花の都フィレンツェで、多くの再会と
一つの永遠の別れ&イタリアワインの
代表選手「キャンティ・クラッシコ」

W.A.モーツァルトが演奏旅行で訪れた土地を巡り、そこで造られる美味しいワインをご紹介する「モーツァルトとワイン旅行」。連載10回目となる今回、モーツァルト父子はフィレンツェに到着します! 華やかな街で、どんな出来事が二人を待ち受けているのでしょうか?

花の都フィレンツェへ!
3月29日にボローニャを発ったレオポルトとヴォルフガングは、翌日30日の晩にフィレンツェに到着しました。
一晩宿で休んだとはいえ、約107kmもの道のりを1日余りで旅するのはなかなか厳しかったようです。山を越える際の雨と強風にやられてヴォルフガングが風邪をひいてしまい、3月31日はずっと寝ていたという記録が残っています。
お茶とすみれシロップを与えられて、ヴォルフガングはなんとか回復したようです。なぜ「すみれ」を……? と思いますが、ヴォルフガングは西方旅行中に重い病にかかった際にもすみれシロップを口にしていました。ヨーロッパでは、民間療法にすみれが使われていたそうです。漢方みたいなものでしょうか。本件とは全然関係ないのですが、ヴォルフガングがゲーテの詩に曲を付けた《すみれ》の動画をご紹介しておきますね。
さて、こうして二人が到着したフィレンツェは、「花の都」の名に違わぬすばらしい街だったようです。妻に宛てた手紙のなかで、レオポルトがこんなふうに表現しているほどですから。
きっとお前は言うことでしょう。人はみんなこの土地で暮らし、そして死んでゆくべきだと。
(1770年4月3日、レオポルトから妻マリーア・アンナ宛の書簡より)
懐かしい人々との再会
4月1日にレオポルトとヴォルフガングは、トスカーナ大公レオポルト(のちの皇帝レオポルト2世)に謁見しました。この大公とは、第1回ヴィーン旅行の際に面識を得ています。
その翌日、父子は離宮に招待されて演奏を披露しました。このとき、イタリア随一の対位法家であるリニヴィッレ侯爵閣下から難しいフーガの課題が出されたのですが、ヴォルフガングはそれをいとも簡単に、レオポルトに言わせれば「ひとかけらのパンを食べるように」解いてみせたそうです。
このときにヴォルフガングの伴奏をしてくれたのが、ヴァイオリンの名手ナルディーニ。彼とは、西方旅行中にアウクスブルクで一度出会っていました。
さらに、ロンドンで出会ったカストラート歌手・マンツオーリとも再会します。かつてヴォルフガングに歌唱指導をしてくれた彼は、このときフィレンツェ宮廷歌手になっていたのです。8歳のときにロンドンで歌を教えてくれた人と、14歳で訪れたフィレンツェで出会い直すのは、どんな感じなのでしょうか?
連載をずっとお読みの方はもうご存知のとおり、すでにヴォルフガングの人生は、このような再会で満ちていますよね。でも、二度と再会が叶わない、一度限りの出会いもありました。
同い年の天才との、一度限りの出会い
ヴォルフガングが宮廷詩人のマッダレーナ・モレッリ=フェルナンデスの邸宅を訪れたとき、そこにいたのは同い年の天才でした。
トーマス・リンリー・ザ・ヤンガーの肖像(1771頃)出典:Wikimedia Commons
ヴァイオリン少年、トーマス・リンリー。彼はヴォルフガングと同じ1756年にイギリスに生まれました。そしてヴォルフガングと同じように、著名な音楽家だった同名の父から教育を受け、8歳で公開演奏会デビューした神童です。フィレンツェで再開したナルディーニの弟子でもありました。
ヴァイオリニストとしてだけでなく作曲家としても活躍したリンリーは、「イギリスのモーツァルト」とも呼ばれています。それほど似通った二人が、1770年4月のフィレンツェで出会ったのです。
背丈も恰好もそっくりな二人の少年は、知り合った翌日にはもう、夢中になって共に音楽を楽しんでいました。しょっちゅうお互いに抱擁を交わしながら一晩中交代で演奏したと思うと、そのまた翌日も午後いっぱい、交代でヴァイオリンを弾きました。
レオポルトは、息子とリンリーは「子供としてではなく、立派な大人として」共演を楽しんでいたと書き残しています。2つの若き才能が共鳴し合ってほとばしるその様は、さぞ見応え・聴き応えのあるものだったでしょう。
▲トーマス・リンリー・ザ・ヤンガー《モーゼの歌》
二人で過ごしたひとときが楽しかった分、別れはつらいものだったと思われます。別れ際、リンリーはヴォルフガングに一篇の詩を贈りました。この詩を実際に書いたのはモレッリ=フェルナンデスだとされていますが、リンリーの心情はこの内容からかけ離れたものではなかったはずです。
アマデーオ・ヴォルフガンゴ・モーツァルト君のフィレンツェ出立に寄す
運命の神が君をぼくから分けへだててからは
 ぼくは思いによって君に従うほかなく、
 よろこびや笑いは涙に変わったけれど、
 涙のただなかにぼくは君とふたたび相まみえることを望む。
天国のあの甘美な諧調は、
 愛の恍惚への小路をぼくに開いてくれたけれど、
 ぼくの心のなかに今なお鳴りひびき、そして突如として
 真実をまのあたりにすべくぼくを天に運んでいく。
ああ、よろこびの日よ! ああ、幸せの瞬間よ、
 そのとき、ぼくは君に会い、茫然として耳を傾け、
 そして君の力を愛するものとなった。
神々が望まれんことを、君の心からけっして
 ぼくが消え去らないように。ぼくは君を変わらずに愛することだろう。
 ぼくはいつも君の力の相手となることだろう。
誠の尊敬と愛情のしるしとして
トンマーゾ・リンリー
(海老沢敏、高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集II』より引用)
こんなにも共感し合った二人の音楽家は、これ以降、もう二度と会うことができませんでした。リンリーはこの8年後、22歳の若さで、不慮の事故で亡くなってしまったのです。
イタリアワインといえばこれ! キャンティ・クラッシコ
さて、今月もここでワインのご紹介といきましょう。
「キャンティ」は原産地呼称の元祖のひとつ
キャンティ・クラッシコにのみ与えられる、「黒い鶏」のエンブレム出典:Wikimedia Commons
イタリアワインに詳しくなくても、「キャンティ」という名前だけは聞いたことがある! という方も多いはず。キャンティはそれほど有名で、イタリアワインの代名詞ともいえる赤ワインです。
「キャンティ(Chianti)」と名のつくワインのはじまりは1716年、トスカーナ大公コジモ3世がワイン産地の境界を指定したときに遡ります。「キャンティ」と名乗れる産地はここからここまでだ! と決めたのですね。ほかに、カルミニャーノやポミーノといった産地の境界もこのとき定められました。
コジモ3世によるこの境界指定は、世界最初の原産地保護だといわれています。今でこそ、「ボルドーと名の付くワインはボルドー地方でしか作れない」という考え方は常識になっていますが、この当時は全く新しい概念だったのですね。
さて、コジモ3世の境界指定以来、しばらくはきちんとキャンティ地方で造られたワインだけがキャンティと呼ばれていました。しかし、キャンティの人気はどんどん高まり、ただ「キャンティ」と書いてありさえすれば売れるという状況に。すると、キャンティ地方周辺で造られたワインまで「キャンティ」と呼ばれるようになってしまったのです。
このままではいけない!ということで生まれたのが、「キャンティ・クラッシコ(Chianti Classico)」という呼称。キャンティ・クラシコという名前は、本来の産地であるキャンティ地方で造られたワインのみが名乗れるものです。
フィレンツェとシエナの間の美しい丘陵地帯で造られるキャンティ・クラッシコは、非常に香り高く、すみれのようなお花の香りとピュアな果実味、そして美しいタンニンを感じられる優美な赤ワインです。クラッシコの付かないキャンティにも、もちろん美味しいものがたくさんありますが、主要品種であるサンジョヴェーゼの魅力をしっかり味わいたいなら、キャンティ・クラッシコを選ぶのがおすすめです。
Cecchi Chianti Classico D.O.C.G. Storia di Famiglia
出典:Amazon.co.jp 
出典:国分グループ本社株式会社
Cecchi(チェッキ)は、伝統も規模もイタリアトップレベルのワイナリー。トスカーナ地方で100年以上の歴史を持つ名門であり、かつ、新しい設備のために多額の投資をおこない、最新の技術を駆使しながら高品質なワイン造りを目指し続けている生産者です。
Cecchiのワインはイタリア国内はもちろん、世界45カ国に輸出され、多くの人に愛されています。もちろん、日本でも手に入りやすいですよ。大手ワイナリーだからこそ、ヴィンテージに関わらず品質が安定しているのが魅力です。
キャンティ・クラッシコのような有名なワインを初めて試すなら、まずCecchiのような大手が造る典型的な1本から入門するのがおすすめ! こちらのワインは、すみれのアロマとベリーの果実味、そして杉の木や香草のような複雑味が楽しめる、トラディショナルでオーソドックスなキャンティ・クラッシコです。
この味わいを楽しんだあとは、ぜひさまざまな生産者のキャンティ・クラシコを試して、自分好みの味を探してみてくださいね。

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