Karin.の最新アルバム『solitude ab
ility』完成までに自覚した想いと変
化とは

前作アルバム『メランコリックモラトリアム』で“大人になるまでの猶予期間”を抜け出して、その向こうにあるより広い世界へと踏み出した彼女はしかし、コロナ禍で精神的にも物理的にも足止めを食らってしまった。それは間違いなく不運だが、彼女の音楽に向かう気持ちは不運を幸運に変えるに十分なだけの強度を備えていたようだ。立ち止まったところで得たもの、気づいたことをさらに膨らませて、彼女は新しいアルバムを完成させた。それは彼女にとってどんな作品になったのか? この1年を振り返ることから始めてみよう。
ーー前作アルバムからの約1年の間もリリースが続きましたが、その作品たちを順に辿ると、季節が巡るようにKarin.さんのなかでも少しずつ何かが変わっていったような印象を受けます。音楽に向かう気持ちや具体的な作り方に関して何か変わっていったことはありますか。
1回目の緊急事態宣言が解けて、6月にまた東京に戻ってきて、活動をちゃんと再開してからは、今までの私とは違う世界観を引き出せたらいいなという気持ちがあったから、新しいことに挑戦してみたくなって。それで、それまではずっと同じ方に編曲を依頼していたんですけど、他の方にもお願いしてみたりとか、そういう挑戦はやってみました。
――「今までの私とは違う世界観を引き出せたらいいな」と思ったのは、今から振り返るとどういう気持ちの流れだったように思いますか。
高校卒業とともに、“音楽で生きていきたい”と心に決めたんですけど、でもこういう世の中の状況になって、先が見えなくなってしまった時に、自分のその覚悟というものが思っていたほどには濃いものではなかったなということに気がついたんです。本当に“音楽で生きていきたい”と思っていたけど、そのために実際にやってることがたくさんあったわけではなかったから。そこで本当に“音楽で生きていきたい”と思うんだったら、まず何をするべきだろう?と考えた時に、今までやっていなかったことにも挑戦してみたいなと思って。
――この前にインタビューさせてもらったのは『知らない言葉を愛せない - ep』リリースの時期でした。そこで、「それまではずっと突っ走ってきたんだけれど、世の中の事情で立ち止まらなければいけなくなったことが自分にはよかった」という話をされていたんですが、そのよかったことの一つが、今話してくれた“決意したわりにはあまり実行してないなということに気づけた”ということですか。
高校生の時は特にずうっと走り続けてる感じがあって、その頃は曲を作るということで精一杯だったんですけど、初めての経験ばかりのまま高校を卒業して、でも卒業した後の実家にいないといけなくなってしまった期間に、自分がやってきたことの復習というか……例えば“こういう曲を作ったけど、今はどういう気持ちなんだろう?”みたいなことを、それまではしっかり考えていたわけでもなかったんだけど、そこで立ち止まって振り返って、やってきたことを自分で整理してみたんです。
そしたら、6月の自粛明けにはまた曲がたくさん書けるようになって、『知らない言葉を愛せない - ep』をリリースした頃から音楽に対する思いもどんどん深くなっていきました。今までよりももっと周りも見えるような努力もしたし。あそこで立ち止まることがあったからできたことがたくさんあったんですけど、特に自分が持っていないものを表現することの難しさ、大変さを痛感して、そのことがこのアルバムには生かせたんじゃないかなと思います。
――「今までよりももっと周りも見えるような努力もした」ということですが、そこから見えてきたことはありますか。
前も、今も、自分のために歌っているんですけど、だから自分が“もういいや”と思ったら、音楽活動は終わりにしようと思っていたんです。でも、この今のチームとして活動するなかで、本当にありがたいなと思うこともたくさんあったし、みんなでレコーディングしてても“自分だけじゃない”と思うんですよね。で、それをリリースして、たくさんの方に聴いていただくなかで、本当に自分だけじゃなくて“誰かと私”という関係性が成立した気がしたんです。これまでも今も、これからも、自分のために歌っていこうと思ってるんですけど、でも誰かにとって私の音楽が居場所になったり、居心地がいいなと思ってもらえるんだったら、この音楽を一生続けていきたいなと思いました。
――今話してくれたように、誰かとの関わりのなかで生きていくことで生まれる喜びというものが確かにあると思うんですが、その一方でその関わりによって自分自身であることを通しにくくなるという側面も出てくると思うんです。そのことに対する折り合いの付け方については、今の時点ではどんなふうに考えていますか。
デビューして間もない頃に、自分が思っている自分と周りが思っているKarin.というものがちょっと違うことに気づいたことがあって。自分が普段聴いている音楽には明るい歌詞の曲があまりないから自分の歌詞はそんなにダークなものじゃないなと思っていたんですけど、曲を出していくと「深く刺さりました」とか「生きる糧になりました」とかいうコメントをいただいて初めて、その責任というものを感じました。これまで作ってて、自分に妥協しなきゃいけないような場面はなかったから、そういう意味での人との関わりということよりも、曲の受け取られ方のほうが考えることは多かったです。
――自分の曲がいろんな受け取られ方をすることに責任を感じて、そこからさらに曲作りに向かう時にはその気持ちはどういう方向に向かうんですか。
どうしたらもっと表現が豊かになるのかな?って。そういうことを考えるようになっていきました。
――もっと表現が豊かになると、どうなるんでしょう?
いろんな角度から、Karin.ってものを見てもらえるんじゃないかなと思うんです。万華鏡みたいな感じで。いろんな方向から見たら、印象がまた変わるかなって。
――そのベースにあるのは、もうちょっと違うKarin.もいるんだけど……みたいな気持ちでしょうか。
光が見えない感じで思われてるとしたら、それはちょっとショックだなと思うんです。全部、暗い曲というわけでもないので、喜怒哀楽というか、もっといろんなことを表現できないかなと思いました。
――「瞳に映る」という曲は、これまでの曲と比べるとかなりカラフルでポップな印象ですが、そういう曲を作ろうと思って作ったんですか。
いや、作ろうと思って作ったわけじゃないんですけど、でも自分は曲を出すたびにどんどん難しいことを考えてしまうというか……。いろんなことを体験することによって、“もっとたくさんの人に聴いてもらいたい”とか“今度こそワンマン・ツアーを実現したい”とか、今まで思っていなかったようなこともどんどん願うようになって、でも本当に大切なことというのはもっと単純で素直なことなんじゃないかなあと思った時に、難しくない、すごく素直な曲を作ってみたいと思って作ったのが「瞳に映る」です。
――その曲の最後に<言葉より遠い何かが私に刺さったままで>というフレーズがありますが、その“何か”に今の時点で名前はつけられますか。
あの曲は、赤い公園の(津野)米咲さんに編曲をお願いして、曲の構成がちょっと変わったんですよ。私が最初に作ったものには2コーラス目の<君に分かって欲しかったんだ>からのパートがなかったんですけど、編曲してもらったらその部分ができて、その編曲してもらったものを聴いて、自分が一番伝えたいことをそこに書いたんです。それは、本当に大切なものは“言葉にしない思い”というものなのかなって。例えば人を信じる/信じないということを考えた時に、本当に大切な人に対して“この人を信じる!”とか思ったことがないなと気づいたんです。例えば家族みたいに、当たり前のように一緒にいてくれる人に対して「私は信じてる」なんて言ったことがなくて、それは言葉にしなくても伝わるからだと思うんです。それが大切なことなのかなと思って。それが言葉より遠い、輝いて見えるものかなと思って書いたので、そこは一番気に入っている歌詞です。
――自分の思いを伝えるということがずっとテーマとしてあって、だから思いを言葉にするということがとても大切で、でもそれはなかなか難しい作業だったわけですが、その“思いを言葉にしなければ”という課題から今はかなり自由になっている感覚があるんでしょうか。
そうですね。たくさん曲を書いていると、言葉にすることでぼやけるというか薄情に感じてしまうことがあるんです。例えば、自分としては“愛”という言葉よりももっともっと強い気持ちがあるんだけど、その言葉に当てはめると少し軽く感じてしまうことがあったりとか。そういうことを感じるようになってたんですけど、でも自粛が明けた頃からまた考え方が変わったんです。言葉にすると軽く感じるとか、そういうふうに難しく考え過ぎてたかなって。前は自分のなかのすべての思いを曲にすることができていたのに、言葉の重さについて考えるようになってから、それが難しくなってきて、“果たしてこれは、自分が言いたい100%なのかな?”とか、そういう疑問が生まれるようになってきたんですよね。でも、本当に大切なものは言葉にしなくても伝わる何かなんじゃないかなと思って。そういう意味でも「瞳に映る」は、自分のなかでも変化が生まれるきっかけになった曲なのかなと思います。
――「過去と未来の間」という曲で歌われている、過去で未来でもなく、その間にある現在こそを大事にするという気持ちは以前からずっとあったものですか。それとも、活動を続けてきたなかでそう思うようになったんでしょうか。
今まで未来のことは全く歌にしてこなくて……。わからないことを歌にしようとしても、うまく表現できるとは思ってないので。でも過去については後悔していることとかたくさんあって、ただ過去について考えることに時間を消費することで、今を見失う時間がどんどん増えていくことが寂しく感じるようになったというか。私は過去にもういないし、未来にもまだいないし、<私此処で息をしている>という、存在証明のようなその曲を書くことによって、自分のその気持ちが確かになるんじゃないかなあと思って、この曲を作りました。アルバムのなかでは一番最後に作った曲ですね。
――ところで、曲が書けなくなった時期があったという話ですが、最近はまたどんどん書けているんですか。
人と会わないとダメなんだということがわかって、でも活動が再開してからはまたいろんな方と会うようになって、だからずっと書いています。
――今回のアルバムのタイトルは孤独でいられる能力というような意味だと思いますが、人と会わないとダメなんだとすると、Karin.さんの“solitude ability”はあまり高くないんでしょうか。
孤独というと、一人であるということだとずっと思ってたんです。特に自粛期間中、家に閉じこもって一人でいることが多くなって感じた孤独がそれで、でも人と会えるようになって、新しい引き出しを開けようとして、レコーディングとかしてる時に、Karin.というプロジェクトをやってるわけだから、本来は私が一番引っ張っていかないといけないじゃないですか。でも、実際にはどうやって表現すればいいのか全くわからないし技術的にも難しいことがいっぱいあって、私が一番寄り添ってもらった、ということになったんです。その時に誰かがいる孤独、周りに人はいるのに一人にされてしまっているように感じる孤独に気づいて。だから、その“solitude ability”というのは、孤独でいることの能力と言うよりは、孤独があったから乗り越えることができたというか、違う孤独を知って強くなった“孤独力”ということで、それはこの13曲全部に当てはまる言葉かなと思って。立ち止まることがあってから、いろんな孤独を知ったなと思いました。
――「過去と未来の間」の最後に<こんなこともいつか忘れて大人になる>と歌っていますが、そんなふうにいろんな孤独を知って、でもそのことも忘れて次に進んで、というふうに階段を上っていってる感覚があるんですか。
大人になることをきっかけにして新しい一歩を踏み出せたらいいなという思いがあるんですけど、それに必要なのは今まで感じていたことをより深く考えることなのか、新しい何かを手に入れることなのか、それによって大人になることが確かになるのかどうかがわからなくて。忘れたくない気持ちはたくさんある。でも、大人になってもずっと抱き続けていかないといけない気持ちはたくさんじゃなくていいんだ、という気がしてるんですよ。例えば“大人になりたい”と思って大人になって、そしたらその“大人になりたい”という気持ちはどう変化してしまうんだろう?とか、そういうことを考えると、結局そういうことは大人になったら忘れちゃうんだろうなって。そういう気持ちを込めて、あの歌詞を書きました。
――デビュー時の最初のインタビューで「どれくらい大人か?」と聞いたら62%と答えてくれたんです。その次に聞いたら、65%だったかな。今はどれくらいですか。
今は……どうだろう? またちょっと上がったのかな。71とか(笑)。
――(笑)。でも、まだ100%ではないんですね。
「瞳に映る」にもちょっと書いたんですけど、自分が大人だと思ってる人から「あなたはまだまだ幼い」と言われた時に、「いや、私はもう大人だ」と言えるほど自信がなかったというか、子供からまだ完全に抜け出せているわけではなくて、大人になることについてちょっと寂しさも感じたので。それは、大人になるための一歩なのかもしれないですけど。子供を卒業することの寂しさなんて、今までは感じていなかったけど、その「大人じゃない」と言われた時に気づいて、それで自分をちょっと客観的に捉えられた時に少しは成長したのかなと思いました。
――『知らない言葉を愛せない - ep』のインタビューで、初めて顔がちゃんと見えるジャケットですねという話をしたんですが、でもそのジャケットでも目線はこっちを向いてなかったですよね。
そうですね。
―それが、その次の『この感情にはまだ名前がない - ep』ではこっちに目線が向いて、さらに今回のジャケットではグッと距離が近づきました。
でも、顔が半分しか見えてないですよ(笑)。
――だから、次でようやく近い距離で顔が全部見えるジャケットになるのかなと思ってるんですが。
今度は、反対側の顔半分かもしれないですよ(笑)。
――(笑)。それにしても、Karin.さんの音源を手に取る人に目線を向けているのと向けていないのとでは随分違うと思うんです。
そうですね。『メランコリックモラトリアム』のジャケットは足の踵の部分の写真だったじゃないですか。その時の印象として、不思議っぽい感じで受け取っている方が多くて、そのジャケットの印象のせいもあるのか、いつも深いことを考えているように捉えられがちだったんですけど、『君が生きる街 - ep』のジャケットでシルエットだけわかった、と。そこで、曲調も関係してるのかもしれないですけど、私の新しい一面を知った方が多いのかなと感じていて、その後『知らない言葉を愛せない - ep』でまた違う角度から見た私を知って、というふうにいろんな角度から見える自分というものを私自身もわかるようになってきてて、このアルバムはどういうふうにみんなに映るんだろうな?と思ってはいるんです。私自身は、これまで自分が出してきた曲たちに対するアンサー的なものなのかなという気がするんですよね。10代最後、ということもあるし。この2年ほどの間ずっと考えてきたことについてちょっとわかったことを書いたので、Karin.とは?みたいなところにたどり着いたのかなという気がします。
――それでも、まだ顔半分なんですよね(笑)。
(笑)。そうですね。
――次のアルバムのジャケットがどうなるのか、楽しみですね。ありがとうございました。

取材・文=兼田達矢 撮影=高田梓

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