腹筋崩壊の爆笑ミュージカル・コメデ
ィー『ダブル・トラブル』鑑賞ガイド
~「ザ・ブロードウェイ・ストーリー
」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

[番外編] 腹筋崩壊の爆笑ミュージカル・コメディー『ダブル・トラブル』鑑賞ガイド
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 昨年(2021年)の本邦初演の好評を受け、早くも再演された『ダブル・トラブル』(以下『DT』)。NYから一旗揚げるべくハリウッドにやって来た、ソングライター・チームのマーティン兄弟大活躍の一篇だ。アメリカでの初演は2000年。作品を生み出した、ボブ&ジムのウォルトン兄弟を紹介しつつ、この抱腹絶倒ミュージカルの見どころに迫りたい。
ボブ(左)&ジムのウォルトン兄弟 Photo Courtesy of Bob & Jim Walton

■スラップスティック+ソング&ダンス
 最近日本で上演されたミュージカルで、ここまでスラップスティック・コメディー的要素の強い作品も稀だろう。スラップスティック(ツッコミがボケの頭をひっぱたく際に使用する棒。西洋式ハリセンてな感じか)を語源としたコメディーは、ドタバタ喜劇の名で括られる、いわば身体を張った体技系。サイレント映画時代に一世を風靡したチャーリー・チャップリンや、バスター・キートン、ハロルド・ロイドら、天才コメディアンの諸作を観れば分かり易い。サーカスの綱渡りや、走行中の車から飛び降りて隣の車に乗り移り、果ては高層ビルの壁をよじ登ったりと、スタントマン顔負けの至芸で観客を虜にした。
ハロルド・ロイドの代表作「ロイドの要人無用」(1923年)より
 『DT』の白眉は早替り。ジミー&ボビーのマーティン兄弟が、その他10名近い登場キャラクターを演じ分ける。当然舞台裏はカオス状態で、卓越した運動神経とコメディー・センスが要求される。本作が2000年のアメリカ初演以来、意外なほど上演歴が少ないのもここに起因する。滑って転んでのスラップスティック・コメディーに加え、タップを存分に盛り込んだ、ソング&ダンスをこなせるパフォーマーを見出すのは至難の業なのだ。

■「日々のたゆまぬ研鑽と、豊富な経験の賜物であります」
 この難易度大のミュージカルを創作したのが、ウォルトン・ブラザーズ。原案と脚本、作詞作曲のみならず、主演もこなすマルチな才能の兄弟だ。兄のジムは、昨年日本で再演された、スティーヴン・ソンドハイムの名作『メリリー・ウィー・ロール・アロング』のブロードウェイ初演(1981年)で、主役のフランクを演じた人。弟ボブも、『シティ・オブ・エンジェルズ』(1989年)など出演作多し。2人共、達者な芸で鳴らしたブロードウェイのベテランだ。
『メリリー・ウィー・ロール・アロング』初演(1981年)で、フランクを演じたジム・ウォルトン(左端) Photo Courtesy of Jim Walton

 今なお活躍を続けるウォルトン兄弟に、『DT』のメイキングを訊く事が出来たので、ここで簡単にまとめよう。まず発想の元となった作品が、彼らが1998年にオフ・ブロードウェイで観た、『イルマ・ヴェップの謎』というコメディーの再演。2人の男優が、様々な役を演じ分ける爆笑篇だ(日本ではかつて、中村ゆうじと松尾貴史の共演で翻訳上演)。兄ジムは、これをミュージカルでやる事を思い付きボブに話すと、早くも2、3ケ月後には第一稿を仕上げて来た。それをベースに、彼らが演じる事が出来そうなキャラクターを次々に列挙。それが、兄弟の仕事場を訪れるヨボヨボの音響技師ビックスを始め、真紅のドレスに身を包んだ魔性の女レベッカやオタク風助手シーモアら、登場のたびに笑いを誘う世にも奇妙なキャラクターたちだった。

妖艶なレベッカに扮した原田優一(左)と太田基裕(昨年の初演の舞台より)
 通常、舞台が開幕するまでは苦労がつきもの。しかし2人は、「肉体的にはハードだったな~」と振り返りながら、大したモメ事もなく、兄弟仲良く心から楽しんで『DT』を創り上げた様子が伝わってきた。これは、彼らの大らかで好もしいパーソナリティーが影響したようだ。私が本番中のアクシデントについて尋ねると、弟ボブが「咄嗟にアドリブで繋いだよね」。すると兄のジムはニッと笑ってこう言った。「日々のたゆまぬ研鑽と、豊富な経験の賜物であります」。
2017年に、ニュー・ハンプシャー州の劇場で『キス・ミー・ケイト』に出演したウォルトン兄弟 Photo Courtesy of Bob&Jim Walton
■ハリウッド・ミュージカルのソングライター事情
 10代半ばでタップ・ダンスを習い始め、TVで放映されるフレッド・アステアやジーン・ケリーのミュージカル映画に夢中になった2人。『DT』創作時に最もインスパイアされた作品が、ケリー主演の「雨に唄えば」(1952年)だった。サイレント映画からトーキーへと移行する1920年代後半のハリウッドを舞台に、楽屋裏の大騒動を活写した傑作だ。兄弟は、「ソング&ダンスとコメディーのバランスが絶妙で、どれだけ影響を受けたか分からないよ」と振り返る。
「雨に唄えば」(1952年)のサントラ盤レコード
 劇中でケリーが、土砂降りの雨の中でタイトル曲〈雨に唄えば〉を歌い踊るシーンは、映画史に残る名場面だ。ちなみにこの曲、実際にトーキー映画初期のミュージカル映画「ハリウッド・レヴィユー」(1929年)のために書かれたナンバーだった。ただ、ミュージカル・ファンなら誰もが知る有名曲にも関わらず、「作曲家は誰?」と訊かれて答えられる人は少ないだろう。その名はネイシオ・ハーブ・ブラウン。奇しくも作詞を手掛けたアーサー・フリードは、後にプロデューサーに転じ、「雨に唄えば」や「巴里のアメリカ人」(1951年)、「バンド・ワゴン」(1953年)など数多くの秀作で名を残すも、ブラウン氏は忘れ去られてしまった。
満面の笑みで〈雨に唄えば〉を歌い踊るジーン・ケリー
 これは『DT』とも大いに関係あり。ハリウッドで仕事をスタートさせたマーティン兄弟は、映画スタジオのボスから、とにかく短時間でヒット曲を量産せよと厳命される。この件は事実で、映画会社にとって作詞作曲家は、単なる「楽曲製造機」に過ぎなかった。そのためブラウンのように、多くの名曲を世に送りながら、正当に評価されなかった才人が多かったのだ。
■キャストの豊かな個性が躍動する翻訳版
 さて、昨年(2021年)の5月に初演の幕を開けた翻訳版『DT』。ハリウッド・チーム(ふぉ~ゆ~の福田悠太と辰巳雄大)とブロードウェイ・チーム(原田優一と太田基裕)の2組が、演者にとっては、とてつもなくハードルの高い本作に挑戦した。両チーム共、複雑極まりない段取りを無難にこなし、身を粉にして、全編に炸裂するナンセンス・ギャグとソング&ダンスに挑んだその心意気には感嘆あるのみ。舞台狭しと献身的に暴れ回り、ハイ・テンションの演技で圧倒した福田&辰巳チーム。一方原田&太田チームは、ベテラン感さえ感じさせる余裕のパフォーマンスが見事だった(原田&太田チームは、今年もSeason Cに登場)。

初演の舞台で歌い踊る、原田(左)と太田
 そして今年の再演は、都内3劇場での連続上演だ。私はまず、Season Aの浜中文一&と相葉裕樹チームを拝見。直球熱演型の相葉と、それを抑えた演技で的確に受け止める浜中のコンビネーションが抜群で、丁々発止のテンポの良いパフォーマンスに魅せられた。それにしても、息もつかせぬスピーディーな早替りを含め、細部のタイミングまで緻密に計算し尽くされたステージングの素晴らしさよ。さらには、昨年の初演でも感じた事だが、容姿はもちろん個性も全く異なる2人が、最後には本物の兄弟に見えてくる不思議。これこそが熱心に稽古を重ねた証しだろう。他のチームも楽しみだ(下記公演情報参照)。

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