艶∞ポリス『恥ずかしくない人生』岸
本鮎佳インタビュー 留置所を舞台に
女性の人生を描く、集大成と新境地の
悲喜劇へ

艶∞ポリスの新作公演『恥ずかしくない人生』が、​2023年1月7日(土)より新宿シアタートップスにて開幕する。2013年に俳優で劇作家の岸本鮎佳の主宰により旗揚げされた艶∞ポリス。女性が直面するありとあらゆるコミュニティを舞台に、人の可笑しみや人間関係の混線をユーモアたっぷりにあぶり出す喜劇は多くの観客を笑わせ、そして時折ひやっとさせる。これまで物語の舞台となったのは婚活パーティ、アパレルショップ、PTA、テレビ局に空港……。本業の人々への綿密な取材に裏打ちされたクセあり登場人物たち、細やかなあてがきと俳優の豊かな表現力によって加速するリアリティは艶∞ポリス最大の見どころといっても過ぎない。
そんな艶∞ポリス10周年の節目に上演される最新作『恥ずかしくない人生』。物語の舞台は、留置所だ。男を信じて人生が変わってしまった女性たちと、警察官の父親を信じて彼女らを正しい道へ導こうとする留置担当官の女性。それぞれの人生と価値観、そしてそれらが交わる時に浮かび上がるものとは……。岸本ならではの笑いのセンスとそれらが織りなす高純度コメディの魅力はそのままに、人間の哀切をも抽出した悲喜劇は艶∞ポリス10年の集大成であり、劇作家・岸本鮎佳の新境地とも言えるだろう。
出演は岸本のほか、今藤洋子、小林きな子、奥村佳代、里内伽奈、アサヌマ理紗、徳橋みのり、加藤美佐江、吉野めぐみ、板垣雄亮、近江谷太朗の11名。演劇的出自と活躍の場の異なる個性に富んだ顔ぶれとともにおくる本作。その魅力や見どころについて、作・演出を手がける岸本鮎佳に話を聞いた。

■留置所を物語の舞台に選んだ理由
――艶∞ポリスの公演ではこれまでも様々な職業やコミュニティを舞台にリアリティに富んだ物語を展開されてきました。今回は留置所が舞台とのことですが、その物語の着想やきっかけはどんなところにあったのでしょうか?
岸本 刑務所を舞台にした作品は結構あるのですが、留置所という設定はドラマなどでもあまりないな、とふと思ったんですよね。そこから、劇作の参考になりそうなドキュメンタリーや小説を探して、色々と調べました。実際に入っていたことのある方のブログも読みましたね。留置所内での出来事っておそらくは公には書いちゃいけないと思うのですが、ネットで探していたらあって……。題材が題材なので、これまでのようには取材が進まない面もあったのですが、留置所にいた経験のある方数名にお話を聞くこともできました。コメディではあるのですが、人の可笑しみを描くことはあっても、犯罪そのものを面白おかしく描くことはしたくないとは思っているので、取材や構想には半年ほどの時間をかけました。留置所は刑が確定する前に入る場所なので、そういった面でも色々と調べがいがあるのではないかと思ったんですよね。
――半年間の取材やリサーチを経て、浮かび上がってきたのはどんなことでしたか?
岸本 留置所では「運動」と呼ばれている時間があるみたいで……。その名の通り、体を動かす時間なのかなって当然思うじゃないですか。でも、それは「髪の毛をとかす時間」だったりするんです。日光を浴びないと不健康になっちゃうから、天井だけが開いている塀の中の中庭みたいな場所で行われるらしいのですが、そこでみんなで一斉に髪をとかすんですよね。男の人はその時間に髭を剃るみたいなのですが、髪をとかすというのはその場における女性ならではの「運動」なのかもしれないと感じ、作品の中でも描きたいと感じました。もちろん、全ての留置所で行われていることではないかもしれないのですが。
留置所内での一幕。限定的なコミュニティの中に発生する人物間の対立や連帯が伝わるシーンである。 左から奥村佳代、吉野めぐみ、小林きな子、加藤美佐江
――「髪をとかす」行為に含まれる意味合いも気になるところです。
岸本 留置所内ではシャワーが夏は週に2回、冬は1回と決まっているみたいなので、シンプルに汚れを落とすための行為らしいのですが、「運動」と聞いてパッと浮かびはしない行為ですよね。あとは、処方しなければ薬がもらえないことも初めて知りました。月に一回お医者さんが来て、そこでどれだけ薬がもらえるかが重要らしく、中でも香りのいいオロナイン軟膏を処方してもらう人が多く、それがもらえるかもらえないかを留置所内で競っているなんて話も聞きました。あと、留置期間は最大23日間と決まっているのですが、その期間は一つの罪に対してなので、複数の罪がある場合は一回釈放されるみたいなんです。例えば、詐欺罪だと被害者も多かったりするので、罪状が確定するまでは留置されなきゃいけない。一歩だけ外に出て、もう一度戻って手続きするというのを繰り返して合計で半年くらいいる人もいて……。留置所に入るに至った理由はもちろん、期間も人ぞれぞれ違うんですよね。

留置所内で過ごす女性たちと留置担当官(写真左上:アサヌマ理紗)のやりとりの中には、立場こそ違うものの人間同士の等身大の交流が描かれていた。人生における奇妙な出会いと交点に観客は何を握らされるのだろうか。

――留置所を舞台に劇作をするにあたって、岸本さんが描きたいと感じたことはどんなことだったのでしょうか?
岸本 「人間の本性は究極の状況の時に出る」と思っていて、そういう意味では留置所という極限状態では人の本心が見えてくる瞬間も多いのではないかと感じました。同時に、罪を犯す・犯さない、捕まる・捕まらないっていうのも実は紙一重なのではないかと思っています。もちろん、入っている人は入るだけのことをしているとは思うのですが、自分も含めて「そんなはずはない」と思っている人が人生の何かの拍子でそこへ行くことも可能性としてはゼロじゃない。そういったことも含めて「人間の二面性」というものを一つのテーマに描いていきたいと思っています。なので、作品そのものも喜劇一本でいくわけではでなく、悲劇的な要素も入ってくると思います。それは、私にとってこれまでにはない挑戦でもあり、かねてより描きたいと感じていた本質でもある気がします。

■俳優との出会いやその個性から得るもの

――今回は上演にあたって、キャストオーディションも行われていましたね。
岸本 オーディションは開催する度に「やってよかった」と思うことの一つです。自分はこういう人を求めているんだ、こういうところを大事に思っているんだっていうことが明確になっていく感覚もあって……。基本的には役を限定して募集するのではなく、「自分の作品にこういう人がいたら面白いな」というところで見るようにしています。艶∞ポリスは私が一人でやっているカンパニーなので、俳優さんとの出会いにもどうしても限界がある。だからこそ、キャリアや活動の場の異なる多様な俳優さんと出会えるオーディションは貴重ですし、そこでしか得られないような出会いに刺激もたくさんいただいています。今回は近江谷太朗さんとの出会いがあり、それに応じて台本も書きました。また、徳橋みのりさんは私から今作への出演をオファーしたのですが、過去にオーディションを受けて下さっていたこともあり、私自身もよく覚えていました。コロナ禍で難しいこともありますが、オーディションはできる限りやりたいと思っています。
留置中の女性(小林きな子)とその夫(近江谷太朗)が面会中に交わす会話の中には、ここに至る以前に女性が送ってきた人生がふと立ちのぼる。静かながらも物語がうねりを見せる重要なシーンである。
――前作『飛んでる最高』をはじめ、艶∞ポリスの作品からは「キャラクターが生きてる」という感触をすごく感じます。さりげないところに人の個性って出るんだなという発見もあって……。
岸本 基本的には全部あてがきなんですよ。全員をキャスティングしてから、そこに役をはめて、セリフをあてがきをしていくような感じで執筆を進めています。「この人がこういうことを言ったら面白そう」「こんな喋り方をしたらいいんじゃないか」。そんな風に稽古の中でも演出を加えながら、日々キャラクターを練っています。
――登場人物のセリフや振る舞いに「こういう人いるなあ」「こういうことあるよなあ」と、思わず自分の身近な人や出来事を思い浮かべてしまうこともあります(笑)。そういった「あるある」や「いるいる」はどこから抽出しているのでしょう?ネタ帳などがあるのでしょうか?
岸本 ネタ帳と言えるほどのものではないのですが、日常生活で起きたことをスマホにストックはしていますね。友達や知人と飲んでいる時にも面白いことに遭遇したらすぐにスマホにメモするようにしているのですが、朝起きて「なんだろう、この文」ってなる時もあります(笑)。発言だけでなく、喋り方や手癖や足癖……。人ってすごく細かく多様な癖を持っているので、「これをあの人がやったら面白そうだな」と役にパッチワークしていくような感覚ですね。
――自分に一体どんな癖があるのか、少し怖くなってきました(笑)。
岸本 それよく言われるんです! 「見透かされてそうで怖い」って(笑)。でも、人から無意識に出る癖って、やっぱりすごく面白くて惹かれるんですよね。ただ、演出面で細かい動きを付ける時は俳優さんの無意識の癖に任せるということはほとんどなく、「笑い方はこういう感じで」など再現したい特徴やイメージを綿密に伝えるようにはしています。
台本の変更に応じて俳優とともに動きやセリフを再確認する岸本。俳優らによって立ち上げられる人間関係やその温度感に応じて演出にも都度細やかな変化が加えられていく。
――今回もまた個性溢れる俳優さん方が名を連ねていますが、その座組の魅力とは?
岸本 「想像できない」ところでしょうか。映像で活躍されている方もいれば、舞台が中心の方もいて、年齢もキャリアもバラバラ。同じような庭にいる人ばかりじゃなく、いろんなところが集まってきて下さっていることは心強いと感じます。個々のカラーが強いので、「この人とこの人が一緒になったらこんなことが起きそう」という想像がまだつかず、むしろ「どういうことが起きるかわからない」というところに魅力がある気がしています。今回の出演者の方々は、なんというか、全員が一人で生きていけそう……(笑)。自立していて、でも輪を乱すような方はいない。俳優としての魅力も大切ですが、演劇はチーム戦なので調和も大事です!(笑)
――そんなチームワークの強みは稽古でも感じました。艶∞ポリスの稽古はアップもユニークで印象的でした。昨日食べたものの話を順番にされていたり……。
岸本 前作の稽古からやり始めた試みで、「お話の時間」と呼んでいます。今って時節の影響もあってなかなか飲みにも行けないので、稽古の外で喋るようなことを稽古場でしゃべってもらう機会があったらいいなと思って始めました。特に今回は初共演の方々が多いので、稽古に入る前にそういうコミュニケーションの時間をしっかりととりたいと思っています。

この日の稽古前には「ラインゲーム」と呼ばれるアップが行われた。「相手の名前を呼ぶ」という発話と「指を指して場所を交代していく」という行動の二つのラインを並行して行う。混線することなくパスを手渡していく俳優陣の滑らかな動きに瞬発力の高さを感じる一幕であった。

「名前を呼ぶ」と「場所を入れ替わる」という2つのラインに加えて、さらに「投げられたぬいぐるみを受け取る」という新たなラインが加わった。掛け合いと投げ合いの発着に目を見張り、鋭くパスを回し合う俳優陣たち。 左から岸本鮎佳、板垣雄亮、里内伽奈
■10周年の節目に思う、これまでの軌跡とこれからの展望
――2023年は、艶∞ポリスの10周年イヤーです。かねてよりお聞きしたかったことなのですが、「艶∞ポリス」というカンパニー名にはどんな由来があるのでしょうか? 
岸本 艶∞ポリスは元々私ともう一人のメンバーの女性二人で立ち上げたカンパニーで、二人芝居をやっていたところから劇団をやろうというシフトチェンジがきっかけで始まったものでした。ファミレスでカンパニー名について話し合っていた時にふと、日活ロマンポルノのタイトルが面白かったことを思い出して検索したんですよ。その結果、「艶」と「ポリス」が合体してこの名前に(笑)。「売れている劇団の名前は短い」とか「略して呼んでもらいたい」とか「漢字とカタカナが混じっていた方が印象に残るかも」とか色々と考えた末に辿り着いた名前でした(笑)。「∞」は「ポリス」から派生していて、形状が手錠っぽいなと思って足したんですよ。
――まさか日活ロマンポルノに命名のヒントがあったとは驚きました。この10年を振り返っていただいて、今思うのはどんなことでしょうか?
岸本 今は私一人でカンパニーをやっていますが、旗揚げからずっと変わらないのは座組みのチームワークの強さでしょうか。それはお芝居にもすごく出るところなんですよね。チーム内がギスギスしていると笑えるはずのところでも笑えないし、「全体がまとまっている」ということは技術にも勝る強みだと思っています。必要以上にベタベタするわけではないのですが、参加してくれるみんなには「稽古が面白い」「艶∞ポリスの現場は楽しい」と思って欲しいんですよね。自分の家に招き入れるような。そんな感覚を持っています。
――主宰として、理想の「ホーム」を築くまでには大変なことも多くあったのではないでしょうか。
岸本 10年の間には大変なこともあったし、別れもそれなりにありました。でもその分出会いもたくさんあって、一つずつの決断がなければ今はなかった。もっと言えば、嫌なことがあったからこそ学んだこともある。そんな風に思います。この10年で最も大きく変わったのは、本の書き方。とくにここ数年で執筆や演出に向かうスタンスは大きく変わったと感じています。
――具体的にはどんな風に変化をしたのでしょう?
岸本 数年前までは「出てくるキャラクター全員の結末を最後まで描きたい」という気持ちが強くあったのですが、近年はそこから離れて、物語の軸や全体をより見つめられるようになった気がしています。自分も元々役者なので、もちろん「俳優にとって演じ甲斐のあるお芝居にしたい」という気持ちはあるのですが、作品の面白さの決め手って別にそこだけじゃないなって思うようになって……。物語のために動いたり、考えることができるようになった。そこが10年で一番大きく変わったことだと思っています。
シーンが動く度に舞台美術の模型を動かしながら、舞台上での風景を多角的に想定する岸本の姿があった。セットの配置や動きも物語において重要な役割を果たすことがうかがえる。
――「こうしなきゃ」というところから徐々に自由になれたという感覚でしょうか?
岸本 そうですね。とくに艶∞ポリスの作品は「コメディ」と銘打ってるものがほとんどだったので、どこかで「なんとかコメディにしなきゃ」「楽しく描かなきゃ」と自分に言い聞かせているような部分がありました。でも、喜劇には必ず悲劇の一面があるというか、面白いものは実は悲しかったり、逆に「悲しさ」が「面白さ」になったりと表裏一体なんですよね。とくに今作にはそういう部分が色濃く出ていて、悲しみや切なさを感じるシーンもたくさんあるんです。今までは、そういった真剣なシーンを描くことに対して、「お客さんが引くんじゃないか」とか「期待を裏切るんじゃないか」という迷いや葛藤があったのですが、最近は「そんなことは別に求められていないかも」と思えるようになり、抵抗がなくなりました。端的に言えば、嫌われることが怖くなくなったのだと思います。
――お話を伺って、岸本さんの劇作家としてのスタンスの変化やターニングポイントも見えてきたような気がしました。今作は艶∞ポリスにとって一つの挑戦作であり、新境地になりそうです。
岸本 「自分がどう見られているか」ということを長い間気にしていたけれど、徐々に「どう思われてもいいや」って思えるようになった。それは、カッコつけていた自分に気づくことでもありました。例えば、人のSNSの投稿を見て嫌な気持ちになった時にそこに嫉妬が混じっていることに気づくような感覚。自分もやろうと思ったらできるのに、カッコつけたり、周囲によく思われたくてやっていないことだからこそ腹が立つんだって思ったんです。人に裏切られたり、人間関係がうまくいかなかったり、嫌なことがたくさんあった中で、自分をよく見せようとしていたことにも気づきました。だけど、恥なんてかいてなんぼだし、むしろこの歳で恥をかけるってかっこいいことだよなって思うようになって……。そんな風にシフトしたらすごく楽になったんですよね。私が書きたいのは、悲しくて面白いもの。自分が描きたいものがよりはっきりとしてきましたし、それは今作の最も大きな特徴であり、変化でもあると思います。

左上から時計回りに岸本鮎佳、アサヌマ理紗、小林きな子、板垣雄亮、近江谷太朗、里内伽奈、徳橋みのり、加藤美佐江、今藤洋子、奥村佳代 写真提供:艶∞ポリス

取材・文/丘田ミイ子
写真/吉松伸太郎

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