越境系ギタリスト、
ビル・フリーゼルの
ノンサッチ時代を代表する傑作
『ナッシュビル』
あらゆるジャンルを咀嚼した
全方位型のギタリスト
ボルチモアで生まれ、デンバーで育ち、ベルギー、ボストン、ニューヨークと住む拠点もいろいろ変えているが、音楽はティーンエイジャーの頃にポップスに親しんで以降、ほんとうに貪欲に、ありとあらゆる音楽に浸っている。そんな多様性が彼の音楽を作っているように思えてならない。極めて映像的、音像的というか、彼の音楽は風景を描き出す。アメリカン・ルーツ的な音楽に向き合った作品からは、こちらの想像力を刺激し、1930年代の大恐慌や砂塵の舞うオクラホマの風景が脳裏をよぎったりする。そんな音を紡ぐギタリストは彼ぐらいだろう。
話を『ナッシュビル』に戻すと、カントリー? ブルーグラスだって? とこの種の音楽が苦手だという方も、本作を聴くと先入観を覆させられるだろう。ぜひ聴いてみてほしい。
本作以降、ジャズに軸足を置いてきたフリーゼルが、そこからも抜け出し、いよいよ奔放なまでに自己の音楽領域を拡大する、いわば過渡期にリリースされたアルバムであるとも言えるかもしれない。その領域はアメリカーナ(Americana)と呼ぶにふさわしい。ただし、このアルバムが出た頃にはまだアメリカーナという呼称は一般的なものではない。単語自体は1800年代からあるのだが、いわゆるフォーク、カントリー、ブルース、リズム・アンド・ブルース、ロックンロール、ゴスペル、ジャズまで、米国において統合、融合された今日で言うところのルーツ・ミュージックを、現代の音楽として定義づけたものを、アメリカーナと言うようになったのだが、2010年にグラミー賞の一部門として、Best Americana Album Of The Year(年間最優秀アメリカーナ・アルバム賞)が設けられるようになり、一般的に通用するものになりつつある。
※ちなみに初年度の受賞はリヴォン・ヘルム(Levon Helm)の『エレクトリック・ダート(原題:Electric Dirt)』で、以降、ボニー・レイットやメイヴィス・ステイプルズ、エミルー・ハリス、ロザンヌ・キャッシュ、ジェイソン・イズベル、ブランディ・カーライル、ケブ・モらのアルバムが受賞している。いずれも、いつかここで紹介したいアーティストと作品ばかりである。
であるから、フリーゼル自身にアルバム制作当時にアメリカーナ、という意識のもとにレコーディングに挑んだわけでないのだろうが、コンセプトは極めてアメリカーナ的であり、極めて先見性に満ちたものであったことが今になってわかる。それにしても、フリーゼルほど、ソロ作はもちろん、コラボ作、ゲスト参加作において、あらゆるジャンルを“越境”しながら膨大なレコーディングをこなしている人を他に知らない。
私自身では把握しきれていないので、一体、どのくらいアルバムが世に出ているのだろうかと、Wkipedia等で調べてみたのだが、私の最近のイチオシのフリーゼルのコラボ作は記載されていなかったので、Wikiならずとも彼の仕事の全貌は正確には掴めてないらしい。そのイチオシ作は今年の3月に亡くなったトランペット、コルネット奏者、作曲家のRon Miles(ロン・マイルス)をリーダーとするバンドで、ジャズのみならずボブ・ディラン、ノラ・ジョーンズとも仕事をし、多方面から引く手あまたのセッションドラマー、ブライアン・ブレイドにフリーゼルを加えたジャズトリオのものである。3作ほどがエンヤレコードからリリースされているが、中でも『クイヴァー:三人主義(原題:Quiver)』(2012年) は超名盤だと、この機会におすすめしておく。
TEXT:片山 明