玉田企画『영(ヨン)』玉田真也×長
井短×祷キララ×前原瑞樹インタビュ
ー ラブストーリー志望のはずがバイ
オレンス作でブレイク、予期せずバズ
った脚本家のジレンマ描く

2022年9月23日(金・祝)より、東京芸術劇場 シアターイーストにて玉田企画の『영(ヨン)』が開幕する。「eyes plus」シリーズのラインナップとして上演される本作は玉田企画としては約1年半ぶり、そして記念すべき10周年に発表する新作公演だ。
出演者には、主宰で作・演出を手がける玉田真也のほか、長井短、祷キララ、ファン・リハン、伊藤修子、李そじん(東京デスロック/青年団)、森優作、田中祐希(ゆうめい)、前原瑞樹(青年団)、森一生、山科圭太と玉田企画お馴染みの実力派から注目を集める劇団や公演でそれぞれの存在感を放つ個性豊かな顔触れが一挙名を連ねる。玉田企画史上最も多い11名の登場人物が織りなす物語のキーワードは「ギャップ」。
韓国の恋愛ドラマを愛する主人公・マリカは一念発起して渡韓、脚本家を目指す。まさかの一作目でブレイクを果たすも、それは恋愛とは対極のバイオレンス作品だった。予期せぬ才能を発揮してしまったマリカの前に立ちはだかる理想と現実、憧れと才能。そんなギャップに思い悩むマリカの元に、ある日「ヨン」という奔放な女が現れる……。
やりたいことができないマリカと、やりたいことしかやらないヨン。一つ二つと重なる人間関係の中で巻き起こるいくつものギャップ。さりげなくもリリカルな会話に浮かぶ手触りのある情景。今回も玉田企画ならではの切り口で時に鋭く、時にユーモラスに描かれるドラマ。その魅力と上演へ意気込みについて、玉田真也、長井短、祷キララ、前原瑞樹の4名に話を聞いた。
左から祷キララ、長井短、玉田真也、前原瑞樹 写真/吉松伸太郎
■「憧れ」と「才能」のギャップとジレンマ描く
――みなさんはそれぞれ玉田企画作品への参加歴がありますが、今作の新作台本を読み、稽古が始まった感触はどんなものでしょうか?
長井 玉田企画への出演は3年ぶりくらいになります。今日の稽古は、私の演じるマリカとキララちゃん演じるヨンのシーンを重点的にやりました。その後にみんなが来て、大人数でわあーっと喋っているシーンの稽古をやっていたんですけど、外から見ていてもすごく面白い。私も早くそこにも混じりたいなと思っています。役として早くみんなに会いに行きたい!
前原 羨ましいでしょ? 稽古していても、短ちゃんの視線をずっと感じてます(笑)。物語の軸となる二人のシーンはこれから変化もあるだろうけど、僕もすごく楽しみ。二人以外の僕らはその場の盛り上がりをどれだけ作れるか、いかに意味のない言葉でチャチャ入れられるか、っていう楽しさがありますね。限られたセリフの中でどうやったら会話が詰まっていくんだろうって考えながらトライするのが楽しい。今回は人数が多いので、よりチームプレイ感が強いです。

どこでどんな役をやっても「彼女しかいなかった」と感じさせる存在感で場を魅了する長井短。ジレンマを一身に背負う切実な姿は苦しくも愛らしい。

長井 「私も早く意味ないこと言いてえ〜!」って思ってます(笑)。今のところずっと意味ありそうなことをやってるから……。
前原 あははは! たしかにこっちとは対極のことやってるよね(笑)。

『あの日々の話』以降、玉田企画に多数出演の前原瑞樹。「あるある」や「いるいる」を絶妙な塩梅で体現する表現力の高さが魅力。

――祷さんは前作『夏の砂の上』から二度目の出演です。前作とはガラッと違う役柄ですが、いかがでしょうか?
祷 前作のオーディションを受ける前に映画『あの日々の話』観ていたんですけど、その時の短さんがすごく面白くて、鮮烈で……。今回の出演が決まる前から「いつか、短さんとセリフの掛け合いをやってみたい!」って思っていたんです。
長井 嬉しい……。

前作『夏の砂の上』ではイノセントな妖しさで劇場を占拠した祷キララ。今作では打って変わって自由奔放な関西人を好演、時に狂演する。

祷 だから、緊張や不安もあるけど、同じくらい嬉しくて楽しい。それがモチベーションに繋がっています。今回はがっつり関西弁でお芝居をするので、それも新鮮でした。私が演じるヨンとキャラクターについてはまだ手探りで掴んでいるような感覚なので、これからしっかり詰めていきたいと思っています。
玉田 僕自身、台本書いたり稽古をしながら「この人はこんな感じかなあ」と役の中身を詰めたり、それありきで物語全体を進めていくような感じがあって。だから、今稽古場で言っていることは話半分くらいで聞いてもらえたら(笑)。本や稽古が固まっていくにつれて、キャラクターも固まっていくような感じがありますね。

玉田企画主宰で作・演出を手がける玉田真也。日常の人間関係に潜むそこはかとない軋轢や不和を表出する手触りのある会話劇は他に例を見ない。

――今回の物語やテーマは、どういった経緯でその構想が生まれたのでしょうか?
玉田 物語の中心となるのはマリカとヨンという二人の女の子なのですが、元々のきっかけは、マリカという脚本家のキャラクターを思いついたことでした。韓国のドラマや映画って、ラブストーリーとバイオレンスという両極端のジャンルが同じくらい盛んなのですが、そんな風に真逆のものが一人の人間の中に共存していたら面白いな、って思ったんですよね。ラブストーリーに憧れて脚本家を目指したのに、バイオレンスでブレイク。そんなジレンマに苦しんでいる人を描けたらと考えました。でも、それだけだと物語が内面的なことに終始してしまうので、バイオレンスな部分を具現化するようなキャラクターが外側に一人出てきたら面白いなと思って、ヨンというキャラクターが生まれました。
マリカとヨンのシーンの稽古。ハイテンポな会話の中に、二人の関係の凹凸や温度差が鮮やかに滲む。
――脚本家というキャラクターの設定には、玉田さんご自身ともリンクを感じたのですが……。
玉田 僕は自分とキャラクターとの距離を離していた方が書けるタイプなので、本来なら同業の話は書きづらいんです。自分の悩みをそのまま書いてしまいそうだし、それは面白くないなって思って避けていたんですよね。でも、今回の設定だったら面白く書けるかもと思って。こういう仕事なので、「才能」についてはよく考えますし、自分の憧れていることと現実とのギャップに悩むことって誰しもにあることなんじゃないかなと思っています。
――本当の自分と他者からのイメージ、欲しかった才能と得意なこと、自分と自分の挟み撃ちに遭うような「ギャップ」って、確かに多かれ少なかれ身に覚えがある気がします。
長井 マリカを演じていても共感する部分はありますね。「他者から求められること」と「自分がやりたいこと」が違う、って本当によくあることだから。私も、うるさい役がやりたいのに、静かな役ばかりくる、なんて時期もありました(笑)。特に、お芝居をはじめたての頃は見た目の印象しか情報がないから。当時は「どうしたらもっとバカな役をやらせてもらえるんだろう」って考えたりしていたんですけど、同時に「ずっとどこかで起き続けることだな」と思ったりもします。
玉田 そうそう。自分の好きな作品や芝居とは違うものが世間では好感触だったり、「こういうのまた書いてください」って求められたり……。かといって、「本当に好きなことをやろう」と思っても、それもまた容易くはない。ラブストーリーとバイオレンスと聞くと極端に見えるかもしれないけど、起きていること自体は日常的な「あるある」なんじゃないかと思っています。

■配役の決め手と玉田作品の魅力
――それぞれの配役の決め手についてもお聞かせください。
玉田 マリカ役の長井さんは、暴れているところを見たくて……。自分はこうしたいのに周りがそうはさせてくれなくて、「なんだよー!」っていう暴れ方が面白そうだと思ったんです。祷さんとのペアがいいなあと思ったのは、ヨンがマリカの葛藤などどこ吹く風で自由に振る舞っているところを見てみたかったから。そんな相反する二人が一緒にいるので、どうしたって対立や衝突が起きる。

キービジュアルに寄せた撮影では秒刻みに変幻する二人の表情に目を見張った。

――ちょっとした言葉によって立場が逆転したり、会話の流れとともに人間関係に歪みや溝が露呈していく変温的な描写は玉田企画作品の見どころの一つな気がします。
祷 そこに通じているなあと私が感じるのが、玉田さんの独特の音の捉え方。シーンの緩急や空気を変化させていく中心に音があって、それがすごく重要になっている気がしています。いろんな人との会話の中に様々な音がある。トーンをちょっと間違うと、場の空気や人間関係が全く違うものになることもあって、そこが難しくもあり、楽しくもあります。自分以外のシーンの稽古を見ていても、音でこんなに空気って変わるんだって毎回痛感しています。そこにズームして、神経を研ぎ澄ませて作っていきたいなって。

会話の発着に交錯するそれぞれの性格や立場。コミュニティ内の関係性がみるみる立ち上がる会話劇は玉田企画の見どころの一つ。

前原 そうですね。人との関係性がどんどん変わっていくのが玉田企画の面白み。さっきまで立場が上だった人が突然下になったり、こっちの人には強かったのにあっちの人には弱い、みたいな関係性のグラデーションが見えたり。出てくる人全員がちゃんと面白くて、俳優からするとみんながおいしい役というか……。全員がそれぞれ人間関係の面白さを背負っていますよね。
長井 そうそう。なんていうか、一人で勝ち逃げできないようになってる(笑)。ちゃんと相手のことを見ていないとうまくいかないというか……。いい音で、いい間で、いい表情で、っていうことを俳優がクリアさえしたらうまくいく場合もあると思うんですけど、その手が通用しない、それだけでは作れないというのがやっていて楽しい。みんなでチームプレイしていかないとうまくいかないところに「ああ演劇やってるな、みんなで作ってるな」っていう感触があります。
玉田 基本的にはどのシーンも「対立」がないと面白くないと思っているんですよね。「そのコップ取って」に対して、コップを取らないとか。そういう細かい対立や衝突が刷り込まれていると面白い。マリカとヨン、長井さんと祷さんはそういうことが面白く起きやすそうなペアだと思っています。前原くんは、毎回自分の中に「これやらせたら面白そう」っていうイメージがあるんですけど、結果的には「前原くんそのものなんじゃないか」って思ったり……(笑)。
前原 え、大丈夫ですか? 俺、結構嫌な人の役の時とかありますけど!
長井 もしかして、ディスられてる?!(笑)。
祷 面白い…。
玉田 いやいや、絶妙な塩梅っていう意味です(笑)。僕がキャスティングの時に意識しているのが、その人の長所だけじゃなく、弱点に変換できそうなところを探すということなんです。例えば、「すごく丁寧な人」と感じている俳優がいたとしたら、「丁寧にさえしていればなんでもありって感じの失礼な人」をやってもらったら面白そうだなとか……。そういうイメージの派生の仕方。「そういう人だ」って思っているのではなく、「もしこうだったら面白いな」っていう部分を妄想で見つける。物語上でエラーになりそうな部分を探すような感じでこの人にこういう人間的落ち度があったら面白いなあってイメージを膨らませているんです。「落ち度」なんて言うと、すごく性格悪い感じに聞こえるかもしれないけど……(笑)。

■個性豊かなキャラクターが織りなすリアルな人間模様

――会話の端々に滲む人間臭さ。そこに裏打ちされていた魔法に気付かされるようなお話です。さっきの稽古でも常連俳優の前原さんと山科圭太さんの掛け合いには「玉田企画見ているぞ!」という体感があって、「反応」というよりもはや「感知」といいますか、俳優さんたちの鮮やかなリアクションの応酬にはつい前のめりになります。

玉田企画作品に多数出演する山科圭太。持ち前の感度の高さでさりげない会話に走る緊張と緩和を温度感を以て表現する。

前原 今回新たに田中祐希くんという怪物が現れたので、また違った化学反応も起こりそうですよね(笑)。僕は玉田企画ではコミュニティ内で最年少だったり、立場的に一番下の役をやることが多かったけど、今回は僕の後輩的な役の人もいて、いつもとはちょっと立ち位置が違う。強烈なキャラクターが多いので、誰が場をかき回していくのかはわからないし、それが楽しみでもあります。

玉田企画に初参加となる田中祐希。コミュニティに発生する温度差を担う突飛なキャラクターが稽古場を度々沸かす。
数々の舞台や映像で強烈な個性を残す伊藤修子も玉田企画に初出演。マスク越しにも伺える緩急豊かな表情が瞬時に「笑い」を誘う。

玉田 確かに、田中くんはパンチ強めのキャラクターですね(笑)。前原くんの役柄のポジションを変えたのは、いつもとは違う立ち振る舞いに面白い部分を見つけられたらいいなって思ったから。
前原 今回はそれが起こりそうですよね。役に対してのスタンスも変わりました。ただ、キャラクターも相手との関係性も台本や稽古とともに変わっていくのが玉田企画なので、今の時点で自分の役のキャラクターを固め過ぎないようにしようと思っています。後で困っちゃうから、自分が自由になりやすいようにはしていますね。
玉田 何回も出てもらっているけど、毎回同じ前原くんの側面を使っている気がしていて、別のスイッチを見つけて押してみたいという気持ちで配役しました。どの役にもそれぞれの理由がありますね。

話題の舞台作品への出演が相次ぐ李そじん。作品毎にまるで異なる横顔を残す引き出しの多さとその彩りは稽古でも確かに光る。
映像作品でも幅広い活躍を見せる森優作。相手に応じて変動する声色と強弱でコミュニティにおける上下関係を細やかに抽出する。
■10周年の節目に

――玉田企画、2022年は実は10周年イヤーなんだとか。そういった記念公演的な意味合いもあったりするのでしょうか?
玉田 劇団でもないので特に言ってはいなかったんですけど、「そういえば、10年目なんです」っていろんな人に言ったら、「それは言うべき」「10年目は一回しかない、次は20年だよ」って言われて。言うタイミングを逃していたのですが、今から言っていこうかなって思っています(笑)。10周年とか関係なく、面白ければなんでもいいかなっていうのが本心ではあるんですけど、韓国からファン・リハンさんという素敵な俳優さんも呼びますし、キャストの人数も最多。奇しくも、今までやったことのないことが詰まった挑戦的な作品になっているとは思いますね。
前原 いつもより人数も多いし、劇場も大きい。さらに、扱っているテーマもいつもよりちょっと大きいので、スケールの大きなことにも挑戦していけるチャンスだと思っています。これまで小劇場でやってきたことを活かしつつ、いつもとは違うことにも積極的にチャレンジしたいですね。
祷 そうですね。「今までの玉田企画とはちょっと違うものを観たなあ」って思ってもらえたら嬉しいですよね。そんな中で「自分ができることってなんだろう?」って考えた時に、新作公演への参加が初めての自分を活かすことだと感じました。玉田企画の空気感や魅力に馴染んでいくと同時に、自分が持っている分からなさや経験の無さ、等身大さを新しさへと引っ張る力の一つとして使えたらいいなと思っています。
長井 初日にわざわざチケットを買ってくる人は、もしかしたら何かしらの魂胆があるかもしれない……。「どのくらい間に合ってる?」みたいな!(笑)。そこで、「いや、ガンガンに仕上がってるし!」って言えるような。そんな初日に仕上げていきたいですね。
玉田 台本はまだ仕上がっていないけど、「こういう話をやりたい」っていう土台はブレていない。実はそういうことも初めてなんですよ。これまでは物語を土台から変えたり、壊したりしながら作っていくことが多かったけど、今回は「これをやります」って最初に言ったストーリーを守りながらやっているから、しっかり守り通そう!と。
長井 だって、ほら! 今回チラシにもすごくちゃんとした、物語の「あらすじ」がありますよ。大体いつも「決意文」だったのに!(笑)
前原 そうだね。いつもはいかにチラシにあらすじを書かずにいけるかって苦心しているのに……!(笑)。
玉田 そうそう。あらすじを書かなくてもいいようなチラシデザインを心がけて作ってたくらいだからね(笑)。でも今回はなんと、「あらすじ」があるんですよ。色んな「いつもとは違う」が重なって、奇しくも周年然としている感じがあります。なので、新たな挑戦と今までの武器を上手に使って上演に臨めたら。あ、玉田企画は今年で10周年です!
(左上から時計回りに)前原瑞樹、伊藤修子、長井短、山科圭太、田中祐希、通訳を務めるチェ・ヨンウォン、森優作、森一生、玉田真也、李そじん、祷キララ 写真/玉田企画提供
※取材中に不在だったファン・リハン、森一生も後に稽古に合流。国やその言語を越えてクリエーションに参加するファン・リハンの活躍、様々な劇場の公演でその姿を見かける森一生の今作へのアプローチも本作の観劇における魅力の一つであることをここに改めて追記する。
写真/吉松伸太郎
取材・文/丘田ミイ子

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