ビートルズ圏外に出て、
自分らしさを臆することなく発揮した
ジョージ・ハリスンの
もうひとつの傑作
『リヴィング・イン・ザ・
マテリアル・ワールド』

知られざるスライド名人、
ジョージのギターの上手さが随所に

ここで注目すべきは本作がギタリスト、ジョージ・ハリスンがはっきり示されたアルバムだという点である。クレジット上、ギタリストはジョージただ一人なのだ。他のアルバムだとクラプトンやデイブ・メイスン、ジェシ・エド・デイヴィスらの名前が並んでいるものだから、アルバム上でいいギター・プレイがあっても「これはやっぱりエリックかもな…」と、ギタリスト・ジョージの存在が希薄だったのだ。

ビートルズ時代でもそうだが、ギタリストとしてのジョージについて語るのはなかなか難しい。自身、映像の中でアドリブが苦手だという風な発言を残していたように、リード・ギタリストとしての手腕は正直言ってそれほどではない。リズム・ギタリストとしてもジョン・レノンのほうが上手かったりする。「ブラックバード(原題:Blackbird)」でポールが弾いてみせたような巧みなコードテクニックをジョージに求めても無理だ。

じゃあ、ジョージはアカンのか? と言われたら、そんなことはない。効果的に弾く、ということではピカイチの人だと思う。その一例を挙げてみよう。1991年にクラプトンとともに奇跡の再来日公演があったのも今では懐かしいが、東京ドームでの公演、観客席にいて、ジョージのギタリストの凄さを垣間見た瞬間がある。全曲で弾きまくるクラプトンに対して、ジョージは控え目にしか弾かない。それは弾かないというよりは、弾けなかったのかもしれないが、それでも時折挟む彼のギターが実にいい按配で、しかも味があるのに驚かされたのだ。終盤、お約束の「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス(原題:While My Guitar Gently Weeps)」をやる。ソロはふたりで弾く。先行のクラプトンは盛大に音を伸ばし、ビブラートをかけ、むせび泣くように弾く。そのあとを継ぐようにジョージが遠慮がちではあるけれど、切なく、美しいフレーズのリードを短くキメたのだが、このジョージのギターのほうが曲想をとらえているというか(そりゃ作者だもの)、しっくり来ると思ったのだ。仰々しく弾いたクラプトンのギターは感動を伴わず、ただ「ごちそうさまでした〜」とため息と満腹感しかなかったのだ。この時の公演はCD化され、『ライヴ・イン・ジャパン / ジョージ・ハリスン with エリック・クラプトン and ヒズ・バンド』として発売されている。
※もちろん個人の感想であるから、やっぱりクラプトンは素晴らしかったと思う方も当然たくさんおられると思う。

話を『リヴィング〜』に戻すと、ジョージがその独特の感性でギタリスト、特にスライド奏法のプレイヤーとしての力量を世間に知らしめたのも本作だったのではないかと思う。それほどに、本作収録の多くの曲から、彼のスライド・ギターが聴こえてくる。本来はオープン・チューニングを用いたブルースに多用されることが多いスライド(ボトルネック)奏法だが、ジョージの場合はブルース臭がほとんどないというところが、他のスライド・ギターのプレイヤーと大きくスタイルを異にしている。泥臭さとは無縁のメロウなトーンも一聴して彼だと分かるもので、もしかすると、インドのシタールのサスティーン(音の伸び)と共通するものを、彼はスライド奏法に見出したのかもしれない。スライド奏法は本作以前からプレイしていたが、そのテクニックに関してはたぶんジェシ・エド・デイヴィスあたりから伝授されたのではないかと思う。

その、ジョージのスライド・ギターが最も効果的に使われたのがアルバム冒頭を飾る「ギヴ・ミー・ラヴ(原題:Give Me Love(Give Me Peace On Earth))」で、12弦のアコギのストロークに続き、クリーントーンの伸びやかなスライドで見事なイントロを決めている。間奏のソロもジョージのスライド演奏の中でも最高のものの一つだろう。アルバムからの先行シングルとして発売されると、Billboard Hot 100で「マイ・スウィート・ロード(原題:My Sweet Lord)」以来2度目となる第1位を獲得したほか、世界各国のシングルチャートでトップ10入りを果たすなど、文字通り大ヒットを記録。特に同時期にチャートインしていたポール・マッカートニー&ウイングスの『マイ・ラヴ(原題:My Love)』よりも上位にランクされたことは溜飲を下げるというか、ジョージは嬉しかっただろう。

続く「スー・ミー、スー・ユー・ブルース(原題:Sue Me, Sue You Blues)」は先にジェシ・エド・デイヴィスに提供した曲でセルフ・カバーとなるが、ここでもシンプルだが抜群のスライド効果を出している。ソロパートで珍しくブルースっぽさも少し。これはジェシ・エド・デイヴィスのバージョン(彼の名盤『ウルル(原題:Ululu)』に収録)と聴き比べると面白いだろう。ジェシのものはさすがスワンプ・ロックの代表選手らしく、アーシーで土臭いブルースに仕上がっている。アレンジ、プレイヤー違いで同じ曲がこうも変わるのか、といういい見本だ。

他の曲でも随所で彼ならではのスライドが光るが、指弾きのスタイルでも、レスリー・スピーカーを使ったと思しき、情緒的なサウンドを聞かせたりと、曲の雰囲気にピッタリな音色、フレージングを見せるジョージのギターにはハッとさせられる。

OKMusic編集部

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