ブラジルが生んだ
ふたつの巨星が組んだ
一度きりの魂のコラボレーション
『エリス&トム』
ボサノヴァをつくった男
“マエストロ” ジョビン
雪解けというか、邂逅の時はふいに訪れる。1969年、渡英中のエリスにジャズミュージシャン(ハーモニカ、ギター)のトゥーツ・シールマンスが共演を申し出るのだ。エリスのライヴを観たシールマンスが感激し、レコーディングを切望したのだが、そのスウェーデンで二日間で仕上げたアルバム『ブラジルの水彩画(原題:Aquarela Do Brasil』(’69)の中で、エリスはジョビンの「Wave」を歌う。アルバムはシールマンスと心を通じ合わせる様が素晴らしく、これもエリスの名盤の一枚に数えられるのだが、世間の評判、評論家筋の高い評価も得て、ここから、エリスの中でジョビンに対する敵対心は薄らいでいく(実はそれほど根に持っていなかったというのが正直なところだろう。良いものは良い、と彼女は直観的に判断する人だと思う。それ以前のアルバムでもジョビンの曲を何度か録音している)。
プロに徹したふたりの
矜持が示された傑作中の傑作
「(アルバムは)最低よ。いいことなんか何にもないわ。トムはバカでつまんないし、電子機器を憎悪してる。あれの音が狂ってるとか音を合わせるとか、気取ってるし、レコーディングは退屈よ、まるで(古臭い)ボサノヴァみたいだわ-中略-でも、いい曲がひとつあるわ。早くブラジルに帰って、聴かせてあげたいわ。どの曲も本当にきれいなのよ」
こうして完成した全曲ジョビン作品集『ELIS & TOM』(‘74)。このアルバムを、最も優れたボサノヴァ作品のひとつ、中でも冒頭に収録された「三月の水(原題:Águas de Março)」をボサノヴァ史上最高の曲のひとつであると考える人も多い。
アルバム企画はどうやら綿密に計画されたものであるらしく、ドキュメンタリー映像が残されている。エリスの乗った飛行機がLAに着き、出迎えるジョビン、抱擁し合うふたり、ジョビンの運転でダウンタウンに向かい、そしてリハーサル、MGM STUDIOでのレコーディング…という映像を観ていると、それはきっとシナリオがあって、ディレクターが演出しながらの撮影だったのではないかと思えてくるのだが、それでも信じられないような場面の連続で、ふたりのこれまでの経緯を重ね合わせると、泣けてしまいそうになる。映像の中ではモメているシーンはない。互いに切磋琢磨し、このコラボを心底喜び、素晴らしいものにしようとしているふたりの姿だ。
「Documentário」(1974)
/ Elis Regina & Tom Jobim
「Aguas de Março」(1974)
/ Elis Regina & Tom Jobim
TEXT:片山 明