可能性はまだまだ無限大! ミュージ
カル『刀剣乱舞』 江 おん すていじ
~新編 里見八犬伝~ 観劇レポート

ミュージカル『刀剣乱舞』シリーズに新たな作品が加わった。「江 おん すていじ」、タイトル通り“江”の刀剣男士たちを中心とした新作である。おん すていじとは? 里見八犬伝とは??  ──そこに展開していたのは刀剣男士たちが情熱を注いで紡ぎ上げた豊かな世界、彼らの魅力満載の刀ミュワールド! 無事大千穐楽を迎えたことをお祝いしつつ、この楽しかった時間を振り返っていこう。
今回物語を引っ張ってくれるのは篭手切江(田村升吾)。江の中で最も早くこの本丸に顕現した刀剣男士である。彼の夢は「いつかすていじに立つこと」。日々れっすんにも励んでいる。でもそれはまさに夢。いつ、どこで、どんなすていじを行うのか、そもそもなぜそんなにもすていじに焦がれるのか……これまで具体的なことが明かされてこなかった篭手切江の夢の実現は、本作の重要なテーマだ。
第1部。ある日、篭手切江は(眠っているときに見るほうの)夢でお告げのようなものに触れる。やがていつにも増して日に日にすていじへの思いは強くなり、偶然、山姥切国広が書き上げたという『南総里見八犬伝』の写本を蔵で見つけると、その内容にいよいよ突き動かされていくのだった。「江のみんなでこの物語をすていじにしたい!」と。
彼の情熱に応えるべく、江の刀剣男士である豊前江(立花裕大)、桑名江(福井巴也)、松井江(笹森裕貴)、五月雨江(山﨑晶吾)、村雲江(永田聖一朗)も動き出す。さらに大典太光世(雷太)と水心子正秀(小西成弥)も助っ人参戦、総勢8振りによる“自分たちの『里見八犬伝』”創りがスタートすることとなる。
ミュージカル『刀剣乱舞』 江 おん すていじ ~新編 里見八犬伝~
ミュージカル本公演では、歴史上の様々な出来事のど真ん中へと乗り込み、正しい歴史を守るために身を賭した戦いを繰り広げる刀剣男士だが、今作は戦場ではなく本丸で日常を過ごす彼らの様子が描かれていく。内番ver.の衣裳で畑仕事に精を出したり、縁側や庭先で仲間たちと何気ない会話を交わしたり、空を眺めたり、心の内を伝えあったり……の平和な時間。掃除や厨仕事など日々の営みから鳴り出すいろんな音が重なってストンプへと展開する流れなども微笑ましく、ほのぼのとした空気の中で見せる“素”の表情にこちらも思わず「こんな彼らが見てみたかった」とほっこりした気持ちに。途中、『里見八犬伝』のストーリーを解説する歌舞伎由来の人形振りも見事だった。また、物語の流れに沿った歌も豊富で、濃密な表現の連打とテンポの良い展開に、ぐいぐいと彼らの世界観へと引き込まれてしまった。
刀剣として鍛刀され、今は顕現して人の姿を得た。そこでの経験は全てが新鮮で全てが学びだ。人間の子どもがさまざまな事柄に触れ歳と共に心身が成長していくように、刀剣男士たちもまた新たな在り方の中、自分自身の心と身体でそれぞれにかけがえのない“何か”を獲得し成長していく。力を合わせてひとつの物語を創り演じるその過程もまた、学びの宝庫。できることを真摯にやり、できないことは補い合い、力を合わせてさらなる何かを生み出していく喜び。まずはみんなで光の中へ。すていじでスポットライトを浴び、自分たちがここで一緒にいる意味を問うてみようと奮闘する8振りの頑張りは青春の匂いに溢れ、応援せずにはいられなくなる真っ直ぐさだ。まだ描かれていなかったキャラクターの心情や、コミカルなやり取りの中から見えてくる関係性の深さなどもドラマとして丁寧に掬い上げられており、個々の深化はもちろん、チームワークにも磨きがかかっているよう。
第2部は全てのれっすんを終えた本番の日、『新編 里見八犬伝』パートだ。歌舞伎独特の三色の引幕同様の幕と「江」の文字の提灯が用意された舞台の仕立てが開演前から準備され、いよいよ気分を盛り上げてくれる。そして篭手切江の「東西東西」のご挨拶から始まるこのすていじは、本丸にて上演される演目を審神者と刀剣男士たちが観劇しているという設定のようだ。台本担当はもちろん篭手切江。気になる配役は……犬塚信乃・松井江、犬川荘助・篭手切江、犬山道節/浜路・豊前江、犬飼現八・五月雨江、犬田小文吾・桑名江、犬坂毛野・村雲江、丶大/金碗大輔/語り手・水心子正秀、玉梓・大典太光世の布陣だ。物語はよく知られている『八犬伝』の物語をコンパクトにアレンジしたストーリー、そして若干の当て書きで演者に寄せたキャラクター造形で全体的にとても見やすい『八犬伝』となっている。さすが篭手切江! ここはあくまでも刀剣男士たちが演じているそれぞれの役なので、ヘアメイクや衣裳も同様にベースは彼ら自身。「このメンバーが自分たちのアイデアで全てを作り出したのだ」と意識して観ると、面白さも自ずと倍増する。役者としての刀剣男士の芝居心、表現の器用さも大したものだ。終演後、彼らに触発され「すていじに出たい」と言い出す新たな刀剣男士がいたとしても納得の良いすていじであった。
縁あって同じ本丸にいる江の刀剣男士たちの関係性と、文字の浮き出る玉の導きに引き寄せられる八犬士の運命とが重なり合い、劇が進むほどに「不明確な己のアイデンティティーをもっと追求したいのだ!」という願いの強さが二重写しに伝わってくる。篭手切江がこの物語に惹かれたのもそれが理由か? 「何が善で何が悪か」を心に問いながら自分が正しいと思う道を見極めていくこと、「業」としか呼べない強い思いに背中を押されながらやるべきことをやることしかできない自分の生き方を受け入れること。芝居を通じ、全てに繋がっていく思いを抱きながら「あと二人の犬士」を待ち続ける“終わらないラスト”もまた、まだまだ発展途上、ますます現在進行形中の彼らにふさわしい結末だったと思う。
ミュージカル『刀剣乱舞』 江 おん すていじ ~新編 里見八犬伝~
続いて第3部はLIVE! 正面に大きな「江」の文字を掲げた派手なステージで、篭手切江の「さあ、すていじオープンだ!」の声を合図に8振りが歌い、踊る。全員でのオープニング、ペアを変えてのデュエットソングに桑名江のソロや豊前江のソロと、次々チェンジする衣裳もカッコよく、このLIVEでお披露目となったキャラクターらしさを活かした新曲がたっぷり。水心子正秀と大典太光世によるスタイリッシュなナンバーや、総出で挑んだマーチングバンドなどもあり、すべてが見どころ! 8振りのエンターテイナーとしてのバラエティー豊かな表現とポテンシャルの高さを存分に堪能するセットリストだった。
ラスト。ここで初めて戦闘ver.の衣裳で刀剣男士が揃った“締め”の「刀剣乱舞」がいつもよりどことなくアットホームな空気に溢れた歌唱に感じられたのもおそらく今作ならではの効果。チーム全体が放つポジティブオーラと溢れる未知の可能性、新緑を思わせるグリーンの衣裳を纏った彼らのフレッシュなパワーは、観るものにハッピーな気持ちを投げかけてくれる。この先の彼らの活躍にもさらに期待が膨らんだ「江 おん すていじ」、刀剣男士が、ミュージカル『刀剣乱舞』が魅せてくれる可能性の幅広さと奥深さをさらに実感させてくれた、楽しいステージの誕生である。

取材・文=横澤由香

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