ヴァイオリニスト服部百音、2ndアル
バムリリース記念リサイタルは「一本
の映画を見るように」 プロコフィエ
フ、ショスタコーヴィチなど“個人的
な想いが強い”と語るプログラムを聞

国内外でその才能が注目されるヴァイオリニストの服部百音(はっとり・もね)。子どもの頃から名教師ザハール・ブロンに師事し、今年2021年3月には桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコースを3年で修了した。6月に2ndアルバム『Recital』をリリース。7月6日(火)には、紀尾井ホール(東京)にてアルバムリリース記念リサイタルを行う。
ー―アルバムにも収録されたプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番を、7月6日(火)リサイタルでも演奏されます。
表面的にはわかりづらいですが、戦争が背景にあるような、殺伐とした世界観の曲にシンパシーを感じるのです。
プロコフィエフのこのソナタは、第1楽章は♩=60で始まりますが、それは1秒を刻むテンポなのです。それが、刻々と迫りくる死を意味するのか、自分が死に向かっていく時の流れを意味するのか……感じ方は人それぞれですけれど、そのような要素が多い曲だと思っています。ピアノは残酷なほどの回数で同じ音を刻んでいくだけであったり……射撃音や遠くで鳴っている鐘などさまざまな情景を、それが残酷なものであろうと怖いものであろうと淡々と戦争映画のカメラワークのように描写されている曲だと感じていて、具体的に音で想起させるように表わすことのできる作品なのです。ヴァイオリンには、ピアノの無機的な物音や情景描写に乗って、人間の感情の叫びや悲痛なもの、純粋な思いなどを歌うメロディもあります。
服部百音
ー―この曲を初めて弾いたのは?
13歳です。プロコフィエフのこの作品は、歴史の一部としてとらえても良いくらいの作品だと思います。
演奏次第ですが、その時の情景や恐ろしさが鮮明にわかる曲でもあるので、曲を聴くと当時の人々の感じていたことが伝わってくることもあります。単純にヴァイオリン・ソナタという位置づけではなく、標題交響曲のような存在だととらえています。
楽章ごとにテーマがわかれていますけれど、例えば第2楽章の第2主題は、ロシアの祖国への思い、祖国を愛する気持ちや愛するエネルギーが、燃えているメロディなどに反映されていて、純粋に作品と向かい合っているとわかりやすく書かれているのに気づきます。それを、思い切り素直に表現していくとよいのではないかと思います。
ー―ロシアの作品、なかでも旧ソ連時代の音楽に最も関心があるそうですね。
一番好きなのはショスタコーヴィチです。あのような大粛清のなかで生まれた音楽に共鳴します。やりがいを感じる……というのも変ですが、その世界観に今は共感しやすいのです。もともとオイストラフが大好きで、彼の演奏を聴いていると、リヒテルとの初演などもあり、そのつながりでプロコフィエフやショスタコーヴィチに触れたりしました。なんて表面的ではない世界観なのだろう、と!
服部百音
彼らの作品を弾いていると、自然体でいられるのです。本音を隠さないで弾けると言いますか……音を出している時は、言いたいことを全部言えるのです。作曲家がそういう本音を言っている部分では、実際に起こったことを描写しています。そういうことを描いている作品だから自然体でいられるのかな、と思うのです。
ー―7月のリサイタルでは、取り組み始めて2か月というショスタコーヴィチの《ヴァイオリン・ソナタ》も演奏されます。今回、初めて公の場での演奏となりますね。
例えば、彼のコンチェルトは、自分の本音や主張を前面に出している曲で、わりとわかりやすいのです。でもこのソナタは、晩年に書かれたこともありますが、自分の生き様を、生きてきた過程をすべて達観していると言いますか、少し枯れた部分のある曲です。この作品は、コンチェルトやシンフォニーにあるような、大きなエネルギーなくしては弾けません。彼の内省している部分、本気で言っているところ、過去のあのことを皮肉っている部分など、ダイジェストでいろいろな要素が入っているので、それをどうやって曲としてつなげて聴かせるかという点も大変です。
ー―ショスタコ―ヴィチはどんな人だったと思いますか?
自分の心を開くことのできる対象が、人ではなく音楽だったことがわかります。ここまで音楽だけにしか心を開かない人も珍しいなと思うくらい、自分の考え方を曲に入れているのです。ショスタコーヴィチについては、(プロコフィエフよりも)さらに具体的に書かれているので、しっかりと意味があります。ソナタ弾きながら思っているのですが、曲のなかで地味にブラームスをディスっていたりするのです。そのように、メッセージを込めた暗号のようなところがあるなど、手紙を読んでいるようで面白い!
服部百音
プロコフィエフは、どちらかというと冷静さがもう少しあるという感じです。2ndアルバム『Recital』では、今までのリサイタルで頻繁に弾いていた曲たちを入れようと思っていましたが、メインで入れたかったのは、プロコフィエフです。大好きだったので。
ー―その他にもリサイタルでは、シマノフスキ《ノクターンとタランテラ》とラヴェル《ツィガーヌ》を演奏されます。シマノフスキはロシアの隣国、ポーランドの作曲家です。《ノクターンとタランテラ》の魅力についてはいかがでしょうか。
《ノクターンとタランテラ》は、緩急のメリハリもそうですが、色彩感の違いがとてもはっきりとしており、さらに色彩感の違いを演出しながら、ピアノとヴァイオリンのメロディがとても複雑に絡み合っています。でも、実際に通して聴いてみると、意外とシンプルに身体に入ってくるような音楽だと思っています。
ー―リサイタル最後はラヴェル《ツィガーヌ》で結ばれます。
冒頭のソロは、音の立ちあがり方や切り方が、お習字の筆を払ってインクが飛び散るような感じがします。そういう細かいところにこだわったつもりです。エッジの利いたドライな音であったりシャープな音であったり。
ー―ピアノは、共演者からの信頼の厚い江口玲さんです。
2019年に初めて共演しました。もともと江口先生のソロも大好きだったので、ご一緒できてうれしいです。いろいろな描写に関して話し合い、細かいことまでこだわって決めました。
服部百音
ー―読者のみなさまへメッセージをお願いします。
プロコフィエフのソナタの世界観はさまざまに捉えることはできますが、ひとつの大きな映画やシンフォニーという大きな意識で聴いていただき、いろいろな情景や感情などに共感したり思い浮かべたりと、自由に聴いていただきたいです。想像力にゆだねられる曲が多いので、好きなように感じていただき、CDの方はステイホームのお供にしていただければ、なお嬉しいです。
リサイタルは、どちらかと言うと、今までも重めのプログラムを入れてきましたが、今回も、幕の内弁当のようなリサイタルというよりは、個人的な想いの強いリサイタルの演目です。ショスタコーヴィチのソナタは、明らかにプロコフィエフの1番のソナタを意識しているところもありますが、絶妙に違いはあるので、そういうところに注目していただいても良いですし、ソナタを連続して聴くときに戦争映画を見るような感じでいらしていただくと、初めての人は入りやすいかと思います。聴こえてくる音楽を通じて、何か想像できるものがあれば、とても嬉しいです。
服部百音
取材・文=道下京子 撮影=荒川潤

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