及川浩治「交響曲第5番は、自分にと
ってまさに「運命」の曲」 ピアノ・
リサイタル『名曲の花束』に向けての
思い

デビュー25周年を迎えたピアニスト及川浩治が、10月31日(土)東京・サントリーホールにて、「及川浩治ピアノ・リサイタル『名曲の花束』」を開催する。
及川は、2019年のリサイタルで、ベートーヴェン5大ピアノ・ソナタ(「悲愴」「月光」「テンペスト」「ワルトシュタイン」「熱情」)+「エリーゼのために」を披露し、会場を感動と興奮で包み込んだ。圧倒的な技巧と情熱が合わさった圧巻の演奏は、「現代最高峰のベートーヴェン弾き」と評価を再認識され、自身にとっても重要なコンサートとなった。そんな及川が2020年シーズンのリサイタルに選んだのが、交響曲第5番「運命」。ピアノの名手でもあったリストが編曲したピアノ版を本公演で演奏するが、その思いを聴いた。
ーー今回の演奏会ですが、実にバラエティに富んだ選曲です。バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」のピアノ版、そして、もともとヴァイオリンの曲である「シャコンヌ ニ短調」と編曲もので幕開けとなりますが。
「シャコンヌ」はブゾーニの編曲で、メロディに和音を多く加え、ヴァイオリンとは一味違い、オルガンのような迫力のある重音の響きを楽しんで頂けると思います。
ーー前半はその後もショパンの「雨だれ」やエルガーの「愛のあいさつ」、リストの「愛の夢」など人気の小品が並びますが、後半はなんと、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」です。ピアノ版というものがあったんですね。
今ならCDやYouTubeなどでも手軽に聴けますが、その当時、オーケストラの演奏する交響曲を聴く場はコンサート会場しかなく、なかなか聴くことが難しかったんですね。その交響曲を家庭やパーティーの場などでも聴けるようにと編曲がなされていきました。ベートーヴェンの弟子であったツェルニーもベートーヴェンの交響曲全曲をピアノに編曲しています。
そのツェルニーのさらに弟子となるリストも九つの交響曲をすべてピアノに編曲しました。今回演奏するのは、このリスト編曲版です。リストの編曲の場合は、単に曲の雰囲気を味わうオーケストラの代用品としてではなく、コンサートで演奏できるように作っているので、音がとても充実しているんですね。リスト自身も演奏することを前提に書かれていると思います。
ベートーヴェンの交響曲は、この第5番から編成も少し大きくなり、ピッコロやトロンボーン、コントラファゴットなど、今までオーケストラで使われなかった楽器も使い始めます。音域も広く、それをピアノ1台で、指10本で表現するわけですから、とても大変です。基本的にリストの編曲もピアノの二段譜で書かれてはいるのですが、オーケストラのスコアをイメージして演奏しなければならないですね。
ーー「運命」を演奏するのは初めてということですが、今年のコンサートになぜ選ばれたのでしょうか。
交響曲第5番は、自分にとってまさに「運命」の曲なんですね。僕が生まれて産婦人科から初めて及川家の実家に連れて来られた時に、父が大音量で「運命」のレコードをかけていたそうです。もちろん覚えてはいませんが、「運命」によって及川家に迎えられたわけですね(笑)。その影響からか、僕は小さい頃からベートーヴェンを神様のようにあがめていました。
今年はベートーヴェン生誕250周年ということで、自分にとって非常に縁深い「運命」を演奏するということは、かなり早い段階で決めました。
「運命」という曲は、まず第1楽章で苦悩や葛藤が表現されます。耳の病気や戦争など、ベート―ヴェン自身が持っていた様々な苦悩が投影されているのでしょう。現在、我々が新型コロナウイルス感染拡大の状況で受けている苦悩と重なってきます。第2楽章では癒しが表現され、第3楽章は不気味なものを感じます。そして、第4楽章の大勝利につながっていきます。
最後に〈希望〉や〈夢〉、〈勝利〉に向かっていく構成は、「第九」などもそうですが、ベートーヴェンの音楽に多く見られます。「運命」は、その特徴が特に凝縮されています。
このような状況になる前から「運命」を演奏することは決めていたのですが、コロナウイルスによって大変な思いをしている方が多くいる中で、今こそ最後に〈打ち克っていく〉というベートーヴェンの音楽をお届けしたいと思っています。
ーーこのスケールの大きい交響曲をピアノ1台で表現する上でのポイントは?
生のコンサートでは、視覚的なものも表現の一部となると思います。弦楽器や管楽器はだんだんと音を大きくしていくことができますが、ピアノという楽器では、一度鳴った音はそこからクレッシェンドしていくことはできないんですね。そのクレッシェンドを表現するには、たとえピアノの音自体は弱くなっていったとしても、自分の呼吸ひとつひとつや体の動きで、視覚的にクレッシェンドしているかのように“見せる”ことができる。これはCDで聴くだけでは得られない感覚だと思います。ぜひともコンサート会場で“聴く”だけでなく、“見る”ことでも、この曲の醍醐味を味わっていただければと思います。
ーー最後にコンサートを楽しみにしている皆様へメッセージをお願いします。
コロナ禍の中でなかなかモチベーションが上がらない日々が続いていましたが、先日様々な演奏家の方々とベートーヴェンばかりを演奏するという機会がありました。その時、「ベートーヴェンに救われた」というのが、演奏家みんなの意見でしたね。ベートーヴェンは、人に希望や勇気を与えてくれるということを改めて実感しました。だから、ベートーヴェンはいつの時代も愛されているんだと思います。ベートーヴェンからもらった勇気や希望を、僕の演奏を通して、集まってくれた聴衆の皆さんと共有したいと願っています。

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