<人生>と<作品>との境界とは? 
城田優が魅せるミュージカル『NINE』
ゲネプロレポート

巨匠フェデリコ・フェリーニの自伝的映画『8 1/2(はっか にぶんのいち)』のブロードウェイ・ミュージカル版『NINE』。日本でも『ファントム』『グランドホテル』『タイタニック』等の作品で愛されているモーリー・イェストンが作詞&作曲を、彼と『ファントム』でもタッグを組んだアーサー・コピットが脚本を手がけている。今回の日本版では藤田俊太郎が演出を担当、人生の危機的状況にある主人公の映画監督グイドには城田優が扮する。2020年11月12日(木)の初日前夜のゲネプロを観た。
ミュージカル『NINE』
かつては大ヒット作を放った映画監督のグイドだが、ここ3作は不発。新作映画のアイディアにも行き詰まり、妻ルイザ(咲妃みゆ)から離婚を切り出された彼は、彼女を何とか説得してベネチアの温泉へ。だがそこに、マスコミや愛人カルラ(土井ケイト)、次回作のプロデューサーのラ・フルール(前田美波里)、映画評論家のネクロフォラス(エリアンナ)らが押しかけてきて、大騒ぎ。自身の人生を振り返るグイドは、母(春野寿美礼)や少年期に性の手ほどきを受けた娼婦サラギーナ(屋比久知奈)らを回想する。スランプ打開を図り、ミューズである女優クラウディア(すみれ)に新作への出演をオファーするグイドだが――。
ミュージカル『NINE』
円形状に置かれた木のベンチの後ろにフェンスがあしらわれ、ときに人力でぐるぐると廻る装置は、今年熱いスポーツの舞台となるはずだった新国立競技場を連想させる。舞台前方の半透明の幕はときにスクリーンにも見立てられ、舞台上の人物を実際にその場で撮影している映像が映し出されたり、日本語以外の言語で発されるセリフや歌われる歌の字幕が映し出されたり。主人公が人生を捧げるところの映画、その世界を感じさせる趣向が凝らされている。
城田優
口髭と顎鬚をたくわえ、スーツをピシッと着こなし、“カサノヴァ”にもたとえられる男。なれど、男としてもクリエイターとしても大いに危機的状況にある主人公グイドを演じて、城田優が魅力を発揮する。スランプにあるグイドは、妻にすがり、愛人にすがり、ミューズにすがる。本人はいたって大真面目で、その都度その都度向き合う相手にきわめて本心しか言っていない――他者から見れば矛盾をはらんでいるわけで、それが、妻や愛人にとっては怒りや哀しみの種ともなり、そのすべてを観ている観客からすれば笑いの種ともなる。クラウディアに「カサノヴァ」と呼ばれたことをきっかけに、カサノヴァを題材にした映画を撮影することに決めた彼が、自身でカサノヴァを演じ、それまで妻や愛人と繰り広げてきたやりとりをそのまま作品化していくシーンの、パロディめいたおかしさに、クリエイターにとっての<人生>と<作品>との境界について考えずにはいられない。大いに必死、なのに滑稽。色男なのに、笑いを誘う。そんな戯画的な役どころを演じて、城田が実に魅力的である。あがき続けるその姿を観ていると――、その苦闘こそすなわち、この困難多き人生において生の時間を重ねるということではないか――との境地に至る。イェストンの楽曲の聴かせどころを外さないその歌唱は、同じ作曲家の『ファントム』での歌唱をも思い出させる。
咲妃みゆ
その妻ルイザを演じる咲妃みゆは、創作活動ゆえにさまざまな女性と浮名を流す夫のよき理解者でありながら、女として、人間として、堰を切ったように流れ出す哀しみと怒りの表現で閃光を放つ。決意をこめてグイドに歌いかける「Be On Your Own」では、壮絶な気迫に満ちた歌唱を聴かせる。
前田美波里
グイドの母役の春野寿美礼が表題曲「NINE」で聴かせる世界は、さながら母胎に戻ったような神秘さ、深遠さ。生と死をめぐるグイドとの問答でも、大真面目なやりとりながら大いに笑いを誘う。物語の狂言回し的存在である“スパのマリア”役の原田薫も、淡々としのばせたユーモアセンスが秀逸である。昔はミュージックホールの大スターだったという設定のラ・フルールを演じる前田美波里は、レビュー・シーンでは颯爽としたパンツルックから一転、ダルマ衣装で美脚を披露し、舞台を華やかに盛り上げる。ラ・フルールの傍に仕えるリナ役の則松亜海も、謎めいてコケティッシュな魅力を見せる。
すみれ
深遠で神秘的で、けれどもときに馬鹿馬鹿しい。それこそが人間、人生だと教えてくれる、シニカルでひねりの利いた人間讃歌。そんな物語を彩るのが、イェストンの手による楽曲である。聴く者の心の琴線にふれずにはおかない、あまりに美しいそのメロディをご堪能あれ。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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