なきごとの本質を強く感じる配信シン
グル「春中夢」の制作秘話や配信ライ
ブに掛ける想いを語る【前編】

新型コロナウィルスの影響で活動が停滞していたなきごとが、10月4日(日)に「春中夢」を配信リリースする。陽だまりのようなサウンドが渦巻くように昇り詰めるなか、日常を激変させた「あの春」を、夢か、幻かと問いかける。そこには無責任に押し付けるポジティブも、必要以上に未来を悲観するネガティブもない。ただ夜明けを祈る人間のありのままの熱があった。それは、なきごとが 「泣き言」を名乗る、その本質を強く感じさせる1曲だ。以下のテキストでは、そんななきごとの最新曲に込めた想いを中心に、ふたりがコロナ禍に考えていたこと、バンド2周年記念日である10月24日(土)に開催する約10ヵ月ぶりの主催ライブについて、前編・後編の二本立てインタビューでお届ける。まずは近況報告から。
水上えみり(Vo.Gt):元気でしたか?
――おかげさまで。ものすごく健康的な日々を過ごしてます。ふたりは元気でしたか?
水上:元気でしたね。
――あ、ちょっと意外かも(笑)。
水上:むしろいつもより元気でした。インドア派なので合法的に家にいられるというのが良かったんですよね。心も健康になりました。
――岡田さんは?
岡田安未(Gt):私もまったく同じで。自分ひとりで生きてて楽しかったです。
――実はふたりのことは心配してたんですよ。ライブがなくて耐えられるのかな? と。
水上:さすがに3月から5月あたりまではしんどかったですけどね。生き甲斐がなくて、つまんないなと。自分がバンドマンなのかもわからなくなってたし。
岡田:ね。ただのニートなんじゃないかという(笑)。
――3月に2ndシングル「sasayaki」 をリリースして、4月から開催予定だったツアーが全公演中止になった時期というのは、相当キツかったでしょう?
水上:そうなんですよね。今回は初めて行く土地もあって楽しみにしてたし、待ってくれてた人たちに対して、申し訳ないなという気持ちもあって。自分と同じようにライブを生き甲斐にしてる人たちも絶対にいると思うので。すごく心が痛みました。
岡田:カレンダーに入れてた予定を消していく作業もつらかったんですよね。その日がくるたびに、今日はあそこでライブだったのにと思い出しちゃったりして。
――そこからバンドとして「前を向こう」と切り替えるキッカケはあったんですか?
水上:岡田が「リモートで曲を作ろうよ」みたいなことを言ってくれたんですよ。
――何月ぐらい?
水上:5、6月ぐらいかな。本当に家から出られないときですね。で、私がすごい機械音痴なので、いままでパソコンで曲を作ったりというのは全然してこなかったんですけど、これを機に、小さな録音機械を買って。簡易的なものは録れるようにしたんです。でも、リモートで曲を作るのと、アナログで作るのは全然感覚が違いました。
岡田:普段のなきごとは、音楽スタジオを借りて、その場でえみりの弾き語りをもとにイチから作り上げていくんですけど。今回、初めてデータでやりとりをしながら曲を作るということをやってみたんですね。
水上:もう全然できなかった(笑)。
――何に苦戦するんですか? そもそも機械の使い方なのか、意志疎通の問題なのか。
水上:伝えるほうですね。私、曲のコンセプトとか、その曲で伝えたいことを、先に言葉で説明したいタイプなんですよ。そういうのって、やんわりした大きな枠組みはメールでも言えるんですけど、細かいことは無理なんですよね。ニュアンスの人なので。
――岡田さんはどうですか? そういうやり方で作るというのは。
岡田:私はそもそもデータのほうが効率いいんじゃないかと思ってたんですよ。でも、実際にやってみたら、スタジオに入ったほうが作りやすかったですね。
――じゃあ、「春中夢」は、その時期に作ったんですか?
水上:いや、じゃないですね。
岡田:7月ぐらいからはスタジオに入れるようになって。
水上:「春中夢」はスタジオに入れるようになってから作った曲ですね。
――7月に久々にスタジオに入った感想は? うれしさ爆発という感じ?
岡田:(しみじみと)いやー……。
水上:「こりゃ、いいぞ」という感じですね。
岡田:それぞれ感動してたよね。
水上:まず、デカい音を聴いて、びっくりしたんですよ(笑)。「こんなデカい音を出してたんだ!」と。久々に耳鳴りがして。ずっとライブもあったから、感覚が麻痺してたんですけど、(サポートメンバーも含めて)4人で音を出したときに、初めてバンドをやったのかというぐらい感動しましたね。
岡田:やっぱりコレだなと思いました。
●歌詞を聞いて、「こういう言葉がほしいんだよ」と思いました●
――いいですねえ。「春中夢」は、コロナ禍にSNSで流行ってた「#うたつなぎ」がまわってきたときに、新曲の弾き語りとして公開された曲ですね。
水上:そうなんですよ。私、友だち少ないから、まわってきたのがすごくうれしくて。「あ、私って友だちいたんだ」と思いました。
――同じぐらいのタイミングで、osageの山口(ケンタ)くん、イロムクの藤沼(絢)くん、Mr.ふぉるての稲生(司)くんから、まわってきてましたよね。
水上:3人からきて。「え、うれしい!」となっちゃって、張り切りましたね。
岡田:最初、何をあげるか迷ってたよね。
水上:うん。迷ってた。普通に今までの曲のカバーをやるか、新曲をやるか。「春中夢」ってナイーブな歌詞だと思うから、それをいまあげていいのか? と。
――でも、こういうタイミングだからこそ聴いてもらいたかった。
水上:タイムリーに自分の考えてることを歌ってる曲だったので。そういうのって初めてだったんですよ。リリースを挟むと、どうしても作った時期から半年ぐらいタイムラグが生まれちゃうんですけど、ほやほやな状態で聴いてもらえるのは新鮮でした。
――ちなみに、「#うたつなぎ」を次に繋げずに、えみりさんで終わりにしてましたけど、それは何か想いがあったんですか?
水上:もらったことは純粋にうれしかったんですけど。自己肯定感が低めなので……私からまわってきたら、迷惑だろうなと考えちゃうんですよね。私の場合、近所迷惑を気にしなくちゃいけなくて、なかなか家では歌えない環境だったんです。そういう事情って、人それぞれ違うじゃないですか。歌える人もいれば、歌えない人もいる。だから、まあ、僭越ながら、アンカーというところで締めちゃったんです。
――たしかに。「考えすぎだよ」と言われるかもしれないけど、私もそういうのは迷っちゃう派だから、気持ちはわかります。
水上:ただ、こういうふうにカルチャーって作られていくんだなというのを体感できたのは面白かったです。
――「春中夢」は「白昼夢」から取った造語ですね。
水上:あ、そうです。コロナが春だったじゃないですか。その過ごしてる世界が長い悪い夢だったらいいな、みたいなことを思ってて。バンドが動いてないことも含めて、人間として機能してなくて、自分が夢を見てるのか、現実にいるのかわからない状態だったんです。で、すごく嫌なこと……やけにバンドに対する風当たりがつらいなとか。もちろんバンドだけじゃなくて、いろいろな業界が名指しされてたけど、やっぱり自分がそこにいるというのもあって、すごく気になっちゃって。そういうことも揶揄しながら書きました。
――<誰かがいってた止まない雨はないってさ 大事なのはそこじゃないの わかってよ>というのも切実ですね。
水上:あのとき、「止まない雨はない」「明けない夜はない」とか、そういうポジティブな言葉が溢れてたと思うんです。それも大切なことだと思うんですけど。自分はそういう前向きな言葉をどうも素直に受け取れない質(たち)なんですよ。夜が朝になる話よりも、その長い夜の時間のほうが大切であって。「結果よりも、その過程のなかにいるときがいちばん苦しいのよ」という。その皮肉を入れてますね。
――ただ、「やまない雨はない」「明けない夜はない」という言葉に救われることもありますよね。
水上:もちろんです。私もそういう言葉に勇気づけられるときがあるんです。なんですけど、このときは、すごく病んでて。尖ってたというか……。
岡田:「今は違うよな」ということだね。私もわりと「きれいごとばっかり言ってんじゃないよ」と思ってしまう人間なので。えみりの歌詞を聞いて、「これだ!」と思いました。「こういう言葉がほしいんだよ」と。
●「マイナスがすべて悪いわけじゃないんだよ」と言いたいんですよね●
――この歌って、なぜ、なきごとが“泣き言”を名乗ってるのかがよく表れてるんですよね。つらいときは泣き言を漏らしてもいいんだよって言いたいバンドだし、そういう気持ちこそ守りたいバンドだと思うから。
水上:そうかもしれない。こういうことを書けて、すっきりしましたね。
――持て余した感情から派生した曲ですけど、サウンドは穏やかにはじまりますね。どんなイメージで作ったんですか?
水上:これはお昼寝のイメージだったんですよ。保育園でお昼寝してるときに、ぽわっと上を見てて。ゆらゆら揺れてるカーテン越しから木漏れ日みたいな光が見えるという。起きてるのか、夢なのかわからない状態を作りたくて、それをみんなに伝えました。
岡田:前半はふわっとした雰囲気だけど、後半に行くにつれて変えたいというのも言われましたね。その内容が、夢って……えっと、何だっけ。(水上に)タッチ。
――ハハハ(笑)。
水上:最後の方にかけて現実が近付いてくるイメージです。怖い夢を見たときとか、たとえば、お化けが追いかけてきて、捕まって、振り返ったところで目が覚める。高いところから飛び降りて、地面に着く瞬間に起きる、みたいな。夢の結末を知らない状態で起きるというのを意識して作ったんです。
岡田:クライマックスを盛り上げて、最後にプツンで切れるという。
水上:「結末どうなっちゃうの?」という感じでね。
岡田:ギターは最初のほうが難しかったですね。逆にシンプルすぎて。クライマックスにかけては、わりとスムーズに作っていけた感じでした。
――歌だけでも伝えきれない混沌とした気分を、岡田さんのギターの存在で補ってる部分もありますよね。いいバランスのふたりだなと思いました。
水上:いや、本当に。岡田がめちゃくちゃかっこいいリフを弾くんですよ。
岡田:がんばりました(笑)。
――この曲、クライマックスで目を覚ますと、<絶望の春の中見た白昼夢>という一文で終わるじゃないですか。これって、あの春の絶望を過去のものにしたいという祈りでもあり、希望なのかなと思ったんですけど、どうでしょう。
水上:あー、なるほど。たしかに「見た」というふうに過去形にしたことは、この歌詞のミソだなとは思ってて。結局、救われてしまうなというものではあるんです。さっきも言ったとおり、私は、結果よりも過程のほうが大切ということを歌いたいんですけど、過程を乗り越えた先に結果がある。持ちつ持たれつの関係にはあるんですよね。
――それは、「希望を歌いたい」というのとは違うんですか?
水上:うーん……やっぱり希望だけを描くのは、私の役目ではないですね。私自身、気持ちが暗めなので。それを歌ってる自分が嫌だなと思っちゃうんですよ。だから、そういう曲は、そういうものを背負える人たちが歌うべきだし、そっちのほうが伝わるし、聴き手にとって必要なものになっていくだろうなと思うんです。太陽があれば、月がある、光があれば、影があるように、私はその裏の部分を歌いたいし、「そこにいていいんだよ」と言いたいんですよね。
――それが、なきごとの存在意義だと。
水上:「マイナスがすべて悪いわけじゃないんだよ」ということですね。
――では、この先の話をしましょうか。10月24日(土)に、主催ライブ『1st Digital Single “春中夢” Release Live』が渋谷クアトロで決定しているということで。
水上:この日が2周年記念日なんです。3月に「sasayaki」 を出したあと、そのツアーができなかったので、1本だけ東京でやることにしました。この日は有観客でやって、後日、編集したものを配信するという形です。
――大変な時期ですが、有観客でやることを選択したんですね。
水上:私たちがスタジオでバーンって音を鳴らしたときの感動を、お客さんにも味わってもらいたいんです。あくまでも自分たちはロックバンドだし、ライブをしたくてうずうずしてた人たちなんですよ。どうなるかは全然わからないし、手探りではあるんですけど、その場で生の音を共有することがいちばんの醍醐だし、配信では伝えきれないことも絶対に出てきちゃうので。生配信はなしで、有観客で伝えたいなと思ってます。
――これを後日、配信することにしたのは?
岡田:もともと配信はやらない予定だったんです。ロックバンドだから。でも、4月に北海道から福岡までツアーをする予定だったじゃないですか。地方でそのチケットをとってくれてた方は、たぶん遠くて来られないと思うんですね。だから、そういう人たちに届けたくて、私がわがままを言って、やらせてもらうことにしました。
――ちゃんとライブハウスで安全にライブをやれるという前例にしていきたいですね。
水上:少しずつ「ライブハウスだけを責めるのは良くない」という風潮にもなってきてますし。ここは負けじと胸を張ってがんばりたいなと思います。
取材・文=秦理絵

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