ピンク地底人3号の新作はボクシング
がテーマ! ももちの世界『あと9秒で
』稽古場レポート

今年(2022年)の9月に上演された、青年座『燐光のイルカたち』(演出:宮田慶子)で、本格的な東京デビューを飾った、京都在住の劇作家・演出家のピンク地底人3号(以下3号)。10月には、神戸市の公立劇場「神戸アートビレッジセンター」のプロデュースで、ドイツの裁判劇『テロ』を、全編手話を用いた演出で上演して話題となった。間違いなく2022年は飛躍の年となった3号が、この年の最後を締めくくるのは、自らの劇団「ももちの世界」の新作『あと9秒で』。ひたむきにボクシングに取り組む3人の若者の姿を、手話も交えながら描いていく群像会話劇だ。3号いわく「自分の新機軸になる」という、その芝居の実態を探るべく、現在大阪で行われている舞台稽古の現場に立ち会った。

11月某日、大阪市内にある稽古場には、ボクシングリングに見立てた真四角のバミリ(テープ)が貼られていた。稽古前の時間は、台本を読んで台詞を確認する者もいれば、柔軟をする者もいるが、今回の現場がちょっと特殊なのは、まずは拳にテーピングをしている俳優がいること。そしてほぼ全員が、手話を交えながら談笑していることだ。
『あと9秒で』作・演出のピンク地底人3号。
3号がボクシング演劇に取り組んだきっかけは、前作『華指1832』に出演したろう者の俳優・岡森祐太が、ボクシングをしていたことだった。
「ボクシングと演劇を比べると、演技じゃなくて、本当に命をかけてやっているボクシングの方が、当然面白いんですよ。でも、演劇ならではの仕掛けを入れたら、ものすごい作品ができるんじゃないかと思いました。今回は岡森さんの他に、薮田凛さんとのたにかな子さんがボクシングをする設定なので、2人には1年前からジムに通って、身体を作ってもらっています」と3号は語る。
ひかる役の薮田凛(左)と、真守役の岡森祐太(右)。
この日は冒頭から、通し稽古が開始された。オープニングは薮田演じる主人公・ひかるの、ボクシングの試合の様子から。そのシャドーボクシングの拳はちょうど、目の前で見学している私に向かって繰り出される形になったのだが、その速さにちょっとひるんでしまうほど、本格的なパンチだ。
その試合のシーンが終わると、物語は少し過去らしき時代に戻る。ひかると、難聴である友人・真守(岡森)の会話から、ひかるは知り合いの面倒事に巻き込まれて服役し、先日出所してきたばかりだということがわかってくる。帰る家のなかったひかるは、偶然見つけた寮付きのボクシングジムに飛び込むが、そこでオーナーの娘で一児の母・遥(のたに)にボコボコにされてしまう。
女性ボクサー・遥役ののたにかな子(左)と、遥の父でジムのオーナーの青木祐也(右)。
こののたにの拳も、非常に鋭い。しかもひかるが倒すべき当面の目標でもあるわけだから、とにかくたくましさが際立っている。クリント・イーストウッドの映画『ミリオンダラー・ベイビー』で、ヒラリー・スワンクが演じた女性ボクサーを彷彿とさせた。
本格的にボクシングを学ぶことにしたひかるは、遥に旅館のバイトを紹介される。そこでひかるを指導するのは、若女将をつとめるろう者・一恵(山口文子)。真守との付き合いで、簡単な手話を使えるひかるは、旅館で働きながら、近所のプロテスタント教会で手話を教えている彼女と距離を縮めていくが、その様子を見ていた真守が、自分もボクシングがしたいとひかるに告げる。
一恵を演じる山口文子。
先に述べた通り、全編手話の会話が中心だった『華指1832』と違い、今回は全編日本語で上演される中に手話が入り混じる。まだまだ演劇では、出てくるだけで特別視されてしまう手話を、日本語とは違うだけの「別言語」の一つとして、ナチュラルに登場させている感じが新鮮だ。また演じる山口の演技も、表情豊で愛嬌があり、観ているこちらも元気が出てくる。
ボクシングを始めた真守にも、決して豊かではなかった彼の家庭環境が徐々に明かされる。明るくて呑気な青年に思えた真守の影を、岡森はふとした表情でさり気なく表現。ももちの世界で幾度も母親役を演じている秋津ねをも、ヤクザな男にも負けないほど強気で感情的な母親像を見せる。父親役の青木祐也は、この他にもジムのトレーナー兼遥の父親や、教会の牧師役もこなし、舞台の屋台骨をガッツリと支える。
真守は、父(青木祐也)と母(秋津ねを)の間で争いの絶えない家庭で育った。
出産後初めての試合が決まって練習に精を出す遥。先輩のその姿に刺激を受けて、少しずつスパークリングが様になっていくヒカル。そんな彼らの姿を、ナレーションよろしく解説していく真守だが、その情報にはときどき、未来から過去を振り返るような視点が混ざっており、時間感覚を一瞬グニャリと曲げられたような気分に陥る。物語の時間軸を巧みにずらすことで、舞台にちょっとしたミステリー色を添えるのは3号の得意技だが、それは今回も生かされているようだ。
ただ物語がここまで進んだ辺りから、演出席にいる3号が頭を抱えるような仕草をしばしば見せるようになった。そしてちょっと耐えきれなくなったという感じで、芝居を突然ストップさせてしまう。俳優たちを集めた3号は、その原因として「これは『華指』の稽古の時にも思ったけど……」と前置きをした上で「本を読んでいる方が面白い。演技は悪くないのに、シーンがつながっていないような気がしてしまう。ただ、何がうまくいっていないのか僕にもちょっとわからない」と正直に話していく。
ひかるは遥の紹介で、一恵が若女将を務める旅館でバイトを始める。
稽古で問題点を見極め、ちゃんと言語化して伝えるのが演出家の役割だとすれば、このような曖昧な言葉では、俳優たちは不安になってしまうんじゃないか……とハラハラしたのだが、さすが出演俳優のほとんどが3号の稽古場を熟知しているだけあって、「ああ、そうなんだ」とスッと受け入れたように見えた。
全員でディスカッションを重ねるうちに、それぞれのシーンで「何を表現しなければならないか」を、まだ俳優たちが完全に飲み込めていないと意見が一致。それを解決するため、何を最優先すればいいか? ということが、手話を交えて話し合われていく。そうして、まずは俳優同士で「どうすればシーンの密度が上がるのか」、3号は「全体をどのように見せていきたいのか」を今一度整理する、という結論に。俳優と演出に分かれて、各シーンを個別に考える時間となった。
ひかる(左)はまったくの素人から、ボクサーとして成長していく。
このように、私の観た日は稽古の過渡期ともいえる、作品の課題が徐々に見え、全員が一度立ち止まって振り返るというタイミングだった。しかしそれでも3号は、本作について「希望に満ちていて、自分の書いた本の中では、今までで一番好き」と言う。
「(インスパイアされた)岡森さんがとてもポジティブな人だからか、いつもの僕の作品のような『ああ、重たいな、しんどいな』という感じがなくて、ずっとニコニコして観ていられる。今回は本当に明るい人間ドラマになりそうです」と笑う。
まだ主人公たちが成長途上で、いろんな謎も謎のままの所までしか見られなかった本日の稽古。しかし3号の言ったとおり、人間の闇の部分に静かに潜航していくような普段の「ももち」とは違い、闇を振り切って明るい方向にひたすら走っていくような、今までにない方向性が感じられた。ここに本気のボクシングの試合が絡み、物語全体の姿が見えた時に、どのような「光」を私たちは体感することになるのだろうか。その始まりのゴングは、もうすぐ鳴らされる。
話し合いを始めたピンク地底人3号とキャストたち。3号が付けているのは、聴覚障がい者用に口の動きがわかりやすいようデザインされた、特殊なマスク。
取材・文=吉永美和子

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • SUPER★DRAGON / 「楽楽★PAINT」
  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」

新着