矢井田 瞳

矢井田 瞳

【矢井田 瞳 インタビュー】
隙間の美学みたいなものを
楽しめる年齢になった

そろそろデビューから四半世紀が経とうかという人を捕まえてこんなことを言うのもどうかと思うけれど、矢井田 瞳は傑出したシンガーソングライターである。2年振りのオリジナルアルバム『オールライト』を聴くと、そんな彼女の音楽的才能の豊かさが改めて実感できる。現在進行形の等身大の姿がしっかりと反映されているのが何よりも素晴らしい。それによって世界を覆う2022年の不穏な空気までも見事に描き上げている。キャリアハイの更新は確実だ。

人間味というか、人間臭さが残った
サウンドに仕上がってくれている

前作『Sharing』(2020年10月発表)も傑作でしたが、新作『オールライト』もまた素晴らしいアルバムになりましたね。個人的に今作は“大人の鑑賞に堪え得るロック”という印象があります。齢を重ねてくると、ロックが聴きたくなる時があっても、ボーイ・ミーツ・ガールの歌詞だけを聴きたいわけでもないし、サウンドもストレートなパンクやヘヴィメタルばかりを聴きたいわけじゃないんです。『オールライト』はボーイ・ミーツ・ガールだけでも荒々しいサウンドだけでもない。そのバランスがとてもいいと思います。

わぁ、嬉しいです! 言われてみると、今回は全ての曲がバンド録音だったんですけれども、確かに大人になったからこそ選べる引き算の美学と言いますか、そういうサウンドの尖らせ方はできたと思うし、どの曲においても人間味というか、人間臭さが残ったサウンドに仕上がってくれていると思います。

収録曲のバンドメンバーのクレジットを見ますと、全部が全部そうではないですが、『Sharing』のライヴに参加したメンバーが多いようです。ここから察するに、『オールライト』の制作は『Sharing』リリース後からスタートしたのではないかと想像したのですが。

そうですね。『Sharing』をリリースしたあとから2年間くらいかけて、曲ができてはレコーディングし、曲ができてはレコーディングし…というのがまとまったものが今回の一枚になるので、メンバーも自然と『Sharing』のライヴメンバーだったり、その頃レコーディングに参加してくれた方だったりがそのまま携わってくれた感じですね。

随時、できたものから録音していったと。

今回はそうでしたね。私の中でも初めてのやり方だったというか、約2年間かけてこんなにじっくり作れたのは初めてかもしれないです。だいたいは3カ月間くらいで作ったデモをもとに、半年くらいでキュッと集まって制作することが多かったのですが、今回は本当に曲を作ってはレコーディングして、その2カ月後にまたレコーディングする感じだったから、時間的なストレスのようなものがなく、ひとつの曲に対してトライ&エラーというか、時間をかけていろいろ試すこともできましたね。

そうした創作体制をとったのはどうしてだったのでしょう?

蓋を開けてみたらそんな感じでした(笑)。約2年間…だから、コロナが始まったくらいから、ありがたいことに井村屋さんの『あずきバー』のCMが決まって、“じゃあ、それを録音しよう”となって、作って録るモードに自分が入ると、その「ずっとそばで見守っているよ」以外にも2、3曲できたりして、“だったら、それも一緒に録っておこう”と。そういう機会が何回かあったので、クリエイティブな気持ちが途切れずに、メロディーの端切れだけでも、言葉の端っこだけでも書き留めておく感じが続いていて、それがまとまったみたいな。

偶然と言えば偶然だったんですね。『Sharing』のレコ発ライヴが2020年10月でしたが、それ以降もライヴを続けていらっしゃったんですよね?

有観客&配信のあとも、大阪城音楽堂でお客さんを半分にしてやりましたし(2021年8月15日の『矢井田 瞳 夏の元気祭り2021 OSAKA野音〜Yaiko to Band〜』)、常に動いていた感じです。

その辺も『オールライト』収録曲のバンドサウンドに確実に影響しているんでしょうね。

そうですね。あと、このレコーディングメンバーに出会って、信頼関係を構築していくのに、ドラマーの水野雅昭さんは6年くらい、ベースのFIREさん、キーボードの鶴谷 崇さん、ギターの西川 進さんとは23年前から一緒にやっているので、曲を書く時から“マーくん(水野の愛称)が叩いたらこうなるし、ススムン(西川の愛称)が弾いたらきっとこれの100倍カッコ良いバージョンになるし”とか、いろいろと想像しながら作れるのも楽しいですね。

まさに『オールライト』を聴けば分かりますね。ここからは具体的に個々の楽曲についてうかがっていきますが、1曲目の「さらりさら」のバンドアンサンブルが絶妙なんですよ。歌を邪魔していないんですけれども、それでいて各楽器が演奏していることがはっきりと聴き取れるという。

引き算の美学というか、隙間の美学みたいなものを楽しめる年齢になりました、私もやっと(笑)。曲によって違うんですけど、この曲に関して言えば、ディレクターでもあり、西川さんと一緒にこの曲をアレンジしてくれた太田 守さんと、私のアコギの弾き語りからやりとりをして、わりと完成品に近いようなフレーズ、イメージまで作り上げて…っていう感じでしたね。

それを実際にメンバーが弾いて肉体化すると?

そうですね。私が本チャンのレコーディングの当日にするリクエストで多いことは、“ここは崩してほしい”とかの壊すほうのお願いですね(笑)。“ここはもっと狂ってほしい”とか(笑)。

それはよく分かります(笑)。「さらりさら」で言えば、間奏やアウトロでのギターはまさにクレイジーな感じですよね。

西川さんの唯一無二なところはプレイもそうですけど、やっぱり音ですよね。自分が生活している中で、コンビニとかで買い物している時に知らない曲が流れてきても、ギターが耳に貼りつくように入ってきて、“あっ、これはきっとススムンだ”と思い、あとから調べると西川さんがギターを弾いていたり。というくらい、唯一無二な存在のギターを弾いてくれる方なので頼りにしております。

最初に「さらりさら」を聴いたのは、それこそコンビニとかだったように思うんですけど、その時の印象はそこまでバンドサウンドの強さを感じなかったです。でも、こうしてアルバムとなってヘッドホンでじっくり聴くと、各パートが個性的に音を鳴らしているのが分かる。その絶妙なバランス感覚が素晴らしいです。

ありがとうございます。この曲に関して言えば、“脅し”みたいなものはいらないと思っていて(笑)。音に関しても、言葉に関しても、メロディーに関しても。今は大変な世の中だから、思いどおりにいかない日々を過ごしている状況の方も多いと思うので、必要な枠の綺麗事というか、そういったものをこの曲で表現できたらと。で、この曲に触れた方の心がちょっとでも軽くなってくれたらいいなという願いを込めて作った曲なんです。

だからこそ、サウンドもエッジが立ちすぎてもいけないというわけですね。今、“曲を聴いた方の心がちょっとでも軽くなってくれたら”とおっしゃいましたが、『Sharing』の時も“内に向かうというよりも、すごく外に向いたアルバム”と言われていました。その辺で『オールライト』も『Sharing』から地続きなところはあったのでしょうか?

わりと外に向かっている曲も多いですが、『Sharing』よりもちょっとヒリッとした部分というか、ザワザワとしたままの解決していない生の気持ちをそのまま書いた曲だったり、自分の闇に深く向き合うことで生まれた曲だからこそ聴いた人とつながれるかもというものもあったり、いろいろとバリエーションは豊かになったと思います。

その辺はアルバム作品の面白いところではあると思いますし、また後ほどお伺いしたいと思います。で、2曲目のタイトルチューン「オールライト」はロッカバラード風でリズムは力強いんですけど、これも悪い意味での派手さがないですよね?

大人なロックな感じですね。「さらりさら」とはまた違うアプローチのサウンド作りというか、ちょっとクールな感じというんですかね? 温かみというよりはクールな感じ。

熱を内に秘めているような感じがありますね。一方、3曲目「花のような君に」はややフォーキーな印象もあるんですが、ちょっとThe Beatlesを感じさせるというか、自分はそんなにThe Beatlesに詳しいわけではないですけど、ギターの音色とコードはそんな感じだと思います。

この曲はすごく可愛らしい曲にしたいと思って、まずアコギで歌詞と曲を書いて、ディレクターさんと“この曲はサザンオールスターズみたいなさわやかなサウンドにしたいね”と話していたら、ディレクターさんがサザンのサポートギタリストでもある斎藤 誠さんとつながっていて、ご本人がギターを弾きに来てくれたという。感動しましたね。まさに職人という感じで、誠さんがブースに入って、サウンドチェックで♪チャラン〜って鳴らしただけで、“あっ、サザンだ!”って思いました(笑)。そんな夢が叶った曲ですね。

そんなサウンド面もさることながら、1~3曲目で注目すべきは歌詞のテーマではないかと思ってます。もしかすると4曲目「ずっとそばで見守っているよ」にもその要素はあるのかもしれませんが、アルバム前半には時間は戻らないけれども、それをむしろ肯定的にとらえている内容の歌詞がまとまっていて。

確かに! それは狙ったわけではないですけど、そんなことを考えていた時期に書いた曲たちなんだと思います。それこそ当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなかったと気づかされる瞬間が、ここ2年間は多かったと思うんですが、そんな中でもきれいな瞬間を閉じ込めたいとか、前向きな気持ちでいたいとか、そんなことを共有したかったのかもしれないです。
矢井田 瞳
アルバム『オールライト』【初回限定盤】(CD+DVD)
アルバム『オールライト』【通常盤】(CD)

OKMusic編集部

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