃は悲しみを晴らすのに必死だったんですけど、最近は「二人」や「スーパームーン」、「さくら色」のように悲しさを主軸にしていない曲も作れるようになりました。悲しさ以外の感情も自分にとっての“今”やから、それを音楽にするのもいいなと思えるようになって。さっきも話したように、昔は“こうしないと生きていけない”という切実さがあったんですけど、今は自分たちの音楽を聴いてくれる人や支えてくれる人がいるので、いろいろな想いを音楽にする余裕ができたというか、やってみたいという好奇心も湧いていて。心がやわらかくなってきたんやろなと思います。
――個人的には「息をしているよ」と「ゲームオーバー」で“いつか”というワードが共通して出てくるのに、テンションが違うのが気になりました。「息をしているよ」では《いつか近道が出来るようになったり》と歌いつつ《戻れないのに》という言葉を付け加えているから、過去の後悔をやり直すことはできないという諦めが少し感じられる。「ゲームオーバー」では《いつかをただ待っていたくない/新しい日を生きていく》と、つまり今この瞬間から変わっていこうと歌っているから、ポジティブなテンションが感じられる。「息をしているよ」は2018年頃に書いた曲で、「ゲームオーバー」は最近書いた曲とのことでしたが、ちとせさんの心境が変化していったのか、それとも現在進行形で両方の気持ちがあるのか、どちらの方が近いですか?
陰と陽みたいな感じで、両方ともあるのが今の自分ですね。「ゲームオーバー」では“こう思いたい、こう生きたい”という自分のモットーを書いたんですけど、心がぺっちゃんこになった時は「息をしているよ」みたいな思想に戻っちゃいます。
――「背中」で歌っているように、《大人になってしまっても強くなれる訳じゃないらしいね》という実感があると。
そうですね。「ゲームオーバー」のような視点を取り入れたいと思えるようになったのは成長やと思うし、シャキッと背筋を伸ばして、周りに囚われずに生きたいと思うんですけど、そうやって生きていても、季節が変わったり、気温が変わったり、何かの音楽を聴いて思い出しちゃったりすることもあるじゃないですか。確かに新しい自分になっているし、昔の恋人と会いたいなんてもう全く思わないけど、何かのきっかけでこびりついていた気持ちをふと思い出しちゃうことは未だにあって。大人になっても全部を跳ね除けられる強い心は持てていないし、根本的な悲しさはやっぱり拭えないけど、日々を生きることでその悲しさを噛み砕いて、ちょっとずつ減らしていくことが今の正解なんやろなと思います。
これから自分がどんな曲を作るのかも楽しみだからこそ、鈍感でいるんじゃなくて、いつまでも心をとんがらせて、アンテナバシバシで生きていきたい。
――今回のアルバムを聴いていると、“私のための歌である”という前提がありつつも“君に贈る歌でもある”と伝えてくれているように感じたんですが、ここまでのお話を聞いて、その想いがさらに強くなりました。特に「BOOK COVER」の“君”は、当時の恋人とも、後悔を抱えていた過去のちとせさん自身とも、離れた場所で同じ悲しみを抱えているリスナーとも解釈できるように感じたのですが、この曲の成り立ちを伺えますか?
この曲は当時付き合っていた恋人との関係が上手くいかなくなった時……もっと言うと、気持ちが離れていってしまっているのをキャッチした時に書いた曲で、伝えたかったけど伝えられなかった自分の気持ちを歌詞に書いているんです。“それなら恋人に直接言えばいいのに”って思われるかもしれないし、あの時ちゃんと話していたら上手くいったのかもしれないけど、でも、人と人ってそんな簡単にできていなかったりもするじゃないですか。だからこの曲では自分の思っていることをさらけ出しているし、当時は“君”=当時の恋人のつもりで書いていました。だけど今歌詞を俯瞰すると、本当におっしゃる通りで、聴いてくれている人も含め、自分の周りにおる人全員にも当てはまるような歌詞やなと私も思っていたんですよね。
――ちとせさんの中でも曲の捉え方が変わっていったんですね。
はい。自分のスタンスとして、“どれだけ元気に振る舞っている人でも、みんな悲しさを持っている”ということを忘れずにいたいんですよ。そういう前提で人に接することを心がけているし、そうできる自分でいたいなとずっと思っていて。なので、“心が離れていきそうな恋人に向けて”というところから始まった曲だけど、今は聴いてくれている全ての人に対して、この曲で歌っていることを思っています。
――初のフルアルバムを完成させた今、どんな手応えを感じていますか?
全曲リード曲にしたいくらいお気に入りですね。私たちが今まで頑張ってきたこと、思ってきたこと、信じてきたことがこのアルバムに詰まっているので、作れてよかったなと思っています。自分たちの信じてきた音楽が形になるのってめっちゃ嬉しいことなんですけど、ただ、バンドをやればやるほど、“積み上げてきたものを越えていきたい”という気持ちが強くなっていくんですよ。大切なアルバムになったけど、今後作る曲でちゃんと更新していきたいという気持ちもあります。
――ちとせさんの心の変化や成長が表れているアルバムであると同時に、“想い合っていたはずの人たちの心がやがて離れていってしまう”という恋の終わりを描いたアルバムでもあると思います。今のちとせさんにとって、人の心はやがて変化していくという必然は、悲しいことでしょうか。それとも、面白いことでしょうか。はたまた、恐怖でしょうか。
昔は恐怖が強かったので、離れる=悪だと思っていたんですけど、年齢を重ねる中で自分の軸もしっかりしてきたからなのか、今は離れることの正しさも理解できます。いろいろな形の答えを純粋に受け止められるようになってきていますね。今しか歌えない歌を書き続けているからこそ、何年か後に曲を聴いた時に面白さを感じることもあると思っていて。このアルバムの曲を聴いて“あ、こんなふうに思ってたんだな”と懐かしむ日がいつか来るのかと思うとめっちゃ楽しみやなと思いますし、これから自分がどんな曲を作るのかも楽しみですね。だからこそ、鈍感でいるんじゃなくて、いつまでも心をとんがらせて、アンテナバシバシで生きていきたいなと思ってます。
――最後に、3月から始まる『1st Full Album リリースツアー2023"いまを生きるツアー"』への意気込みを聞かせてください。
今までのカネヨリマサルがしっかり詰まっている、自信満々のアルバムができたので、この曲たちをちゃんと生で届ける機会をとれるのがすごく嬉しいです。私たちが育ってきた場所で、原点でもあるライブハウスで、みんなに自分たちの音楽を届けるということは、私たちの一つの夢の形でもあるので、ぜひ、ライブでも『わたしのノクターン』を受け取ってほしいなと思います。

取材・文=蜂須賀ちなみ 撮影=大橋祐希

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