しなの椰惠 初ワンマンで響かせた、
生きることと歌うことが直結したむき
出しの歌

世渡り上手~そこから何が見える~

2020年12月4日 下北沢Daisy Bar
小さなライブハウス。そのなかで、次々と容赦なく爆音とリアルすぎる言葉をぶち込み続けたヤバさ。無防備ゆえのギャップと、歌、言葉のパンチ力にヒリヒリ痺れまくった嵐のような夜だった。
1stフルアルバム『世間知らず』をリリースしたばかりのシンガー・ソングライター、しなの椰惠(読み:やえ)が12月4日、自身初となるワンマンライブ『世渡り上手~そこから何が見える~』を東京・下北沢Daisy Barで開催した。
このアルバムが各方面で話題となったこと、さらに今回は久々の有観客ライブというのもあいまって、チケットは見事に完売。会場に入ると、入場者にはパスが配られた。しなののロゴマークとなった八咫烏の下には、“一緒に生きていこう”など、(たぶん)本人直筆のメッセージがそれぞれ添えてある。こんなことをするアーティストは、初めて見た。世代違い(しなの本人は22歳)なTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTHi-STANDARDなどのBGMを違和感なくすんなりとつなげて、ライブは「ライアー」で幕開け。3ピース編成のバックバンドが耳をつんざくような音で場内の空気を揺らすなか、赤いグレッチを掻き鳴らすしなのは、冒頭から《アンタのことなんか大っ嫌い》と大声でリフレイン。その音、言葉に、強烈に頭を打ちのめされる。バンドと笑顔でアイコンタクトを交わし、始まった「駄目なあなたのまま」では“ハロー、ハロー よろしくね”と瑞々しい言葉を投げかける。
髪を振り乱し、さっきまで巻き舌で歌っていた彼女の表情はとたんに緩み、ときおり見えるその横顔の美しさにハッとさせられる。「やあ」。挨拶はそっけない感じで終わらせ、ペットボトルの水をがぶ飲みする姿はワイルドでロッカー然としたたたずまい。緊張している様子など、微塵も感じないほど堂々としている。そんな彼女が、バンドが鳴らす引きずるようなミッドグルーヴに滑り込んで、次に歌い出したのは「舌を噛んで死ねるほどには、」。この歌では、こんなすぐれた美貌を持ちながら、どんな秘密のコンプレックスを持っているのかと思わせたり。フロアからクラップが巻き起こったアップチューンの「六畳間で灰になる」では、歌詞のなかの《ソールドアウトありがとうございます》を即興でセリフに変え、感謝の気持ちを伝えるピュアな一面を見せてファンを喜ばせてみたり。ライブのなか、しなのは次々といろんな違和感、ギャップを隠すことなくさらしていく。
そうしてグレッチを置いて、黒いシールドを無造作に腕に巻きつけ、ハンドマイクを両手で握ってこの日唯一ギターレスで歌った「ルーザー」は圧巻のパフォーマンスで、中盤のハイライトを作ってみせる。どしゃぶりのように鳴り続けるリフとビートを全身で浴び、膝をバウンドさせながら頭を振って《アタシは負け犬》と巻き舌マックスで叫び散らす姿はなにかに取り憑かれたような動きで、ステージ上でものすごい存在感を放っていく。だが、それを歌い終わったあと、“あー、あったま痛ぇ~”と普通にいってしまう無防備さもまた、たまらなく魅力的。
“みんな元気? 久しぶりだね”と友達のようにフロアに話しかけ、人生初のワンマンができたことについて“ここまで長かったけど、今日を迎えられて嬉しい”と伝えたしなの。この後、グレッチをアコギに持ち替えながら“次、アコギ弾きまぁ~す!”とキュートな笑顔を見せて、そこからメランコリックなラブソングセクションにつなげていった展開はナチュラルでとてもよかった。《何度も聞いてごめんね》というフレーズがずっと胸を締めつける「世界よ、どうかこのままでいて」、彼に本命の彼女がいた「はじめてのキス」。彼女のリアルライフがプンプン匂う歌詞を、オーディエンスは追体験するように聞き入っている。
そして切ない気持ちに包まれたところで、予定にはなかったトークが始まった。改めてワンマンがソールドしたことについて“一つ夢が叶った。ありがとう”といい、最近は“ありがとう”や“ごめんね”などの気持ちを思ったときに素直に伝えるのが“大人になった自分の目標です”と打ち明けた。“でも、たった一人だけいえてない人がいるんだ。そんな面白い話でもないんだけどさ”といって、照れながら一呼吸置いて、“いつかいえたらいいな”という言葉から始まったのは「父の唄」だった。この日はしなのの希望で、アコギの弾き語りによる独唱バージョンでのアクトとなった。この日一番のやさしく甘えるような声を織り交ぜ、切実な想いを泣きそうな表情を浮かべて問いかけるしなのに、会場全体が釘付けになる。
そこに、次はバンドとともに躍動感ある明るい新曲「なっちゃん」をねじ込んで、上手くいかなくてもいい、焦らず、無理せず、私らしく生きようとメッセージして、場内の空気を和らげていく。
アコギを再びグレッチに持ち替えたしなのは“ここからちょっとコワいしなのになります。好きでしょ? みんな”といって観客の笑いを誘い、新曲「オリジナル」を畳み掛ける。強烈なギターリフが炸裂するなか《バカ、バカ、バーカ》、《あー、死にてー》とエモーショナルに切実な想いが爆発。そこからなだれ込んだ「16歳」で、その想いはさらに凝縮して、大爆発を巻き起こす。ひがんだり怒ったり、かと思えば開き直ったり。心の奥のヒダをヒリヒリするまでかきむしっておいて、それでもここで生きていくしかないんだと歌う「素晴らしい世界」を最後に投下していく幕引きは、生きることと歌うことが直結しているようなむき出しの歌を歌うしかないしなの椰惠が、目の前で等身大のままつながったシーンだった。
こうして、最後はこれまで歌のなかに内包してきた負のエネルギーをすべて、ポジティブなエネルギーへとパワフルな歌で見事に変換してみせたしなの。エンディングに入る前、“デカい音が心臓にくるライブハウスやリハスタがつぶれていくのが悔しい”と話し、自分が唯一できることとして“ライブハウスに人が来ることをやり続けること。それがここを残す一歩になる”のだと熱く語っていた。ライブ終了後には、場内のスクリーンを通して2ndワンマンライブを3月5日に東京・下北沢CLUB Queで開催することが伝えられた。さらなる嵐の夜を期待して、向かいたいと思う。
取材・文=東條祥恵

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