L→R 藤田 勉(Dr)、本田 毅(Gu)、JILL(Vo)、渡邉 貢(Ba)

L→R 藤田 勉(Dr)、本田 毅(Gu)、JILL(Vo)、渡邉 貢(Ba)

この4人が集まった時に
“ピースが揃った”と思った

渡邉さんは将来的に音楽をやっていきたいというお気持ちが最初からあって、PERSONZに入ったんですよね。

渡邉
ロックをやりたいという気持ちと、音楽で食べていくという意思はあったんですけど、当時は今よりもかなりハードルが高いことで、音楽で生活している人なんて本当にごくわずかだったんですよ。それでも心に決めて東京に出てきた時点で、ある程度の苦労は覚悟していたけど、正直言ってうまくいくとは思っていませんでした。PERSONZに入る時も、僕が在籍していたAUTO-MODのGENETとJILLさんが話して、その流れでツルッと入っちゃったので、まだ“やってやるぞ!”って気持ちが完全には芽生えていなかったんです。そこから気が引き締まったのは、藤田くんが最後のピースとしてバンドに加わった時かな? 僕が藤田くんを紹介したんですけど、他にもオーディションを受けている方がいらっしゃる中で、JILLさんと本田さんが藤田くんに決めてくれたので、僕も紹介した手前、ちゃんとやらないと申し訳ないと思って。

その責任感と一緒にPERSONZでやっていく決心も芽生えたと。PERSONZのロックでありつつもメロディーは力強くてポップという音楽性やJILLさんのゴージャスなビジュアルも含めて、バンドスタイルが確立したきっかけはあるのですか?

JILL
私には常に理想のバンド像があったから、この4人が集まった時に“ようやくピースが揃った”と思ったんです。当時はまだバンドがそんなにいなくて、だんだんバンドをやりたいと思う人が増えていくような時期だったので、自分の理想通りのものをやっていけるっていう確信はありましたね。あと、PERSONZは“〇〇みたいだ”って言われたことがないから、それはずっと強みだと思っていたかな?

JILLさんが理想としていたバンドはどんなイメージだったのでしょうか?

JILL
家族みたいなもの。ビジネスとしてやっていくようにはなったけど、自分が何かを表現する時にホームになっているバンドがいいなと。

JILLさんにとってのバンドは音楽である以前に、自分が生きていくことに直結しているんですね。

JILL
そうですね。他にやれる道はないと思っていたし。高校を退学して通信に通っていたけど、いつも壁にぶつかっちゃうから、私は普通の道を歩ける人間じゃないと思っていたんです。そんな時に見つけた生き方がバンドでした。

そんなJILLさんの心構えにメンバーのみなさんもリードされて、今のPERSONZのスタイルになっていったのでしょうか?

本田
うん。やっぱり熱量がすごいから。初期のライヴのブッキングもJILLさんがやっていましたし、ビジュアルのイメージも含めていつも引っ張ってくれていました。結成した頃の僕らは曲を作っているだけで精いっぱいだったんですよね(笑)。

ライヴの演出もそうですよね。ステージを装飾したりされていましたし。

本田
はい。JILLさんが精力的に“次のライヴはこんな感じにしよう”とか“もっとお客さんを楽しませるためにこんな演出をしたい”という考え方を持っている人だったので、今でもそれをエネルギーにやっているところはあります。

OKMusic編集部

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