時代を越えて
英国伝統音楽の頂に立つ
ジューン・テイバーの
90年代の傑作『Angel Tiger』
『Angel Tiger』について
それまでのアルバムではギタリストをパートナーに歌うというスタイルが多かったが、このアルバムからジャズ/クラシック系のストリングス、コンボがバックを務めるようになる。特に、現在まで続く長い付き合いとなるジャズ・ピアニストのヒュー・ウォーレンが弾く、リリカルなピアノの調べにのってテイバーのヴォーカルがいよいよ美しさと崇高さを増している。目を閉じると、その声はまるで荒涼な大地を渡っていく風のようだ。
ここで彼女のディスコグラフィーを詳細に語ることはできないが、70年代~80年代の正統派バラッド・シンガーとしての姿。シンガーとしての可能性を広げ、実力を遺憾なく発揮する90年代。2000年代に入ってからのさらに深みを増し、トラッドを追求し続けるテイバーもいい。どこから辿ってみてもブレのないテイバーの歌唱の見事さを味わうことができるはずだ。
今回、コステロとの絡みでロックリスナーにも接点があるだろうという理由で本作を選んだが、続く『Against the Streams』(‘94)、『Aleyn』(‘97)、『A Quiet Eye』(‘99)など、どれも甲乙つけがたい傑作ばかりだ、とオススメしておく。
※他人とのコラボレーション作品以外の彼女のアルバムはすべて英トピックレコードからリリースされている。この1939年設立の英国伝統音楽の“牙城”のようなレーベルで、彼女はずっと看板アーティストのひとりだ。
目下のところのテイバーの最新作が、ヒュー・ウォーレン(ピアノ)、イエイン・バラミー(サックス)とのトリオ、クエルクス名義での『NIGHTFALL』ECM Records(’17)。ここに収録されている「Don't Think Twice, It's All Right」(ボブ・ディラン)のあまりにも美しいカバーを聴きながら、そろそろ筆を置くことにしよう。ぜひこの機会に彼女の深淵な歌に触れてほしい。
TEXT:片山 明