後世にまで伝えられるべき
才能を今再び!
薄幸のシンガーソングライター、
ジュディ・シルが遺した2枚の名作

アサイラムから
レーベル第一号アーティストとして
デビュー!

それでも次に出所すると、彼女は今度こそドラッグと手を切り、創作活動を再開する。その頃に書いた一曲がのちにファースト作に収められる「Lady-O」という美しい曲で、知り合いだったタートルズ(Happy Togetherの大ヒットやフランク・ザッパとの交流で知られる)のベーシストを通じてバンドに提供される。これがきっかけとなって、ジュディの名前は音楽関係者にも知られるようになる。中でも彼女の才能をいち早く見抜いたグラハム・ナッシュとデヴィッド・クロスビーはジュディを自分たちのツアーに帯同させ、オープニングアクトに起用する。経歴やパフォーマンスの評判は未知数であるにも関わらず、彼女はその独自の音楽性と肝の座った歌、演奏を披露し、次第に評判になっていく。そして、ナッシュの強力な後押しもあって、デヴィッド・ゲフィンが立ち上げたばかりの自身の新興レーベル、アサイラムとの契約を申し出、彼女は記念すべき、レーベル第一号アーティストとしてデビューすることになるのである。
※アサイラム・レコードはその後、ジャクソン・ブラウン、イーグルス、J.D.サウザーらを送り出すほか、リンダ・ロンシュタットやジョニ・ミッチェルを他レーベルから移籍させ、西海岸きってのレーベルとして成長する。

1stアルバム『Judee Sill』 の仕上がりは新人とは思えない見事なもので、高い評価を受ける。確かにクラシック音楽(バッハ等)の影響がうかがえる凝った楽曲のクオリティーは高く、それはその時代には似たようなスタイルがまず見つからない。贅沢にオーケストレーションを導入し、トラッドや誰からの影響もまったく感じさせない、独創的なフォークミュージックになっていた。グラハム・ナッシュもオルガンでサポートするほか、バックヴォーカルでリタ・クーリッジ、クラウディ・キングが協力している。

グラハム・ナッシュがプロデュースしたシングル「Jesus Was a Cross Maker」はラジオで頻繁にオンエアされるなど、滑り出しは上々だったものの、アルバムはその評判とは裏腹にヒットには至らない。

状況は分からないが、ジョニ・ミッチェルのあの名盤『Blue』が同年のジュディのアルバムに先駆けること3カ月前にリリースされ、世のシンガーソングライターへの注目はほぼジョニに集中していた。こちらのほうはビルボード・チャートで最高位15位、長きにわたって売れ続け、ゴールド、プラチナディスクを獲得している。
※この直後にジョニもまたアサイラムに移籍し、彼女らはレーベルメイトになるわけだが、互いに意識はしていたとは思うが、ふたりの間に親交があったかどうか、その情報はない。たぶん、なかっただろう。

眼鏡をかけ、知性的だけど神経質そうな雰囲気で、図書館や役所の窓口にでも座っていそうな雰囲気の女性だけれど、見栄え良くメイクして…という気もなさそうである。「前科者」みたいな負い目が彼女自身にあったのかどうかはわからない。ただ、人付き合いも苦手だったに違いない。ナッシュやクロスビー、ジョニらもいたローレルキャニオン住人の集まりやパーティに、自ら交わることはなかったと思う。ショービジネスそのものにさえ、単純に関心もなかったのかもしれない。いずれにしても、それまで「業界」に身を置いたこともなかった彼女はきっと要領よくスタッフと連携も取れなかったに違いない。

極論すれば、ひたすら独自の世界を描くジュディに、果たして自分の音楽を誰に聴いてもらいたい、それをどこに届けるのか、なんてことも考えていなかったのではないか。とにかく彼女は自分が納得できるまで曲を練り続ける人、つまり完璧主義者であったと言われている。スタジオ盤に記録された楽曲とライヴ録音されたバージョンがほとんど違わないことにも、そんなところが表れているような気がする。自己満足の音楽と言ってしまうと身も蓋もないが、そうだったのかもしれない。だが、それを打ち消し、これは万人に届くべき音楽だと拍手を送りたくなるほどに、素晴らしいものだ。

一曲仕上げるのに一年かけた、なんて逸話も残っているくらいだから、人前で演奏するなんて、よほど練習を積んでからでないと、やりたくなかったのではないか。実際、ファースト作を出したあとも、散発的にライヴを行なったようだが、コンサートツアーを行なった、キャンペーンを兼ねたクラブサーキットを行なったとも聞かない。きっとレーベルはレコードを売るためのアクションを促したはずだが、本人が頑なに拒んだという展開は大いに予想される。新人のくせに言うことをきかない、手を焼く、扱いにくいアーティストだったのではないか? 実際、ジュディとレーベル・オーナー、デヴィッド・ゲフィンとの間には次第に確執が生じるようになるのだ。

OKMusic編集部

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