『藪原検校』で稀代の悪党を演じる市
川猿之助、作品やコロナ禍における役
者としての思いとは

井上ひさしの傑作戯曲『藪原検校』が、タイトルロールに市川猿之助を得て令和の世に甦る。父の歪んだ性格と母の醜さとを受け継ぎ、生まれついての盲目である主人公が、殺しも厭わず、金と欲にまみれて立身出世を果たそうとする様を、濃厚な艶笑シーンや下ネタ早物語、陰惨な殺しのシーンなどを交えて描き、社会の矛盾やタブーを鋭く抉る作品だ。久々に歌舞伎以外の舞台作品に挑む猿之助に意気込みを訊いた。
ーー井上ひさし作品の魅力についておうかがいできますか。
井上ひさしさんは遅筆で有名だったらしいんだけれども、できあがった作品はやはり日本人の心を打ち、そしてまた、日本人ならではの精神があって。私は井上作品ではこれまでに『雨』という作品をやりましたが、山形の紅花産業を守るために、よそ者がスケープゴートに仕立てられていく物語で、村の団結の怖さが描かれている。やっぱり日本人の中には、新奇、よそ者を嫌う、村八分的なところってあると思うんです。団結にはいい面もあるんですよ。がちっとまとまるときにはパッとまとまるんだけど、下手すると悪い面、よそ者が来たらいびり殺すくらいの意地悪をするみたいな面が出る。そういう、日本のいい面も悪い面も見ておられて、それをお書きになって。あとは、言葉のもつ怖さですね。そういうものを大切にしていらした作家さんだと思うので。おそらく、全作品に言えることだと思いますが……そこのあたり、日本人でなくてはできない芝居ができるということが、役者としても日本人としてもうれしいです。
ーー『藪原検校』では稀代の悪党を演じられますが、悪を演じる醍醐味は?
自分にないものを演じるのが一番演じやすいんです。自分の対極にあるものほど演じやすい。自分の身近にあるものほど演じにくいというか、変身の度合いが大きければ大きいほど演じやすい。昔の時代劇に出ていた悪役の方とか、普段はすごく優しかったって言いますから。それくらい落差が大きい方がいい。井上作品に出てくる悪のような人って、実際には……まあ今の時代、凶悪犯もいますけど、滅多にいないですからね。だからこそやっていておもしろいんじゃないかな。​
市川猿之助
ーーここはこだわりたいというところは?
上演時間。つまりね、今、歌舞伎座は、徹底した感染症対策をしているんです。専門の先生に全部監修してもらって。今どうして狂言が四部制になっているかというと、一時間十五分くらいかな、上演時間がそれ以上の長さになると、歌舞伎座では一気に危険性が高まるから、それで、長い狂言はカットしてるんです。十二月大歌舞伎の『傾城反魂香(けいせいはんごんこう) 土佐将監閑居の場』も長いからカットするんですが、そういう工夫をしているんですね。『藪原検校』が上演される来年2月も世の中どうなっているかわからない。井上先生はどちらかというと、一言一句カットしちゃだめっていう先生ですよね。だけども、こういう時代で、お客様の安全が本当に第一だし、僕らの安全も第一だから、そんな中で公演を続けていくためにも僕は演出家や井上先生のご遺族とも相談して、カットまではいかないけれど、やっぱり、お客様の気分的なものもあるし、閉鎖されている中にずっといて、どうやって安心した状態でお互い過ごせるのかなということを、ちょっと研究したいなと思っていて。そこがこだわりです。​
ーー演出の杉原邦生さんとはこれまでもお仕事されてきていますが、その印象と、今回の作品の方向性について何かお話しされていることはありますか。
彼はスーパー歌舞伎II『新版 オグリ』では僕の演出助手だったから、彼が僕と仕事をすることで何を吸収して、この舞台に反映してくれるのか。僕の好み全部知ってますから、多分それを反映した芝居作りをきっとしてくれると僕は信じてます。今回も、僕が脚本を直前まで読まないのを知っているから、まだ何一つ言ってこない。そこも心得ている。​
ーー歌舞伎で役を作るのと、こうした作品で役を作るのとでは、プロセスが違ってくると思うのですが。
そうですね、歌舞伎だと習いに行きます。もちろん、この作品も先輩方がやってらっしゃるから、習おうと思えば習えるんですけども、そういう習慣がないから。だから、最初から自分の工夫が入れられるっていうこともあります。歌舞伎だと最初は入れられないから。そういう意味で、自由の楽しみと恐ろしさ、両方あるんじゃないでしょうか。​
ーー共演者の方々についてはいかがですか。
第一線で活躍されているスターの方ばかりですから。そういう方たちとお芝居するということは歌舞伎では絶対できないので、そういう機会をこの作品で与えていただいたということに、ものすごく感謝しています。松雪(泰子)さん、ドラマで観てましたし。食事が出来る仲間はいると思うんですよ。だけど、お芝居するってなかなかできないから。役者って、いくら一緒にご飯食べて飲んでも、芝居での会話というのがあるんです。キザに聞こえるかもしれないけれど、芝居の会話、それが楽しいときがある。今回、それができるのがうれしい。歌舞伎の人相手だと、その人が入ってきただけでどういう精神状態かわかるけど、初めての方だと何考えてるかわからないし、そういう意味では、いい懐の探り合いをしたいです。​
市川猿之助
ーーPARCO劇場の印象は?
澤瀉屋にとっては、<二十一世紀歌舞伎組>が公演を行なって、『伊吹山のヤマトタケル』や『雪之丞変化2001年』といった数々の名作を生み出した場所でもありますし、立地も便利だし、とても伝統のある劇場ですよね。それがリニューアルして。劇場がなくなっていく傾向にある現代でも、建て替えでよりよく生まれ変わったということは非常にいいことだと思います。そのオープニング・シリーズでこうしてやらせていただけるということは、縁ある者としてとても光栄に思います。​
ーー歌舞伎以外の外部作品に出演するときの作品選びの決め手は?
共演者ですね。こういう方たちとお芝居ができたらなとか、演出家の先生であったり、劇場ということもありますね。
ーー今回の一番の決め手は?
予定が空いてたというのが一番大きいですけど(笑)。三宅(健)さんは歌舞伎がお好きだって聞いていたし、何回か劇場でお見かけしたこともあって、熱心に観ていらっしゃるんだなと思って。そういう方とお芝居するわけですが、どんなお芝居なさるんだろうって。今回、(髙橋)洋さん以外全員初めてなんです、多分。なので楽しみですね。
ーー歌舞伎以外の作品に出演するにあたって期待することとは?
休演日があることだけですね。あとは、歌舞伎もこの舞台も一緒。同じ、大事な舞台です​。
ーー過去に古田新太さん、野村萬斎さんも演じてきた役ですが、今回、ご自分としてはどんなイメージで役作りをされますか。
あまり考えないんだな。先人を意識し出したら、歌舞伎なんてやってられないから。この役は十何代やってますとかあるから、あまり縛られないな。お芝居って、一人芝居ならともかく、自分がこうやりたいと思っても、皆さんとのやりとりの中で自分も思わぬ変化を起こして、自分が考えたのと全然違うところに行っちゃう場合もあるし、そういう意味で言うと、何も考えてないですね。僕らがよく言うのは、「人事を尽くして観客を待つ」と。お客様が入って、お客様の反応でまた育って変わっていくものだから、僕らはやれるだけのことはやって、後はもう任せます。
市川猿之助
ーー主人公が悪、犯罪を犯す裏に、哀しさや悲劇も描かれている作品かと思うのですが。
井上ひさし作品に限らず、脚本がよければ、多分、誰がやってもある程度は通じるように書かれているものだから。それをね、どうプラスアルファしていくか。平均値として正しく書かれているものを、演じる役者によって、ここの部分が濃く出たり、こちらの部分が濃く出たり、それが個性だと思う。この人がやったらすごく悪党の部分が出るというのも個性だし、この人がやったらちょっと愛嬌が勝つなとか。それは演じる役者の個性によるものだし、そんなものは多分いくら修練したって出ないだろうと思う。僕は、こういう役でお手本にしたいのは、勝新(太郎)さんね。どんな悪いことしたって、許せちゃう。……本当は許しちゃいけないけど。医者からタバコ止められてるんですって言いながらわざと吸うとか。それを僕らがやったら嫌味なんだけど、あの人がやるとわざとやってるんだけどかわいいっていう、そこなんだよね。ちょっとこの人かわいいなとか。そこがね、あの人の天性の素敵さだと思うし、ああいうのが出たらいいなって思う。何か悪いことしたって、ごめんねって言われたら許せちゃう。そういう風に作りたい。何か憎めない、かわいいっていう人物に。
ーー演出的に何か提案したいことはありますか。
まあ、僕が演出すると全部僕の色になるから、やっぱり杉原さんの色を出してほしいから、あえて何も言わない。それで、楽しもうかなって。いつも料理する側だから、ちょっと料理されてみようと。
ーー歌舞伎の方相手だと言わなくてもわかるといった関係性だと思うのですが、今回ほぼ全員初めましての人の中で、主演としてどうコミュニケーションを?
それは、稽古やるより本当は飲み会よ。だけど、それもだめでしょ、今。それが一番困る。やっぱりね、リラックスしたときに話すのが一番大事なのね、どう考えても。歌舞伎の人がなんであんなにツーカーかっていうと、楽屋でしゃべったり稽古場でしゃべったり、舞台以外での交流も多いからというのが一番で。そこができないから、悲しいねえ。
ーー脚本はどのタイミングで読むんですか。
歌舞伎と一緒で、前の月の半ば過ぎくらいに。その前に稽古が始まる場合は、その十日前くらいから読み始めていく。子供のときからそういうリズムできてるので。ただ最近、記憶能力が衰えてきているから、そろそろそれができなくなるかなという感じもしているけど。
市川猿之助
ーーコロナ禍において一番感じられたこととは?
今も思ってますけど、歌舞伎、下手したらつぶれますよ。松竹という一企業がやっていて、3月から7月までまったく興行収入がなかったわけですから。そんな中で、覚悟を決めた役者たちも何人かいますからね。やめないにしても、本当に食えなかったから、バイトしたり。そういう意味で、歌舞伎このままなくなるなと本気で思いましたよ。だって、会社つぶれたらパーだもん。歌舞伎なら大丈夫だって、皆さん、そんな先入観は絶対間違ってる。松竹が倒産したら本当に歌舞伎はなくなりますからね。そういう中で、役者が何ができるって……何もできなかったから。伝統芸能では、お能と狂言の人が一番動きが早かったですよね。家に稽古場があって、松羽目があって、能装束があって、家族が集まれば自分のうちでできる。だけど歌舞伎役者は、家にかつら一つないから。大衆演劇の人だと自分の家でもっているからいいんですよ。僕らっていうのは、自分の衣裳とかつらがない。つまり、歌舞伎っていうのは、すべての専門職が集まって作り上げるもので、本当に、歌舞伎役者の一人として無力さを感じたんです。もちろん、歌舞伎役者が素顔でこんなことしてますというYouTubeとかは発信できるかもしれないけれど、いざ、自分の仕事で発信できるかというと、落語家さんとか芸人さんならできるかもしれませんが、歌舞伎役者はできないんです。「図夢歌舞伎」みたいに大がかりなものじゃないとできない。そういう意味で言うと、歌舞伎って、力はあるんだけど、力がなくなるときはとことんなくなると思った。それは本当に、今でも正直思ってますね。歌舞伎がなくなる、できなくなる日がまた来ると思います。このまま、毎日のように感染者が増え続けたら……本当に怖い。そういう中でも、歌舞伎座で公演をしていて、出ているこっちも命がけですけど、観に来る人も命がけだから、何があっても絶対に安全にお帰りいただこうという思いがある。今まで役者は芝居のことだけ考えていればよかったけど、これから先、制作側も含め、お客様の安全を第一に考えなくてはいけないから、時代は変わると思っています。芸だけじゃないんだよね、多分今もう。
ーー今年1月15日の「PARCO劇場お披露目&オープニング・シリーズ記者会見」で、猿之助さんが、……そもそも来年の2月まで無事に過ごせるのか今から非常に不安……とおっしゃっていたのが、今となっては予言のようだったなと。
だいたい僕の予言って当たるんですよ(笑)。
ーーやる方も観る方も命がけという中で、歌舞伎座の舞台にも立たれていますし、この『藪原検校』の舞台にも立たれます。そんな中、役者として改めて思うこととは?
手前味噌だけど、歌舞伎座の体制って、本当に、そこまでやらなくてもいいだろうっていうくらいの徹底ぶり。僕ら本当にもう最初のころストレスだったから。常に熱を測るし、楽屋前も誰もいなくて廃墟みたいなんだもん。本当にここで芝居するの? っていうくらい人と会わないし。それで、歌舞伎座は連絡網があるんですよ。一部から四部まで、顔を合わせない中で、何部にどんな状況があったっていうのが全部回ってくるから。全員が、歌舞伎界の今の状況を把握できるようになっている。お客様は安心。歌舞伎役者でよかったと思ってます。
なお、『藪原検校』は2021年2月10日(水)~3月7日(日)東京・PARCO劇場ほかにて上演される。

市川猿之助
ヘアメイク:白石義人(ima.)
スタイリスト:三島和也(Tatanca)

取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=池上夢貢

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