風姿花伝プロデュース『ミセス・クラ
イン Mrs KLEIN』那須佐代子×伊勢佳
世×占部房子~精神分析家メラニー・
クラインをめぐる葛藤の物語に挑む

年末の風物詩、シアター風姿花伝のプロデュース公演。今年は、フロイトに影響を受けて精神分析の世界に入り、革新的な理論を展開して学会に多大な影響を与えた精神分析家メラニー・クライン(1882~1960年)をモデルに書かれた戯曲『ミセス・クラインMrs KLEIN』を実力派女優3人で上演する。注目の演出家・上村聡史がこのシリーズのために温めていた本作。クラインは初めて幼児の精神分析を行い、自分の子どもまでも研究対象とした。しかし後に同じく精神分析家になった娘メリッタは母親の理論に異を唱えて激しく対立するという背景を持つ。
第二次世界大戦前のロンドン。クラインとメリッタ、クラインの信望者であるポーラはともに精神分析家であり、ユダヤ人。クラインの息子の死に際し、クラインの部屋で、お互いがお互いの精神活動を分析し、衝突していく。これまでの風姿花伝プロデュースとはひと味違う、女性のみの会話劇。ヒリヒリとした展開の中に浮かび上がるものとは――
――風姿花伝プロデュース初参加のお二人に、まずこのシリーズの印象から教えていただきましょうか。
占部 いいお芝居をやっているという印象です。『悲しみを聴く石』『いま、ここにある武器』『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』『終夜』と見ていて、『女中たち』が見られなかったのかな。私、ストレートプレイが大好きなので、年納めのような感じで、毎年のように楽しみにしています。
伊勢 私も風姿花伝プロデュースだけは外せない、どんなに忙しくても見ないわけにはいかないという感じで楽しみにしていました。那須さんには話してませんけど、マネージャーさんとは「いつかやれるといいね」と言い合っていたんです。だからお話をいただいた時には「やったね」って感じで、二つ返事でした。
占部 私だって那須さんから声をかけていただいて、すぐやりますと答えました(笑)。
那須 ありがとうございます、恐縮します。
那須佐代子
――那須さん、お二人との共演は?
那須 伊勢さんとは『CRIMES OF THE HEART−心の罪−』でご一緒しています。占部さんとはお話する機会はよくあったけれど、意外にも共演するのは初めて。お二人ともご一緒したいと思っていた女優さん。人柄がいいから、お稽古場がめちゃめちゃ雰囲気がいいんですよ。(演出の)上村さんもいつも以上に楽しそうで、笑い声が響いています。
占部 この3人で、なんか部活みたいな。
那須 いいのよ、演劇部みたいなものよ。
占部 もっともっと深くかかわっていきたいという気持ちです。
――那須さん、この作品を選んだ経緯を教えてください。
那須 上村さんから推薦してもらったのが始まりです。かなり硬質な作品なので正直迷ったんですけど、じゃあ上村さんがこれまで演出してくださった『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』も『終夜』も最初から面白いと思ったかと言えばやっぱりどう仕上がるかはわからなかった。むしろ読んだ時に面白い脚本って舞台の仕上がりも想像がつくじゃないですか。風姿花伝プロデュースは毎回、稽古の最中はお客様が付いてきてくれるだろうかと不安になるけれど、幕が開くと驚くような場面で笑いが起こったり、自分たちが思った以上の高い評価もいただけたりもしている。そういう意味では上村さんの目を信じてやっています。私自身はセリフ量が多いので大変ですけど、お二人のシーンを見ていると、いいなあという気持ちになります。他人事みたいだけど(笑)。
伊勢佳世
――お二人はこの戯曲を読まれていかがでしたか?
伊勢 最初に読んだ時は、これは難しそうだって思いましたね。精神分析家同士という設定だし、一見すると、硬いセリフの連続のよう。でも何回か読むうちにだんだん日常的で、普通の親子の会話だとわかってきたんです、ピリピリ感はあるけれど。親子のギクシャクやちょっとした嫉妬心だとか、わかるわかるという部分がある。また上村さんがさほど分析家であることにこだわっていなさそうなところも、わかりやすくさせてくれている要素です。
占部 私はおそらく面白いんだろうなと思いました。というのはお芝居って、お稽古で皆さんの声を聞いて、だんだん輪郭が見えてくることが私には面白いので、むしろ最初は難しいなあ、どんなものが立ち上がるかわからないぞというワクワクするものが好き。そして今回は、戯曲の中に埋まっているものをたくさん掘り返している。そういう意味でも面白い本ですね。最初は分・析・家?って思ったけど、人間の話なんだと見えてくることで面白くなってきましたね。
那須 同じですよ。占部さんもおっしゃったけど、本当に宝がどこにあるのかを探している感じだと思います。
占部 地層の三段下くらいを今、探している感じがします。言葉に込められた思いに幅があったり、言葉そのままだったりとかするから。あるいは役によって地層のどこらへんにいるのかもそれぞれ違っていて。それ自体を探っていますよ。
伊勢 どうやら思っていることと話していることが違うぞというところで会話が延々と続くんですよね。
那須 そんなふうに心理を読んでいく、人の心の中に入り込んでいくような芝居が上村さんはお好きなのかもしれません。
占部房子
――このシリーズでは、那須さんのコメディエンヌとしての魅力が開花してきたところがありませんか?
占部 私もそう思うの。那須さん、まじめに面白いですよね。
伊勢 初めて那須さんのお芝居を拝見した時、怒っている演技が、こんなに面白い方がいるんだって思いました。
那須 最近、キレ芸って言われている。怒れば怒るほど笑えるって(苦笑)
占部 那須さんは体が小さいからすごく怒っても、「怒った?」って受け止められちゃうのかも。那須さんは狙っているんですか?
那須 いやいや。でも怒っているのに面白いと言われることに、なんとなく気づいてきました。「ここはマジ怒りして笑ってもらったほうがいいな」と思うことはあります。中途半端に怒っても笑ってもらえないから。
占部 見ていて面白いんだもん。
伊勢 出てきた、出てきたって私、喜んじゃう。
那須 私は喜んでいいのかな? いいか、褒められているんだもんね(笑)。
浮かび上がる互いを素直に分析してあげられない苦しみ
――現状ではどんなふうに役をつかんでいますか?
那須 私は実在の人物、リアリスティックな役をやるのが久しぶりなんです。演じる上でもメラニー・クラインへの敬意を大切にしようと思っています。息子が亡くなったという前提で演じるのは大変。悲嘆の中でいろんなことをやらなければいけないから。彼女は心を閉ざしていたという説もあって、そう思わせるようなニュアンスをどのくらい出したらいいのか。だってものすごくしゃべるじゃないですか。心は閉ざしているというのはどんなトーンなのか、それは千秋楽まで探るんだろうなあと思います。
――そうか、彼女の言葉はバリアでもあるんですね。
那須 そうシャットアウトしているからこそしゃべり続けている。
――メリッタはいかがですか?
伊勢佳世
伊勢 今の時点ですけど、心の中はものすごく複雑なのに、表面上はスマートに見えているというふうにするのがいいかなと。私はスマートですという態度を取れば取るほど内面の苦しさが出てくるんじゃないかな。発する言葉が攻撃的に見えるけど、たぶん声の出し方をスマートにすることでプライドの高さは見えてくると思うんです。でもそうしたくてそうしているわけではなく、「私はスマートな人間だ、母とは違う」と思えば思うほど、彼女の苦しさが見えてくるというか。そこは怖がらずに突き詰めていこうと思いますね。
――メリッタはクラインの心情を解きほぐそうとしているだけではなさそうですね。
伊勢 もちろんそういうシーンもあります。でも弟の死がなければここまでこじれる関係にはなってないと思うんです。実際にメリッタは別の分析家と結託してクラインを責めることで、後にどんどん仲が悪くなるらしい。そのきっかけがこの事件にあるんでしょう。でもメリッタだって愛されたいと思っているし、憎んでいるとは言うけど言葉通りの感情でしゃべってばかりではないんです。愛すれば愛するほど、愛していると言えなくなっている複雑な親子関係。
――そしてポーラは? 彼女は親娘とすごく親しいわけではなく、ある意味で巻き込まれていくようなところがありますね。
占部 ポーラは一歩離れて、二人を見つめている役。実在の人物、ポーランドから亡命してきてベルリン、さらにイギリスに逃げてきた精神分析家です。クラインのことは精神分析家として大尊敬しています。でも自分の可能性も信じていて、この人を超えていくぞとも思っている。私は未来に頑張っていきますという人。稽古でわかってきたのは、親娘がどういう状況であるか、その中でポーラがどう存在するかが重要で、かき混ぜたり、落ち着かせたり、言葉少なくなったりする。ライバル意識がある親子なんて特別な関係じゃないですか。ポーラが入ってくることで見えてくるものがある気がします。物語も解いていく感じだけど役自体も解いていく感じ。上村さんの導きもあって、関係の中で役ができていくような気がしています。
占部房子
――それぞれがそれぞれを観察しているのも複雑ですよね。
占部 そう! それぞれに分析し合うんです。だからこじれるんです。素直に話せればいいのに。
伊勢 分析してあげたいけど、素直に「こうです」と診断してあげるような気持ちにはなれない。みんなこの世界で一番だと思っているしね。
那須 私が一番だからってね。クラインはポーラのことを自分の味方にしようと思っている。切れ者だということも私のことが好きだということもわかっているし、娘に責められて弱っている時に、クラインの白羽の矢が立ったと思うんですよね。
占部 演じる側はついしんどさを大事にしがちになるから、しんどいからこそ面白いこと、明るい気持ちのスイッチを入れようと思うんだけどだんだんまたそこが消えてしまうんですよね。上村さんが上手なのは、そこの面白スイッチを入れ直してくれる。
伊勢 どんな作品もそうですけど、演出家によって解釈が違うから全然違う作品になるじゃないですか。今回は、この作品を上村さんの演出でできるのがすごくうれしいです。
那須 この作品でお客様にどういうものを届けられるのかは稽古途中でまだわからないけれども、小さい空間で、役がエネルギーを交わして、気持ちを通わせて、人間同士がぶつかったりすることで、昇華できる希望みたいなものをお届けできればと取り組んでいるんです。この芝居を見た方がそういうエネルギーを得て、2021年を迎えていただければいいなと思いますね。
那須佐代子
取材・文:いまいこういち

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