真逆の役を演じることで、“下野紘”
が見えてくる 【レポート】『ラルス
コット・ギグの動物園』狂った象のク
レバオーヌ編

下野紘が、2020年11月28日(土)にMixalive TOKYOで行われた『ひとりしばい』vol.11公演、『ラルスコット・ギグの動物園』に出演、一人芝居に挑戦した。脚本・演出は末原拓馬。「動物園」を題材に、有観客&配信で上演された本公演より、「狂った象のクレバオーヌ」編のレポートをお届けする。
今回の『ラルスコット・ギグの動物園』には、下野のほかに、佐藤拓也(11月27日公演)と福圓美里(11月29日公演)も出演。同じ動物園で暮らす異なる動物たちの物語がそれぞれに展開していく、オムニバスドラマとなっている。佐藤は虎のガラ役、福圓はリスのモル役。そして下野は、年老いた象・クレバオーヌを演じた。
【公演レポート】悲しき象が、愛を知る物語
舞台は、いきなりクライマックスのシーンから始まる。鳴り響く空襲警報。炎が迫る動物園で、「すべてを思い出してしまった」「もう生きる意味などない」と、思い詰めたように語るクレバオーヌ。なぜクレバオーヌは死を覚悟したのか、何を思い出し、何に戸惑っているのか。そしてなぜ嫌われ者なのか――。そんないくつもの疑問と共に、本編は始まった。
(c)舞台「ひとりしばい」製作委員会
ある朝目覚めると、クレバオーヌは自分が何者なのかも、ここがどこなのかも憶えていなかった。年老いた大きな体を引きずるようにゆっくりと動くたび、重い足音が響く。ふと見渡すと、壁のあちこちに無数の文字が刻まれていた。「私は、お前だ」という言葉を不審がりながらも、気になったクレバオーヌはひとつひとつ読み進めていくことに。
記録と記憶、現在と過去を自在に演じる下野紘
物語は、クレバオーヌの“記録”と“記憶”を行き来しながら、様々な時間軸が描かれていく。年老いて何も憶えていないクレバオーヌが、かつて自分で書き残した文字を読み返していくのが“記録”。一方の“記憶”では、まだ若かった頃のクレバオーヌの日々が展開していく。つまり下野は、現在と過去のクレバオーヌを、その時々の感情を瞬時に入れ替えながら演じなければいけない。もちろん動きや姿勢、目の輝き、声のトーンまで、クレバオーヌの年代によってころころ変わる。希望に満ちあふれていた若いクレバオーヌと、年老いたクレバオーヌを見事に演じ分けていく下野。その演技力によって、観客をスムーズに物語の世界へと誘う。
(c)舞台「ひとりしばい」製作委員会
幼いクレバオーヌは、ふたつの国の友情の象徴として、はるばる海を越え贈られてきた特別な象だった。愛されると信じて疑わない象は、相手国の人々を笑顔にするための歌を憶え、意気揚々と新しい動物園へ。ところが、彼を待っていたのは歓迎ではなく、容赦なく投げつけられる石ころだった――。長い輸送中に国家間の関係は悪化。平和の象徴になるはずだったクレバオーヌは、憎むべき争いの象徴となってしまったのだ。それまでキラキラと輝いていたクレバオーヌの瞳と幼い心が、石が投げられる度に戸惑い、困惑し傷ついていくのが伝わる、辛いシーンが続く。
少女・ズズとの幸せな時間を、一人二役で熱演
周りの動物からも人間からも嫌われてしまったクレバオーヌは、絶望のなか、ただ寿命が尽きることだけを待っていた。輸送中に練習した歌も、いまはひとりぼっちで口ずさむだけだった。そんなある日、クレバオーヌの前に盗賊の少女・ズズが現れ、なんと動物園からの脱走に成功する。ズズとのシーンでは、下野がクレバオーヌとズズをひとりで交互に演じていくのだが、ここでも“記録”を読んでいた年老いた象から若い象への変化が見事だった。
ズズのおかげで、生まれて初めて外の世界を目にしたクレバオーヌ。軽口をたたいたり、自由に走ったり、風を感じたり。そんなズズとの時間をとおして、「私は生まれて初めて世界の美しさを知った。おそらく生まれて初めて心から笑うことができたのだ」と、生き生きと語るその瞳は、再び希望の色をしていた。人を笑顔にするために海を渡った象が、ようやく初めて笑顔してあげることができたのが、ズズだったのだ。
クレバオーヌの真実が明らかに……
年老いたクレバオーヌはふと気づく。なぜ逃げ出したはずの自分が、いまも狭い檻にいるのか。なぜズズと一緒ではないのかということに。“記録”にはこう書かれていた。ズズとは「いつか迎えにくる」と約束して別れたこと。それを待つうちに、象の記憶にガタがきてしまったこと。クレバオーヌは、毎朝目覚めるたびに“記録”を最初から読みなおし、ズズを待つうちに夜になり、眠りから覚めると、再びすべて忘れてしまっていたのだ。このシーンは、何日も何か月も何年もそうやって過ごしてきた象の姿が、道化師のような繰り返しの動きと音楽だけで表現される。笑顔で待つクレバオーヌとは正反対に、そのまっすぐさがあまりにも物悲しい。時間という檻のなかでクレバオーヌが持てるたったひとつの希望が、ズズを待つことだったのだ。
(c)舞台「ひとりしばい」製作委員会
だがある日、隣国からの空襲が動物園を襲う。燃え盛る炎を見たクレバオーヌは、ついにある記憶を思い出す。それは、ズズと過ごした最後の夜のことだった。実はあの日、ズズは彼の目の前で盗賊によって殺されていたのだ。泣きわめき、打ちひしがれるクレバオーヌ。その表情からは感情が消え、すっかり凍てついていた。
唯一笑顔をくれたズズを失った悲しみから、長い時間のなかで狂い始めてしまった彼は、「いつかズズが救いに来てくれる」というありもしない希望を自分自身で作り上げていたことを思い出す。ここで、「もう生きる意味などない」と思い詰めていた、冒頭のシーンにつながるのだ。絶望の炎に包まれ、死を決意するクレバオーヌ。だが周りの動物たちが助けを求める声に、彼は再び立ち上がる。もう自分を救ってくれたズズがいないのに、なぜ彼は立ち上がり、その老いた体で頑丈な檻に体当たりするのか。
「老いた象からの贈り物だ。この世界はあまりにも美しい。そのことを誰もが知るべきだ」。そう叫んだクレバオーヌは、彼を蔑んだ動物たちを次々と救っていく。鬼気迫る芝居から、観る者の心と筋肉にも自然と力まずにはいられない。
「私はたぶん幸福だ」――ズズがくれた愛
すべてが終わった後、彼は一匹のリス“モル”と出会う。生きることをあきらめようとするモルを、「今日からはすべてがうまくいく、信じてくれ」と勇気づけるクレバオーヌ。するとモルは、クレバオーヌがもう100年も生きていること、そして長く生きた彼に「愛を手に入れることができた?」と問いかけてきた。毎日園内で流れている「ラルスコット・ギグの動物園の動物たちは、愛があふれて幸福です」というアナウンスを聞いていた動物たちは、愛を探していたのだ。
(c)舞台「ひとりしばい」製作委員会
銃撃から逃げ続けたクレバオーヌは、やがて美しい花畑にたどり着く。だが夜を迎えてしまった彼は、再び記憶を失っていた。「ズズという少女は、存在しなかったのかもしれない」。もう彼は、自分の記憶を信じることができなかった。でも、クレバオーヌのなかには、たったひとつだけ信じられることがある。そしてこう言ったのだ。「私はたぶん幸福だ。なぜなら私のなかには、愛があふれているからだ」と――。

(c)舞台「ひとりしばい」製作委員会
ズズがくれた愛。それがあったからこそ、彼は絶望のなかでも動物たちを救い、諦めるモルを勇気づけることができた。すると彼の前に、もうこの世にはいないはずのズズの姿が現れる。あの頃のように、うれしそうにズズを追いかけるクレバオーヌ。ここからの下野の芝居は、圧巻だった。年老いた不自由な身体のまま、でも心は、どんどん若いクレバオーヌに戻っていくのが、芝居から伝わってくる。光のなかに消えたクレバオーヌが、最後に呼んだ「ズズ!」という叫びは、愛にあふれ、とても暖かかった。

【アフタートーク】真逆の役を演じることで“下野紘”が見えてくる
アフタートークでは、脚本・演出の末原と下野が公演を振り返っていく。一人芝居を演じきった高揚感で、いつにもましてハイな下野のトークが、まだ涙ぐむ客席に笑いを生む。「(クレバオーヌを演じている間は)自分のなかでいろんなものを耐えて、がっちがちの状態で舞台に立っていましたから……いまやっと心の放流をしているところです」と、すっかり緊張から解き放たれた様子だ。また、上演中に両目のコンタクトレンズがはずれてしまい、ぼやけた視界のまま演じきったというハプニングも明らかに(アフタートーク中に1枚見つかった)。
また、下野におじいさん象の役を当て書きした理由も、末原から明かされた。“いるだけで場を明るくする人柄”や、“誰からも愛されるところ”、“病的なほどまっすぐなところ”といった「“下野の魅力”の真逆をいく役を」という発想から誕生したのが、クレバオーヌだったという。「サイズ感も性格も真逆な役を演じたほうが、“下野紘”が見えると思った」と末原。すると下野も、「ここ数年、やってこなかったことや苦手意識があるものにチャレンジしたい意識が強くなってきて」と切り出す。それまでと真逆のことに挑戦したからこそ、自分の幅を確実に拡げることができたという下野は、「真逆な役」であるクレバオーヌを演じる意味について、納得した様子だった。
最後に下野が、「クレバオーヌは怖くなかったですか?」と客席に語り掛けると、客席からは「怖くなかったよ、大丈夫だよ」という思いを込めた、あたたかい拍手が送られた。『狂った象のクレバオーヌ』の物語を真実を知ったとき、そこに愛があることを知ったとき、クレバオーヌを恐れる者は、誰一人いないだろう。

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