宮本亞門が熱く語る、リーディング演
劇『スマコ』〜それでも彼女は舞台に
立つ〜のこと

明治から大正にかけて活躍し、日本の女優第一号とも言われた松井須磨子。彼女は、当時世界的に大流行していたスペイン風邪で愛する人を失うことになっても舞台に立ち続けたーー。そんな松井須磨子の強く、儚い生き様を描いた「リーディング演劇『スマコ』~それでも彼女は舞台に立つ~」が、クラウドファンディングを通じて制作されることになった。
総合演出を務めるのは、日本を代表する演出家の宮本亞門。そして、主人公の須磨子は大和田美帆が演じる。宮本に作品にかける思いを取材した。
大和田美帆をキャスティングした理由について、宮本はオーディションで大和田が見せた「勢いと決意」が決め手だったと語る。
以前、宮本は大和田とミュージカル『ファンタスティックス』で仕事をしたことがあった。その際、お母様の岡江久美子さんに「娘は俳優をやっていきたいみたい。何かあったらよろしくね」と言われたというエピソードも明かす。
「去年の暮れぐらいかな、改めて美帆ちゃんに聞いたんです。やっぱりお母さんのこともあるので、つらすぎたり、自分の新たなスタートにならなそうだったら、絶対無理はしないでほしい、と。そうしたら、美帆ちゃんは『やりたいです。私だからこそできることがあると思います』と答えてくれたんです」
松井須磨子は、妻子を持つ島村抱月を愛していたが、その抱月はスペイン風邪で命を落としてしまう。母・岡江久美子さんを昨年4月に新型コロナウイルスで亡くした大和田にとって、やはり自らの状況と重なる部分があったのだろう。宮本は、大和田の思いを汲み取りつつ、今回のプロジェクトに挑む。
リーディング演劇という形式。役者の力量が丸裸にされる過酷さもあるが、観客の想像力を存分に刺激することもできる面白みもある。脚本は数多くの舞台、映画で活躍している池谷雅夫による書き下ろし。今回は、宮本が演出をつけたリーディング演劇を、映画「闇金ドッグス」シリーズや多くのドラマ、CMなどでメガホンを取る土屋哲彦監督が撮影・編集を手掛けて、最終的にはYouTubeで無料配信する。
リーディング演劇『スマコ』~それでも彼女は舞台に立つ~
「演劇ファンにも見てほしいけれど、演劇を見たことない人にも見てほしいんです。僕たちは『不要不急』ではなく、こんな風に命を削って真剣に舞台を作っていってるんだよということを知っていただきたい。そして、舞台の設定は、およそ百年前に、スペイン風邪によるパンデミックが起こった時期なので、どうしても今のコロナの状況と重なります。そんな時でも、あの時代、負けずに生きてきた女性がいたということを知ってほしいんです」
「周囲で抵抗勢力がうごめく中でも、須磨子は舞台に立つ。今の状況に当てはめて考えれば、それは、演劇だけの話ではなくて、あらゆる職業に言えると思うんです。みんなが不安を持っている今だからこそ、この物語を届けたいんです」
そして、配信に向けてはクラウドファンディングに挑戦する。「協力してくれるキャスト、スタッフのギャラはほぼ無償」という。クラウドファンディングに挑戦するのは、演劇の灯を消さないために、そして、コロナ禍だからこそエンターテインメントの価値を再確認するために。一緒に応援してくれる仲間を集めるという意味合いが大きいようだ。
コロナ禍は未だ続いていて、まだ先が見通せないが、宮本はコロナ禍で『ミュージカル 生きる』の再演や『チョコレートドーナツ』といった作品を作り上げてきた。改めてこのコロナ禍に思うことを尋ねると。
宮本亞門
 
「僕にとって、演劇というのは素晴らしい道具なんです。自分自身が演劇界でどうありたいかというのではなく、人をどう勇気づけたり、固まっていた脳を開放させ、喜んでもらえるかに興味があるんです。​演劇を通して、現実の辛さから、新たな生きる指針を示すことができたらと思うんです。
 
もちろん楽しい時間を過ごして現実を忘れるという作品も必要です。でも僕は引きこもったり、何回も自殺したいと思った人間で、演劇に救われました。劇場で起こっていることは、実際には起こってない想像の世界だけど、劇場を出たときに、よし、また頑張ってみるか、生きてみるかと思えたんです。だから僕も自分が感じたような感動を、少しでも見てくれる皆さん感じて欲しい。特に、こんなコロナ禍だからこそ、舞台を観ていただいて、何かを感じていただけたら嬉しいです。
須磨子は、生々しい現実を戦って生きてきた。それに彼女が演じる舞台も、楽しい夢の世界ではなく、現実の問題点を反映したものです。それだけに、当時のお客さんは、松井須磨子の演技は生々しくリアルに感じたと思います。役者というのは大変な仕事です。まさに真剣勝負の世界です。舞台では、精神的に裸にさせられるし、自分の過去の経験も、感じ方も全部、観客にばれる。それでも、舞台に立って、伝えていく。生半可な気持ちではできない仕事だと思うので、僕はいつも尊敬しています。
特に舞台役者は、一瞬でぱっと演じ終えるのではなく、まるで教会のような劇場で、長い時間を人々と共有する、まさに演じ続ける聖職者です。また、劇場は、精神性を深く探る場所でもあります。だから、劇場を出たら、また次の一歩を踏み出すことができる。だから僕は、このコロナ禍だからこそ、演劇が必要なのではないかと思うんです」
取材の最後。宮本に、本作品をどんな人に見てほしいか、改めて尋ねた。
「コロナ禍でいろいろ皆さん不安を抱いていると思うけど、女性差別だらけだったあの時代に、これほど自分の生き方を明確にして、戦ってきた女性がいたことを知って欲しいです。きっと驚かれると思うし、勇気をもらえると思います。大和田美帆さんが須磨子を演じてくれることがとても嬉しいし、また他の素晴らしい役者たちと共に、素敵な化学反応が生まれると思います。そして皆さんがひとつになっていく姿を、是非、ご覧いただきたいですね」
取材・文=五月女菜穂

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