森重樹一(ZIGGY)
- Key Person 第15回 -
医者よりも警察官よりも、
バンドマンがカッコ良い
デビュー以降、ZIGGYはひとつのバンドであり、それ以前にメンバーのひとりひとりがアーティストであったからこその葛藤が、表では見えないところでたくさんあったのではないかと感じます。
あったね。一緒にやってきたメンバーたちの志向性が一番活きるかたちでやるために、僕が舵取りをした時期があるけど、今思うと無理があった。音楽的志向性が矛盾していたら、バンドのエネルギーは分断されるんだよね。どんなにいいアーティストで力を持っていたとしても、その人の能力がリミッターのかかった状態で使われたら、バンド総力は落ちてしまう。僕は戸城くんと長いことやって、そのあとThe DUST'N'BONEZも一緒にやって、彼の才能を認めてるし、とても尊敬してるんですよ。でも、僕は彼と一緒にやるとリミッターがかかっちゃて、彼も僕とやるとリミッターがかかっちゃうんだよね。先が何十年もあるわけじゃないし、あとアルバムを何枚作れるのか、あと何曲書けるのかって考えると、残りの人生をリミッターかけた状態でやりたくないんですよ。自分の与えてもらった才能を、自分が何かのために抑制してしまったら、それは僕のミスジャッジだから。自分に対して正しいジャッジをするために、抑制がかかるものを排除しようっていうのはいつも思ってることで、それは自分を愛することだとも思うんです。メンバーのアーティストとしての志向性を考えて、いろんなユニットを作りながらやってきたけど、限られた時間を一番有効に使うために、僕は今のZIGGYのメンバーと音楽をやってる。
とことん自分自身に向き合い、メンバーをリスペクトした上で、ZIGGYは今のかたちであると。
八方美人でいるわけにはいかないんだよね。やっぱりミュージシャンだからさ、音楽を作ってなんぼじゃん。僕はそれ以外の何者でもない。そういうバンドマンに憧れ、そうやって音楽を作る人たちから学び、盗み、ここにいるわけだから。…ZIGGYは一時期とても苦しい時期があったのね。だから、10年間も活動ができなかった。音楽的志向性の矛盾、人間関係、そういうことで僕自身がZIGGYで曲を書くモチベーションをなくしていた。それで活動休止して、ソロワークで活動する地盤をちょっとずつ作っていく中で、音楽をプレイする喜びを再確認してさ、それで今に至ってる。
ZIGGYの活動が止まっていた08年~17年で、音楽シーンにもたくさん変化があったと思うのですが。
今のZIGGYにこれだけ素晴らしいメンバーシップやクリエイティブな気持ちがあっても、“セールスはどうなんだ?”って話になったら、当然CDを買ってくれる人たちは少なくなってるじゃん。サブスクリプションも普及して、音楽は手軽に自分のもとに来てくれるものになったわけだから。でも、僕はレコード屋に足を運んで、大きいアナログ盤を抱えて家に帰って聴くのが楽しみだった子なんだよね。アルバムを一枚通して聴けば、“この曲は今ひとつだな”っていうのもあるわけで、気に入らない曲もあるわけさ。アーティストってそういうものなんだよね。ムラもある…そりゃあるよ。でも、今は音楽を聴くために出向く必要もなく、音楽をセレクトして、聴きたくないものを排除する。良くない音楽を知らないんだよね。逆に、いい音楽っていうのは“多くの人たちが聴いているから”という理由だったりする。共通言語が欲しくて、その題材として音楽を聴くようなかたちであるならば、僕はそこに何かを投げて金を稼ぎたいとは思わない。バンドマンとして生きて、バンドマンとして歌って、バンドマンとして死んでいく…それが僕なりの理想なんだよね。57歳のおっさんの主観だけど、僕は医者よりも政治家よりも警察官よりも、バンドマンがカッコ良いと思ってるんだよ。だから、この仕事を続けたい。僕は怠け者だけど、怠けて自分が手に入れるものと、頑張って手に入れるものを比べたら、自分の思うカッコ良いミュージシャンであるために、頑張って掴み取っていきたいんだよ。そうやって音楽と接しているとさ、ものすごく自分が豊かだなと思う。何の保証もないけど、保証を求めて始めたわけじゃない。僕が思ってた以上に豊かな作品を作ってこれたし、これからも作りたいと思ってる。
先ほどおっしゃっていた模索している時期があったからこそ、逆境になりかねない時代の変化があっても強い意志で進むことができているんですね。
うん。あの喪失感がなければ、今感じている音楽を鳴らすことへの喜びを、喜びととらえられなかったかもしれない。だから、経験ってすごいね。どんな理論を書物から学んでも、経験したことじゃないとそこの説得力は生まれないんだよ。