春風亭一之輔インタビュー 『2020落
語一之輔 三昼夜』ネタおろしを3夜連
続ライブとオンラインで配信

落語家の春風亭一之輔が、2020年10月25日(日)から27日(火)の3日間、よみうり大手町ホールで開催される『2020落語一之輔 三昼夜』に出演する。昼は3日連続で日替わりゲストを迎え、夜は3夜連続でネタおろしありの独演会を行う。ネタおろしとは、人前で披露したことのない噺を初めて高座にかけることだ。よみうり大手町ホールのチケットは即日完売してしまったが、このたび全6回の公演が、オンライン配信されることになった。昼夜のセット券の取り扱い(10月21日(水)までの限定販売)もあり、生配信終了後も、2週間、アーカイブ映像を視聴できる。
記事の前半は取材会、後半は個別インタビューで、公演の見どころや、落語のオンライン配信への思いを聞いた。
春風亭一之輔
■夜は「これをやるの!?」の独演会
古典落語は、噺家から噺家へ受け継がれてきた。一般的に、新しい噺をやるときは、別の噺家に教わるところからはじまる。一之輔は、いまでも伝統にならい、そのようにしているという。
「だいたい2か月前に稽古をつけてもらい、あとは移動時間に稽古します。自宅で座布団をひいて……は、ここ何年もしていません。上野の鈴本演芸場から浅草演芸ホールとか、鈴本演芸場から新宿末廣亭とか掛け持ちで出演する時は、てくてく歩きながら、音を聞いて口に出していると2、3日で覚えちゃう。でも大事なのは覚えてからですね。昔の方の録音も聞きますが、基本は教えてくださった師匠のカタチを肚に入れてやっています」
春風亭一之輔
よみうり大手町ホールで、一之輔の独演会がはじまったのは2014年。1年目は『2014落語一之輔 一夜』と題し、2年目は二夜、3年目は三夜……と一夜ずつ増やして開催してきた。5年目は五夜連続、6年目の2019年には七夜連続ネタおろしをした。このシリーズで、通算22席(今年が終われば25席)を初演したことになる。
「今年の3席は、これだけやってきて直感的に避けてきた噺です。一之輔がこれを!? と、意外に思われるものになるんじゃないでしょうか。でも、やってみると意外とハマることもあるんだと、この会をきっかけに気がつきました」
たとえば、2018年の第四夜で初演した『意地くらべ』だ。
「他の方もあまりやらない。どうやっても面白くできないだろうと思ってました。落語としての面白さは分かるけれど、ドンと笑えるかと考えると難しそう。でも、やってみたら案外ハマったんですよね。いまでは寄席でも結構やっています」
直感的に合わないと感じるネタにも挑戦する。その理由を尋ねると、「やってやれないことはない。やれないんだって思われたら悔しいじゃないですか」と笑った。ネタおろしへのプレッシャーを感じる様子は見られない。それどころか「初演って意外と楽しいんです。こんなやり方をしたら、みんなどんな反応するかな、とか」と声を弾ませる。
「ネタおろしは、まずこんな感じになりました、という高座です。お客さんも甘くて“良かった良かった”と反応してくれます。お客さんにとっては『初演を見た』という思い出にもなるはず。だからといって、それに甘えるとダメ。僕らにとっては2回目が重要です。持ちネタにできるかどうか。この噺がこの先どうなっていくかの過程を、お客さんにも楽しんでいただけたらうれしいですね」
春風亭一之輔
今公演が終わると、一之輔の持ちネタは218席となる。「あと何十席か増やして、50歳過ぎた頃に、ふるいにかけていけたらいいですね」と展望を語った。3日間で3席、どんなネタが披露されるかは当日のお楽しみだが、この先何十年と「一之輔師匠のこれ、初演をみたよ!」と得意な気持ちになれるチャンスを逃さないでほしい。
■昼はゲストと彩り豊かに
其の一『僕の好きな色物さん』
昼は、日替わりでゲストとの落語会だ。初日(25日)は『僕の好きな色物さん』と題し、紙切りの林家正楽、太神楽曲芸の鏡味仙成、ギター漫談のペペ桜井、ピアニカやリコーダーなど親しみやすい楽器でパフォーマンスを披露する、のだゆきが登場する。
「正楽師匠の紙切りは、寄席の色物の最高峰です。師匠が三代目林家正楽を襲名されたとき(2000年9月)、僕は学生でしたが披露興行を観にいき、トリをとられるのをみました。素晴らしかった。この日は正楽師匠にトリをとっていただきます。色物さんは、寄席では脇役ですが演芸界に必要な存在です。寄席にお越しのお客さんはよくご存知でも、ホールの落語会ではあまりみる機会がありません。生意気な言い方ですが、これを機会に知っていただきたくて​」
『2020落語一之輔 三昼夜』
其の二『一之輔 天どん 古典と新作二人会』
2日目(26日)は、三遊亭天どんとの二人会だ。
「天どん師匠は4年先輩。初めて会ったのは新宿末廣亭でした。僕が師匠のカバン持ちで緊張して立っていたら、二つ目になったばかりのこの人(天どん)が『お前、一朝師匠のところに入ったのか。いっちょう懸命やるんだろうなあ、多分な』って、うちの師匠の挨拶でイジってきて……。死ねばいいのにって思いましたよ! それ以来の付き合いです」
その口調から2人の関係の良さを感じさせ「腐れ縁」としつつ、「落語のとらえ方が、僕とは違う」とも語る。
「僕は、お客さんのノリをみて直感的にやることが多いです。天どん師匠は理論的。この噺はこういう理屈だから……と。お互いに芸談をすることはありませんが、勉強になります」
其の三「一朝・一之輔親子会」
3日目(27日)は、師匠である三遊亭一朝との親子会だ。
「師匠は、楽屋だとスマホでずっと巨人のデイゲームをチェックしています。失礼かもしれませんが、緊張感はあまりありません。前座の頃、午前中に師匠のお宅で『暴れん坊将軍』の再放送を、並んでみていました。その時と同じ感じです。師匠の大きさですね、僕のようなぞんざいな弟子を(笑)」
しかし最近、気にかかることもある。一朝のネタ選びだ。
「親子会をやらせていただくと、師匠、『淀五郎』とか『中村仲蔵』とか、下の者(若手)がつまずいて上の者が助言を与えて……みたいなネタが多いんです。もともと師匠の得意なネタではあるのですが……自分がそういう目で見られているんじゃないか? って(笑)」
■ネットからふえた新しいお客さん
緊急事態宣言の最中の今年4月、一之輔はYouTube『春風亭一之輔チャンネル』を立ち上げ、4月に10日間、5月に10日間、寄席と同じスケジュールで落語を生配信した。チャンネル登録者数は、開設から半年で5万6千人を超える。この経験は、“落語の強さ”を知る機会にもなったという。
「色々なオンライン配信がありましたが、落語は1画面に1人映るだけ。音を聞くだけでも楽しめて、気が散らない。単純な芸の強みですよね。その意味で、落語家はラッキーだなって思いました」
春風亭一之輔
6月に都内の寄席が再開し、9月19日(土)から新宿末廣亭は、席数制限を解除し100%のキャパシティで営業している。再開後、平日夜席の楽屋で、紙切りの最初に披露される試し切りで「ワッ」と歓声が上がるのを聞き、「寄席に初めての来た人が多いのかな」と感じたという。楽屋口から出たところで「YouTubeを見て、はじめて来ました」と声をかけられもした。YouTubeでの配信が、新しい客層に届いたことを感じ、その点において「やって損はなかった」と一之輔は言う。
「どうがんばっても、落語は生で聞く方が面白い。だから生の落語が再開した今、オンライン配信の落語は二次的な扱いになる。それでいいと思うんです。健康の問題とか、チケットが売り切れているとか、生で見たくても見られない人に届けることが重要なので。それに、また非常事態宣言がないとも限りません。会場とオンラインの両輪でやっていけばいいのかなと思います」
配信ならではのメリットは「常に特等席。正面から表情をみていただけます。お客さんの笑い声もはいっていますから、ライブ中継として楽しんでいただければ」とも語った。
■無観客ならスベり知らず
劇場・ホール・寄席などの再開後も、エンターテインメントをオンラインで楽しむ機会は、多く残り、定着しつつある。選択の幅の広がりは、ファンとしてはうれしいことだ。しかし落語に限らず、演者からは、無観客配信や中継ありの会場公演に、やりにくさを訴える声もある。
その点において、一之輔の存在は心強い。オンライン配信『10日連続落語生配信』の 第二夜(4月22日)で、「無観客配信だとスベることがない。スベり知らず。そちら(画面の向こう)側がどうだか知りませんが、配信だと常に爆笑」と言い切ったのが、一之輔だ。エンタメ業界全体の空気が重かったあの時期に、配信2日目でこのマインドに行きつく演者がいることに驚かされた。多少の強がりもあったのではないだろうか。当時の心境を聞いた。
「実際にコツをつかんだのは3、4日目でしたね(笑)。撮影現場(神保町・らくごカフェ)のスタッフ2、3人の笑い声でペースをつかみながらやりました。無観客だと、実際は1万人とか観てるのに、つい目の前の空間に向けて話しがちになるんです。カメラの向こう側にお客さんがいるんだ、という意識がすごく大事だと思いました。それさえあれば、何やったっていいんです」
春風亭一之輔
初回の60分にわたる配信が終わってから、途中で離脱する視聴者はほとんどおらず、後半に向けて数は増えていったことをスタッフから知らされた。「つかめている」という確信につながったという。参考までに、落語に限らず、動画コンテンツは「平均30秒で視聴者の2/3が離脱する」というデータもある。一之輔は、どのようにして視聴者の心をつかんでいるのだろうか。
「なんだろうな。マクラでその日の出来事、直前のニュース、いま思っていることを喋りますね。この同じ瞬間にどこかで喋っている、という空気を作って距離を詰めていく感じ。そこは生配信の強みです。とくに無観客の時は1対1の密室感で、時間を分かち合ってコソコソ楽しんでる感覚かな。すると不思議なもので、生の高座ではあまり言ったことのないアドリブが不意に出たりもして」
取材の中で「お客さんのノリにあわせ、直感的にやることが多い」との発言もあった。画面越しの時はどうするのか訊ねると、「おそらくウケてるだろうな、というつもりでやりました。そこは自信ありました」と軽く頷いた。年間900席をこなしてきた一之輔だからこその、説得力ある答えだった。
一之輔の落語の配信で、画面越しにも関わらず、呼吸を読まれているかのようなグルーヴ感に巻き込まれ、大爆笑したファンは全国にいるはず。ネタおろし3席を含む『2020落語一之輔 三昼夜』のオンライン配信は、2週間のアーカイブが残るが、予定がつく限り、ぜひ生中継のタイミングで楽しんでほしい。
春風亭一之輔
取材・文・撮影=塚田 史香

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