だれも傷つけないゆるいラップが日常
に寄り添い、肯定してくれるーーぜっ
たくん、初のフルアルバム『Bed in
Wonderland』でツラい過去やモヤモヤ
を昇華

独特のゆるいラップと半径1.7mくらいの身近なテーマを時にユーモラスに、時にクールに綴るリリックが、学生を中心にジワりと広がり注目を集めているラッパーのぜったくん。2018年にラストラム主催の新人発掘オーディション『ニューカマー発見伝』にてグランプリを受賞し、2020年にはメジャーデビュー。「ボクらの歌」がポカリスエットのCM楽曲として起用されるなど、着実にステップアップしてきた。そんなぜったくんが、8月31日(水)に自身初のフルアルバム『Bed in Wonderland』をリリース。集大成ともいえる今作を通して、これまでの活動を振り返りながらアルバム収録曲について話を訊いた。日常のあらゆるシーンに寄り添い、モヤモヤや不安、個人的な趣味やワクワクもすべて肯定してくれるような。いろいろ大変でも「なんだか大丈夫かも」と思わせてくれるような……ゆるくも前向きにさせてくれ、心を軽くして弾ませてくれる。そんな楽曲たちに、ぜったくんが込めた想いとはーー。
ぜったくん
ーーアルバムには活動初期の2020年の楽曲から最新曲まで収録されているので、これまでの活動の集大成ともいえるフルアルバムに。振り返ってみて、いかがですか?
長かったなと思います。「Midnight Call feat. kojikoji」でメジャーデビューしてから2年経って、これまでアルバムがなかったので今回は満を持して出すことができたなと。1曲ずつに思い出が詰まっていて、それぞれつくった時のことを思い返しながら新しい曲もつくっていったので、本当に日記的な意味での「アルバム」にもなっていると思います。
ーー今回のアルバムに限らず、これまでリリースしてきた楽曲を聴いての反響の中で、特に印象に残っている言葉などありますか?
学生に聴いてもらえていることが多いんですけど、リリースして1年後とかに「1年前のぜったくんのあの曲、昔を思い出すから好き」といってもらえてすごく嬉しかったですね。僕も学生時代に聴いていた曲はアンセムになっていて、その頃を思い出せるので、自分もそういうふうになれているのがすごく嬉しかったです。
ぜったくん
ーーさらに活動をさかのぼると、どの時点から「音楽で生きていく」ということを明確に意識されていたのでしょう?
いまの事務所のラストラムの新人オーディション『ニューカマー発見伝』でグランプリを受賞して、100万円をゲットした時ですね。賞金を初めてもらえて、今までで一番でかい額を手に入れた時に、本当に賞金稼ぎがあるんだなと(笑)。これでいけると思えました。もちろん、気持ちとしては「音楽で生きていく」つもりでいたので、新卒で入社した会社も1時間で辞めたりしたんですけど、賞金を稼ぐまで一寸先が闇のような感覚というか。曲をネットにアップしても知り合いがファボしてくれるだけで全然拡散されなかったりと思うようにいかなかったので、その頃はかなりキツかったです。なので、グランプリを受賞して賞金を稼げたことで、初めて認められた実感が湧いたというか。
ーーオーディションでの優勝がターニングポイントに。いちリスナーとしては、楽曲の世界観とオーディションのような競争的な賞レースが結びつかなくて少し意外にも感じました。いわゆる「絶対勝つ!」「売れてやる!」「将来はこうなりたい!」といったギラギラした感じが楽曲にはわかりやすく込められていないと思うので、どの段階で未来予想図を描いたのか、歩んできたステップがイメージ通りなのかが改めて気になりました。
オーディションについては、かなり狙って受けていました。というのも、どちらかというとセルフプロデュースが苦手だと分かっていたので、絶対に人の力を借りなきゃいけないと思っていて。それで、いろいろオーディションを受けまくっていたんです。その中で、ありがたく認めてもらえたのがラストラムのオーディションで。
ーーなるほど。では、「オーディションを勝ち取る!」というような情熱は持ち合わせていつつ、楽曲ではあえてそういうギラギラ、メラメラした感じは出さないように?
出さないようにしていましたね、絶対に。その情熱がないのに、上がっていく感じがカッコいいと思っていたんですよ(笑)。
ーー「気づいたら、才能でここまで来ちゃった」感(笑)。
そうそう、そういうのに憧れていたんです。けど、いつのまにかそういった意識がなくなってきたので、最近はちゃんと上がっていく気持ちも出していこうかなと思っています。
ーー上がっていく、という点では目指すべき対象や場所があったりするのでしょうか?
憧れている人はたくさんいます。RHYMESTERさんとか、PUNPEEさんみたいにトラックも全部自分でやっていてカッケーなとか。だけど、自分が全く同じようになりたいというのとは違って、単純に憧れているというイメージですね。今でも自分がどんな風になりたいのかというのは分からないので、探っているところだと思います。そうしているうちに、なれたものが最終的なカタチのような気もするので、どういう方法でどんなところへ向かっていきたいかというのはない。いろいろなことをやりたいので。
ぜったくん
ーーそのマインドは、すごく楽曲にも表れているなと感じました。
表れているんですかね?
ーー全部投げ出してレンタカーで飛び出していこうという楽曲「レンタカー」について、ぜったくんは曲解説で「あてもなく走り出したのに、いつの間にか目的地っぽいのができて、道に迷う」という、あるあるを綴られていましたが、これも先ほどのマインドとリンクしていた気がしました。
そうかもしれませんね。目的地が、勝手にできちゃうなというあるあるですけど、それは人生と同じで。なんとなく生きていてもああなりたいと漠然と思ってしまうことで、また迷ってしまうということがある。それをレンタカーにみたてていたりします。<まわりはビュンビュン飛ばしてく みんな行き先知ってるような顔してる>という歌詞も、そういう人やそういった景色をたくさん見たような気がしていて。例えば、さっきも修学旅行生がいて、引率している先生を見てふと思ったんですよね。先生になった人は、ずっとそうなりたかった人が多いと思うんですけど、どれだけ前から先生になるために生きてきたんだろうかと考えたら、すごいなと。
ーー先生になるためには、大学に行っても通常よりたくさん単位をとらないといけなかったりしますもんね。
そうやって早い段階から、自分の行き先を知っていることがもうすごいじゃないですか。それに比べて自分は定まっていない、という病み期を曲にしているともいえます(笑)。
ぜったくん
ーーそういったモヤモヤした感情だったり、「こうなりたい!」というよりも「こうだったらいいのに」といった希望がリアルに綴られているからこそ、学生だけでなくたくさんの方の気持ちに寄り添い、きっと心に残るのでしょうね。個人的には、モヤッとでいうと「sunday sunday」がとても印象的でした。
「sunday sunday」こそ病み期の話ですね。自分のつくる音楽は、ちゃんとみんなが聴いて喜んでくれるという絶対的な謎の確信があったんですけど、それでも届いていないし、届けるのも苦手でどうしたものかと思っていた時の曲で。
ーーそういった、ある意味でダークサイドに入りそうで、もがき苦しんでいる時期を歌っているのに、あくまでもポップに歌って昇華されているところが聴いていて励みになるというか。これはどの曲についても共通していますよね。
「sunday sunday」はあまりにも曲が暗いので、明るくポップにというのは意識しましたね。けど、そこまで意識はしてなかったので、そう感じていただけてよかったです。どの曲も実は暗いんだけど、最終的には前を向いているような曲にしたいという気持ちがあるので。それがなぜかといえば、そう思っていないとキツいからなんですよね。最終的に、よくなると思ってないとキツい。
ーーちゃんと落ち込むし、勝ち上がっていきたいし、とはいえ張り切りすぎず、いい意味でゆるく乗り越えていきたい。「ま、大丈夫か!」と思いたくなるような、ゆるいポジティブさが、すごく等身大で共感できました。アルバムを聴けば「意外となんとかなるんじゃないか」と思えるのはとても救われるというか。
僕自身は、ぜんぜん誰かを救いたいという気持ちもなく書いているんですけどね。だけど、救われると言ってもらえると、すごく嬉しいです。コロナ禍とかもあって、特に学生はこれから先どうなるかもわかんないことが多いと思いますが、どんな状況でも楽しむしかないと思うのでそうあってもらたなら嬉しいです。
ぜったくん
ーーぜったくんといえば、ラブホテルで働かれていたエピソードも話題になりましたが、なかなかたどり着かないような仕事や経歴を経てこられたのも、そういったネガティブな状況も「楽しんでいく」という前向きな好奇心があるからなのかなと。
楽しむことは、得意な方かもしれませんね。同じ繰り返しの日々で、ゲーム性を見出したりして楽しむのが好きなので。それはきっと、どんな人にもできるはずだと思います。楽しめるうちは楽しんでおかないともったいないですから。
ーー「Gaming Party Xmas」もなにごとも楽しんでいこうというマインドが表れていますよね。ちょっと憂鬱なクリスマスだけど、思い切って苦手なパーティーに参加してみたら、想像していたのとは違ったけどいいことあったという前向きさが。
そうなんですよね。とりあえず、やってみることが大事だなと。やってないことを否定するのが嫌なので。それから、やってみて好きじゃなかったとしてもあまり否定しないかもしれないですね。自分には合わなかったとしても、それを好きだったり楽しいと思っている人もいるわけだから。
ーーそういう意味では、いわゆる「チクチク言葉」的な誰かを否定したり、誰かのせいにするような曲がないのも今の時代にマッチしているなと感じました。「Man Say Bien」では、関係がうまくいかないのは君のせいでも自分のせいでもなく、強いて言えば「慢性鼻炎」のせいだという。
そうそう、もう慢性鼻炎のせいにさせてくれと(笑)。
ーー「orange juice」は少し政治的なワードも飛び出すイレギュラーな曲で。それでも、なにかに抗ったり攻撃的な曲ではないですもんね。
たしかに、直接的に誰かに怒ったりする曲はないですね。「orange juice」はちょっと怒り気味ですけど、それも「オレンジのビタミンを摂取して、ストレスを解消したらいいじゃん」という別の角度からの曲になっていますしね。直接殴りに行ってないから、ちょっとずるいかもしれないですけど。
ーー人を傷つけない、というのは聴いている方も心地よいなと。
みんなに争ってほしくない、ということが根本的にあるからかもしれないですね。
ぜったくん
ーーちなみに、コロナ禍の影響で曲作りのアプローチにも変化がでたり考え方が変わったりしましたか? 
「レンタカー」とかは、完全に生活の変化が影響していますね。アニメの『ゆるキャン△』を見て、外に出たくなって。レンタカーを借りて、ソロキャンみたいに外でウインナーを焼いて食べてみたらすごくおいしかったのがキッカケだったりします。
ーー「ビュンビュン逃飛行✈」も外に向かっていく感がありますよね。デビュー作の「Bed Trip EP」も今作も部屋のベッドがイメージにあって、半径 1.7m位以内の身近なテーマが中心的だったと思うんですけど、今回はこの2曲で外に向かっているのが新しい変化なのかなと。とはいえ外に向かってはいても、気持ち的にはベッドの上と変わらない感じはこれまで通りとも言えたり。
確かに、言われて気づきましたけど、自分の部屋をそのまま外に持っていってる感じはしますね。外に出てもひとりだし、ぜんぜんワイワイしていない(笑)。
ーー「ビュンビュン逃飛行✈」の歌詞の<孫悟空と並走中>じゃないですが、ぜったくんはベッドを筋斗雲みたいにしてどこでもいけるんだなと。それはつまり、ベッドでも想像力を働かせれば、ビュンビュン世界中どこでも旅ができるし、どんな経験でもできる。想像できることこそが全てで、宇宙のように無限の可能性があるんじゃないかなと。そんなメッセージを受け取りました。
すごく壮大……。だけど確かに、想像してひとりの時間を楽しんでいるところがテーマになっていますしね。
ーー東京では9月16日(金)LIQUIDROOMで、関西では9月18日(日)@心斎橋JANUSでワンマンが決定していますね。どの曲もライブになるとまた違った映え方をしそうで生音で体験するのも楽しみです。
どんな人でも楽しんでいただけるようになっているので、ぜひ楽しみに来ていただきたいですね。曲も原曲通りにやる曲もあれば、ぜんぜん違うアレンジをしてみたりと、たくさん仕掛けているのでぜひ。大阪は、ワンマンでしっかりとフルバンドでするライブは今回が初めてなので、たくさんの方に来ていただきたいなと思います!
取材・文=大西健斗 撮影=ハヤシマコ

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