山中惇史&高橋優介にきく 昼夜二本
立てのソロ・リサイタル企画『アン・
セット・シス スペシャルプロジェク
ト』その内容は?

「ピアノの新たなる可能性を探る」というコンセプトを掲げ、2020年に結成されたピアノ・デュオ「アン・セット・シス」。山中惇史、高橋優介ともにピアニストとしてのみならず、作編曲家としても活躍している。そんな二人が同日二本立てでピアノ・ソロリサイタルを企画。デュオコンビによる初の同日ソロリサイタル開催の意図や意気込み、そして二人の今後の展望について聞いた。
――デュオでは、お二人とも近代以降、現代曲などにも積極的に取り組んでいる印象が強いのですが、今回のリサイタルでは、特に山中さんはハイドンの「ソナタ 第35番」、ベートーヴェンの「ソナタ 第8番」と古典作品を演奏しますね。
山中:はい、前半は古典ですが、後半のプログラムはオール・ショパン作品で構成します。あとは自分の作品も演奏します。
――そのような曲目を選ばれた理由をお聞かせください。
山中:ベートーヴェンのソナタ≪悲愴≫は、僕自身、今までにも何度か舞台で演奏しています。何回か演奏してきたからこそ熟成されていく部分もあると考え、この作品を選びました。前回演奏した時よりも本番のステージで実現できることがいくつか増えていればいいなと思っています。
ハイドンとベートーヴェンは師弟関係ですし、どちらのソナタ作品も三楽章形式で速度記号などの標語が同じなんですね。ベートーヴェンにはcantabile とかcon brioなどの発想記号がさらに付いているのですが、それを取るとまったく同じなんです。
山中惇史
――それは興味深いお話です。前半はこの古典作品二曲のみですか?
山中:あと自分自身で作曲した「翡翠(かわせみ)の時」も弾きます。これは昨年、2021年のピティナ・ピアノコンペティションの特級セミファイナル新曲として書いた作品です。
――春夏の清々しさを思わせる季節感にあふれた感じがします。でもピティナ用ということは技術的にも難しそうなイメージがあります。
山中:いや、そんなに難しくないと思います(笑)。
――後半はショパン作品ということですが、どのような構成を予定していますか
山中:今回のリサイタルのテーマは、時事的なこともあり “故郷” や “祖国” をテーマにしたいと考えました。自分の国を思うということ……、例えば、自分の国がなくなる怖さというようなものを想像した時に、自分ができるプログラムとはどのようなものなのか……ということを最近ずっと考えていまして、まず思い浮かんだのがショパンのポロネーズ作品でした。
ショパンは祖国のポーランドを去って、パリに亡命していますが、つねに異国の地に生きていても「マズルカ」や「ポロネーズ」などのポーランドの郷土舞踊をテーマにした作品を書き続けていました。当日はポロネーズ集から4曲と、もう一曲は、まだ「舟歌(バルカローレ)」にするか「マズルカの作品63」にするか迷っています。ポロネーズ4曲はショパンが10代に書いたものから、パリに亡命した後に書かれたものも含め、ショパンの人生を俯瞰するように時系列順に演奏したいと思っています。
高橋優介
――一方、高橋さんは、現在アナウンスされている曲目は ラフマニノフの「ソナタ 第1番」ということですが、比較的、演奏頻度が高い第2番ではなく、あえて第1番を選んだ理由は?
高橋:先日、二人でレスピーギの「ローマ三部作」をオリジナルに編曲して、二人で演奏したのですが、ラフマニノフの「交響曲 第2番」も取り組みたいと考えているところです。その「交響曲 第2番」とほぼ同時期に書かれたのがまさに「ソナタ 第1番」で、構成的にも要所の旋律や雰囲気なども驚くほど似ているんです。なのでシンフォニーの編曲を手がける上での助けにもなりますし、もともと第1番は個人的にもやってみたい作品でしたので、この機会にメインに持ってこようと考えました。
他の曲目については、まず後半にこのソナタ一曲を置いて、それに合わせて前半の構成を考えようと思っていたのですが、ソナタが思ったよりも難しくて、今、前半をどのようにプログラミングしようか悩んでいるところです。
――ラフマニノフに近い時代の作品になりそうですか?
高橋:いえ、それ以前の作品をと考えています。古典の作品などもあり得るかもしれません。
――同日二本仕立てのソロリサイタルということは、何か仕掛けがあるのでは……とも思ってしまいますが、舞台袖から突然、もうお一人が出てきて……、というようなサプライズを期待しているファンも多いのではないでしょうか。
山中:それも面白いとは思うんですが、高橋君は夜に演奏するので、多分、僕の昼公演にアンコールで出演する余裕はないと思うんです。僕が高橋君の公演で弾くというのはありかもしれませんが、昼公演は僕一人だけです。
左から 山中惇史、高橋優介
――せっかく、お二人揃っていらっしゃるので、お互いに相手のリサイタルについて、想像をおりまぜながら、「こんな展開になるんじゃないの?」というところを、ぜひお聞かせください。
高橋:う~ん、なかなか想像つかないですが、今、初めて山中さんのプログラムが、ここまでカチッと決まっているということを聞きまして、曲どうしの類似性なんかも考えているところがとても面白いと思いますし、そこに山中さんの作品が加わるということで、前半だけでもいいなと思いました。ショパン作品に関しては、前々からお互いに「ショパン弾きたいね」とは言っていたので……
山中:え、だって高橋君もショパン弾くでしょ?
高橋:え、まあ……。「舟歌」は「二人でかぶせたいね」というような話をしていていまして……。
山中:一日のうちに同じ曲を一人ずつ演奏するというのは面白い試みだなと。
――いわゆる、聴き比べですね。
高橋:はい、普段のデュオ演奏では、僕たち一人ひとりの演奏を、しかも同じ曲で聴き比べて頂く機会は絶対にないので、お客様にも楽しんで頂けるのではと思っています。
――聴き比べ曲目は「舟歌」で決定ということで宜しいですか(笑)?
高橋:僕は「舟歌」確実に入れます。
山中:じゃあ「舟歌」弾くか。いや、まだマズルカの作品63と悩んでるんだよね。
高橋:「舟歌」にしようよ。
山中:でも「マズルカ」のほうが祖国ポーランドそのものじゃない。僕は「舟歌」は完全にロマンスだと思っていますから。
高橋:そうだね。でも――(と、相談を続けるふたり)
左から 高橋優介、山中惇史
――では、聴き比べの曲は今後のお楽しみということで。山中さんは高橋さんの演奏に対して何を感じていますか。
山中:彼はテクニックもスゴいですし、そもそも彼はピアノが上手だと本当に思って、僕からデュオに誘ったんです。
――高橋さんのソロステージはお聞きになったことありますか?
山中:いや、ないんですよね。いつも一緒に演奏しているので、僕のほうが緊張しそうです(笑)。
――ピアノ・デュオは、他の楽器と合わせる場合と比べて、感触としてどのような違いがありますか?
山中:ピアノ✕ピアノという発音形態が同じ楽器どうしなので、よい点も悪い点もありますね。現実的な話をしますと、縦の線を合わせる時に、他の楽器との共演だと”面”で合わせられるんですね。でも、ピアノ同士だと、どうしても物理的に点と点を合わせなくてはいけないので、気持ちだけでは合わないことが多く、より難しさが感じられます。逆に言えば、同じ楽器が二つなので、自分じゃない音が自分の弾いている楽器から聞こえてくるという感覚も、とても興味深いです。
高橋:僕は楽譜を見ながら弾いていても、どちらが出している音だかわからないくらい一体化しているのを感じる時もあります。
――お二人とも、「作曲家が弾くピアノはやはり違う」と言われませんか。
山中:よく言われるんですが、少なくとも僕はそれがわからないんですよね。「作曲家っぽいピアノですよね」と言われると、「一体、どこを聴いて言ってるんだろうな」と思うんですよ(笑)。
逆を言うと、いろいろなピアニストの音を聴いていて、「なんでこんな風に弾くんだろう」と思うことは多々ありますね。ただ、高橋君と弾いているとそういうことはまずないですね。確かに作曲しないとわからないことはたくさんありますので、そういう意味では違う面もあるかもしれませんね。
山中惇史
――ところで、今日、関係者の方々から山中さんがパリに留学すると伺ったのですが、今回のソロリサイタルは、山中さんの留学と関連性はあるのでしょうか?
山中:関連性はないです。このリサイタルの前に2週間パリに行ってきまして、東京に戻り、8月まで日本にいて、その後、また二都市を行き来する感じになると思います。パリでぜひ学びたいと思う先生が何人かいまして、その先生のレッスンの動向次第によると思います。
お一人はアンヌ・ケフェレックさんですが、素晴らしくチャーミングで品のある方です。日本での活動もいくつかすでに決まっているので、パリと東京を行き来する生活になると思います。
――ケフェレックさんとはどのようなレパートリーを勉強される予定ですか?
山中:もちろんショパンの演奏もすばらしいですが、ハイドン、モーツァルトなどの古典のソナタもたくさん録音していらっしゃるので、そのようなレパートリーも勉強したいと思います。
――やはり、必然的に今後ソロピアニストとしての演奏機会も増えそうですね。
山中:うーん、基本的に二台ピアノのほうが楽しいですが、ピアノを弾く以上、ソロ演奏からは逃れられない、という思いもありますね。
――高橋さんは今後の展望としてはいかがでしょうか。
高橋:僕は室内楽と二台ピアノのためにソロを勉強するという生き方をしたいですね。ただ、今年一年は、何かが変わることはないと思います。
高橋優介
――最後にファンへのメッセージをお願いします。
高橋:聴きやすいプログラムとは言い難いものになるかもしれませんが、ぜひお付き合い頂きたいと思います(笑)。
山中:あの響きの素晴らしい浜離宮朝日ホールで(まだ、わかりませんが)大勢のお客さんがいて、静かに一つの音楽を聴いて下さるというのはなかなか体験できないことだと思います。その特別な雰囲気や、聞こえてきた音をどう感じるかということを楽しんで頂けるだけでもいいと思いますので、ぜひ会場にお越し頂けると嬉しいです。僕自身も、少しでも幅のある演奏ができたらいいなと思っています。
取材・文=朝岡久美子 撮影=敷地沙織

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