コトリ会議『みはるかす、くもへい線
の』作者の山本正典に聞く。「怖いも
の、得体のしれないものを舞台で観た
いし、作りたいです」

近未来風の不思議な世界の中で、生きているのか死んでいるのかわからない人間……いやそもそも、ヒトなのかどうかもわからない存在のモノたちを通して、市井の人々が日々感じる、おかしくも切ない思いを丹念に綴った会話劇を送る、兵庫の劇団「コトリ会議」(ちなみに劇団名の由来は“小鳥”ではなく、擬音の“コトリ”)。関西の都市部エリアでは、これが2022年最初で最後の公演となる新作『みはるかす、くもへい線の』を上演する。現在も存続問題で揺れている、兵庫県伊丹市の公立劇場[アイホール(伊丹市立演劇ホール)]を、限りなく素舞台に近い形で使用して「境界線」について考えるような世界を作り出すそうだ。2020年に『セミの空の空』で「第27回OMS戯曲賞」大賞を受賞し、最近は外部の脚本提供も増えている、作・出演の山本正典に話を聞いた。

■境界線を取っ払い、自分が一番嫌いなものを出す物語に。
──実は今年は、まだ地元で公演をしていなかったのが意外でしたね。
(前回公演の)『全部あったかいものは』は[江原河畔劇場](兵庫県豊岡市)ではやったんですけど、初めて僕らを観る方ばかりだったんです。やっぱり、普段コトリ会議を観ていただいてる方々に向けて上演したいと思った時に、みんなで「やるならアイホールでしょう」というので一致しました。アイホールさんは以前からいろんな企画に出させていただいて、僕たちを引っ張ってくださった劇場さんなので「成長した自分たちを観てください」という気持ちもありました。
──アイホールは、伊丹市から運営費を大幅にカットされた影響で、今は主催・提携の公演が非常に限られてしまっていますが、そこは貸館でもいいからやろう、と。
今までずっと提携だったので、正規の(劇場使用)料金を見た時に、今までどれだけアイホールさんにお世話になっていたんだ! と思いました。ただ正直、こちらもお金が厳しいので、できるだけ照明などの機材費をカットできないかな? と考えているうちに、あらゆる境界をなくすような劇場の使い方が浮かんできて。だったら物語も「境」「境界」を取っ払うようなものにしたいと思って、タイトルに「線」という言葉を入れました。
「第27回OMS戯曲賞」大賞を受賞した、コトリ会議『セミの空の空』(2019年)。 [撮影]河西沙織(壱劇屋)
──地平線とか水平線じゃなくて「雲平(くもへい)線」っていう言葉がいいですね。
まだ呼び名がない線というか、実際にはない言葉だけど、聞いてみたら何となく、山の上とか空の上から見ているような景色がイメージできる、みたいな。そういう意味を込めた、僕の造語です。
──物語の舞台は、日本海と太平洋がいっぺんに見渡せると思ったら、実は日本海と琵琶湖だったという峠になるそうですが。
その設定は変わるかもしれないですけど、取りあえずは峠のてっぺんにポツンとある、コンビニが舞台となります。すごく真っ暗な山道を車で走っていて、コンビニの明かりを見つけたら、みんなすごく安心して、ピャッと入っていくと思うんです。それが実は、安心できないコンビニだったという(笑)。
コトリ会議『セミの空の空』ダイジェスト。
──山本さんの作品にはおなじみの、宇宙人や幽霊がいるとか?
今回は宇宙人の代わりに、昆虫のような人間というか、ほとんど虫みたいな人が出ます。「人ではない何か」とか「違和感のあるもの」を描きたいというのは、つねづね思っているんですけど、今回は「境界線をなくす」ということを考えた時に、自分が一番嫌いなものが、見た目にも身体的にも(人間と)ごっちゃになってるようなモノを出したいなあ、と。僕、昆虫が一番苦手なんです(笑)。
──以前お話を聞いた時に「実は幽霊も宇宙人も怖いから苦手」と聞いて、結構衝撃を受けたんですが、なぜ怖いものをあえて出そうとするのでしょう?
「演劇は映画とは違うな」と僕が考えるのは、演劇にはお化け屋敷に入るような感覚があること。舞台の中心が明るくても、端の方って結構暗かったりするじゃないですか? あの暗闇が、僕は面白い。そこにある得体の知れない感じや、異世界につながるような感覚というのを、自分の劇団では表現したいんです。
だから僕が芝居を作るのは、本当に怖いもの見たさですね。そういう得体の知れない感じを舞台では観てみたいし、作りたいと思うし、やっているうちに何かを感じたりしたい(笑)。お化けも宇宙人も虫人間も「怖いから会いたくない」と思う一方で「もし会えたら面白い」とも思うし、それによって自分自身も境界がなくなるような、夢か現かみたいな一瞬が感じられたらいいなあと思っています。
山本正典(コトリ会議)。

■線や囲いを見つけるだけでも、何かが生まれる。
──先ほど少し触れていた、できるだけ機材を使わず、境界もなくすような劇場の使い方とは、どのような感じになりますか?
あえて舞台美術は作らず、素のままの劇場に椅子を並べて、照明も自分たちが持ってきたルームランプとか、普通のインテリアのものを使って。実はこの(チラシの)写真も、アイホールを暗くして、床にランプを置いて撮ったんですけど、それだけで今までにない怪しい雰囲気が出ていますね。客席の配置はまだ考えている所なんですけど、役者がお客様の前も後ろも、上の方にも回ってくる……みたいな芝居にできたらと思っています。
コトリ会議『みはるかす、くもへい線の』公演チラシ。
──上ということは、二階のキャットウォークみたいなバルコニーも使うんですか? あの空間を利用した芝居は、そんなにないですよね。
確かにあまり使われてないから、何らかの形で利用したいと思っています。一度あのバルコニーで、10分ぐらいの芝居をするというのを(一階から)観たことがあるんですけど、だいぶ首が痛くなって「あ、こういう理由で使わないのか」と(笑)。バルコニーを使うなら一瞬だなと、その時に学びました。そんな感じで、実際に客席と舞台の境界をなくしたことと、(境界がテーマの)脚本と演出がミックスされて、すごく面白い化学効果が起こっていると思います。
──とはいえ「境界」の話をするために、境界のない舞台を作るというのは、結構矛盾をはらんでいるのではないでしょうか。
数学的な考え方では、直線とは人間が考えた概念上のものであり、地平線や水平線は、実際には存在しないものを「線」として扱っているだけ……ということらしいんです。演劇も「客席」と「舞台」を分けていますけど、我々が無理やりそういったものを取り決めているだけで、そんなものは実際にないんだということを、単純にハッ! と感じられたら面白いんじゃないかと。
コトリ会議『晴れがわ』(2020年)。
──ああ、舞台にあるはずの「線」がなくなったら「そういえば世の中にも、線っていっぱいあるけど、別にいらないんじゃないか?」と、観ていて考えるかもしれない。
そうですね。自分で勝手に線や囲いを作って、その中で苦しくなる時ってあると思うし、演劇自体そういう囲いがあるかもしれない。でも「ここに囲いがある」ということに気づくだけでも、結構自分の中で何かが生まれると思うんです。別に教訓めいたことを言うつもりはないんですけど、演劇って何かを広げるため、見つけるためにあるんじゃないか? というのは、僕が演劇を作る動機にもなっています。
──何か壊したいと思っている、演劇の「囲い」はありますか?
演劇であんまり壊したいものってないですし、むしろシンプルに「仲良くなりたい」って思います(笑)。舞台って、作り手と観客全員が共有するじゃないですか? その(劇場の)空間を。そりゃ中には「つまらん」と思ってる人もいるでしょうけど、その人たちとも仲良くなるだけでも「この時間だけでも平和だなあ、ここは」という気分になれると思うんですね。僕は満員電車に乗っていても「この(周りの)人たちと仲良くなれたら、平和になるのにな」とよく思うし、その空間に集まった人と人とのつながりは、大事にしなきゃいけないなあと思いますね。
山本正典(コトリ会議)。

■「生で演劇をやること」の発見をお見せできれば。
──そもそも、山本さんが演劇を始めたきっかけはなんだったんですか?
大学生の時に、友達が「何かやろうぜ」と言い出して、たまたまインターネットで見つけた劇団の見学に行ったら、いつの間にか団員にされていたのが始まりでした。その劇団がなくなって、フリーの俳優になった時に、それこそアイホールで、鈴江俊郎さんの芝居を観たんです。
芝居も面白かったんですけど、公演パンフに「役者はテレビを見るな、本を読め」みたいな、すごく挑発的な文章が書かれていて「何だこの人は」と。それで(鈴江が主宰する)「劇団八時半」のオーディションがあると知って、これは受けてみようと思いました。結果的に、それが八時半の最後の公演になったんですが。
──その時点では、劇作はやっていなかった。
まったくなかったです。その公演が終わって、事務所で後片付けのお手伝いをしていたら、鈴江さんが「山本、お前は本を書いてみろ。自分で劇団を立ち上げろ」みたいなことを、フッとおっしゃられたんです。それが嬉しくて、その年にコトリ会議を旗揚げして、劇作を始めました。でも鈴江さん、僕だけじゃなくて誰にでも「本を書け。劇団を作れ」って言ってるんですよ(笑)。自分だけの特別な啓示のように受け取って、まんまと乗せられました。
コトリ会議『スーパーポチ』(2021年)。
──鈴江さんの作品は、割とリアリティと攻撃性が強い感じですが、コトリ会議はその真逆という印象です。それでも鈴江さんから、影響を受けたと思う点はありますか?
もちろんあります。僕は役者をやっている時に、演出家さんから「ここで笑わせろ」みたいなことを言われるのが、すごく苦手でした。でも鈴江さんの本は、とにかく一生懸命演じたら、お客さんが勝手に面白がってくれるんですよ。「一生懸命やりさえすれば、自分は肯定される」みたいな経験を味わって、僕もそういった本を書きたいと思いました。でも、できあがった世界の雰囲気がなぜ全然違うのかは、僕にもわからないんです(笑)。役者が何かおかしなことでいっぱいいっぱいになっていたり、あわてふためいている所が多いというのは、鈴江さんと共通してるかなと思いますけど。
──台詞に句読点を入れないのも、山本さんの戯曲の特徴の一つですよね。
それは単純に、大竹野正典(くじら企画/2009年逝去)さんの戯曲集を買った時に、句読点がないのがかっこいいと思ったからです。丸と点が全然なかったら、役者にリズムを強制しないから、役者自身の生理でしゃべることができる。結果的には演出で、リズムを矯正しちゃうんですけど、役者さんが最初に読む時には、まっさらな状態で読んでほしいなあと。それで句読点は抜いたんですけど、そのままだと読みにくいから、スペースを入れてるんですよ。役者さんは、結局そこで区切ることが多いです(笑)。
コトリ会議『全部あったかいものは』(2022年)。 [撮影]河西沙織(壱劇屋)
──演出の話で言うと、昨年から演出の名義が山本さんではなく「コトリ会議」となっていますが。
僕が演出というか、人に指示をするのが苦手というのもあったんですけど、そもそもどんなお芝居でも、役者さんがイキイキとやっている舞台が、一番面白いと思っていて。その状態を出すには、トップダウンで「こうやって、こうやって」と言ってやってもらうより、役者自身が「私はこっちの方がイキイキできる」と言える環境にした方がいいんじゃないかな、と思ったんです。
それで演出を「コトリ会議」にすることで、全員が舞台に立つ責任を共有しましょう……という気持ちでやってるんですけど、それで稽古場の意識が変わりましたね。「無駄な時間を過ごさないぞ、私たちは」という感じで、自分たちでいろいろと決めていくし、年下の劇団員もバンバン意見を言ってくれるようになって。今の所はこの形で、上手く回っていると思います。
──ゆるやかに変化したコトリ会議の姿が観られそうですね。最後になにか、今回のセールスポイントのようなものはございますか?
新型コロナが起こってから、皆さん映像に手を出したりとか、いろいろなことを試したと思うんですけど、きっと「いや、やっぱり演劇だ」と思う瞬間があったと思うんです。僕は僕で「生で演劇をやるというのは、こういうことだ」ということを改めて考えました。「お客さんの前で、役者さんを観ていただく」という当たり前のことについて発見があったし、それを今回の舞台でお見せできればと思っています。
山本正典(コトリ会議)。
取材・文=吉永美和子

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