「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.3 始まりは『ショウ・ボート』

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

☆VOL.3始まりは『ショウ・ボート』
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
■タブーに挑んだ歴史的名作
 VOL.2で紹介したアメリカ産オペレッタ。1910~20年代にブロードウェイでヒット作が相次ぐも、徐々に人気は陰りを見せる。浮世離れした物語が、時代のテンポと噛み合わなくなってきたのだ。そこに登場したのが『ショウ・ボート』(1927年)だ。「一夕の娯楽」に徹した作品が多くを占めた当時のブロードウェイで、シリアスな問題に取り組み高い評価を得た。
『ショウ・ボート』初演(1927年)より。船の中の舞台で演じられる、劇中劇の場面。
 時は1880年代。ミシシッピー河を巡演するショウ・ボート(劇場船)を舞台に、船長の娘マグノリアと、流れ者の賭博師ゲイロードの出会いと結婚、そして別れ。やがて時を経ての再会が物語の軸だ。そこに、白人に重労働を課せられる黒人たちの苦悩や、混血ゆえに差別を受け、酒に溺れて身を持ち崩す一座の歌姫ジュリーの姿を生々しく描写。差別問題やアルコール中毒などのタブーに迫り、リアリティー溢れる登場人物が歌う初のブロードウェイ・ミュージカルとなった。作曲は、オペレッタの優雅さに加え、ジャズや黒人霊歌のエッセンスを併せ持ったジェローム・カーン(1885~1945年)。作詞と脚本は、『ローズ・マリー』(1924年)などオペレッタを数多く手掛け、後に作曲家リチャード・ロジャーズとのコンビで一時代を築く、オスカー・ハマースタイン2世(1895~1960年)が担当した。
 彼らの楽曲も、本作の大きな魅力だ。マグノリアとゲイロードの正調オペレッタ風デュエットの〈メイク・ビリーヴ〉と〈君こそは愛〉。そしてジュリーが歌う、ブルース調の〈あの人を愛さずにはいられない〉や〈ビル〉(後者は、他の作品用に書かれたナンバー)。船で働く黒人荷役のジョーが、「生きる事に疲れ果てたが、死ぬのは怖い」と日々の労苦を吐露する〈オール・マン・リヴァー〉など、この大河ドラマに相応しい、スケールの大きい名曲が揃っている。初演は、VOL.2で紹介した興行師ジーグフェルドのプロデュースで、彼の名を冠したジーグフェルド劇場で1927年12月27日にオープン。当時としては大ロングランの、続演572回を記録した。
■これまでに3回映画化
 『ショウ・ボート』は、映画版で更に知名度を高めた。最初は1929年で、これはサイレント映画(部分的にトーキー)。1927年のトーキー映画出現から、ブロードウェイ・ミュージカルの映画化版が無数に製作されたが、本作はその分野でも先駆けだった。
1936年版のアメリカ公開時ポスター(DVDはジュネス企画からリリース)
 以降、ブロードウェイの主要キャストが参加した1936年版、華やかな色彩が美しい1951年版と、計3回映画化されている(初回と2回目は白黒映画)。批評家の間では、1936年版をベストに推す向きが多いが、これには疑問が残る。ジュリー役のヘレン・モーガンや、黒人ジョーに扮したポール・ロブソンら、舞台で評判を呼んだ伝説的パフォーマーの歌を楽しめるのは資料的にも貴重。だが残念な事に、ミュージカル・ナンバーの演出が凡庸なのだ。
ヘレン・モーガン(1900~41年)の名唱集。彼女は、ジュリーと同様に過度の飲酒が原因で、41歳で死去。
 例えば、前述の〈オール・マン・リヴァー〉。ロブソンのソロで貫けばよいものを、「汗まみれで働いて身体が痛む」の歌詞に合わせ、重い積み荷を背負って苦しそうなロブソンら労働者の映像が現れ、「酒でも喰らえばムショ行きさ」では、酒場を追い出され投獄された場面をインサート。黒人差別を強調したい意図は分かるが、演出が説明的過ぎて興を削ぐ。また、薄幸感漂うモーガンの名唱〈あの人を~〉や〈ビル〉は聴き応え十分だが、全体的な歌唱レベルにおいても、1951年版に軍配が上がる。
■歌唱に完璧を求める
MGM版の公開時(1951年)に発売されたサントラ・レコード
 3度目の映画版は、「巴里のアメリカ人」(1951年)を始め、数多くの傑作ミュージカル映画を生み出したMGMの製作。人種問題など作品の根幹の描写が甘くなった分、メロドラマ色を強調し、絢爛たる大作となった。主演は、オペラティックな唱法で鳴らした、ハワード・キール(ゲイロード)とキャスリン・グレイスン(マグノリア)のコンビ。達者なソング&ダンスを披露するマージ&ガワー・チャンピオン夫妻が、助演の芸人チームで花を添えた。堂々たる演唱で、感動的な〈オール・マン~〉を聴かせるウィリアム・ウォーフィールドも圧巻だ。
リハーサル中のマージ&ガワ―・チャンピオン。夫のガワ―・チャンピオンは、後にブロードウェイの振付・演出家として大成した。Photo Courtesy of Marge Champion
 そしてMGM版の白眉は、艶やかな魅力で映画をさらう、ジュリー役のエヴァ・ガードナーだろう。彼女は、ジュリーの持ち歌2曲を自分で歌うべく特訓を重ねた上に、当時交際していたフランク・シナトラ(後に結婚)のアドバイスも受け見事に上達。完成した映画で、その成果を披露するはずだった。しかし公開直前に、彼女の歌は、声質の似た歌手のアネット・ウォーレンに吹き替えられてしまう。私は、前述のマージ・チャンピオンに取材した際(今年101歳で御存命)、興味深い話を聞く事が出来た。
「当時の音楽スタッフやスタジオの首脳部は、主役級の歌唱に対しては厳しくてね。あまりにも完璧な歌唱を要求し過ぎたの。だからエヴァだけでなく、正式に声楽を学んだキャスリン・グレイスンの歌も、高音のパートが不安定だったら、プロのオペラ歌手に吹替えさせていたのよ」
エヴァ・ガードナー(1922~90年)。新作「モガンボ」(1953年)の宣伝で、シャンプーの雑誌広告に登場。代表作は他に「裸足の伯爵夫人」(1954年)など。
■プリンス演出バージョン
 現在発売されている『ショウ・ボート』のサントラCDには、ガードナー自身の歌声と吹替え版の両方を収録。加えて、MGMミュージカルの名場面集「ザッツ・エンタテインメント PART 3」(1994年)では、ガードナーが歌う〈あの人を~〉が収録されているが、さすがに声量には欠けるものの、吹き替える必要などなかった立派なヴォーカルを聴かせる。DVDは、ワンコインの廉価版で簡単に入手可能だ。
現在発売中のMGM版サントラCDは、〈君こそは愛〉や〈何故あなたを愛す〉など、ハワード・キールとグレイスンの息の合ったデュオも聴きものだ(輸入盤かダウンロードで購入可)。
 ブロードウェイでは、1927年の初演以降6回リバイバル。中でも有名なのが、ハロルド・プリンス演出、スーザン・ストローマン振付による1994年の再演版だ(ガーシュウィン劇場で、続演947回のロングランを記録)。大御所プリンスは、この大作を手堅くさばき、登場人物の個性が息づく活気あるプロダクションに仕立て上げた。時代の推移を、ダンスの流行の変遷で巧みに表現したストローマンの振付も秀逸。トニー賞では、最優秀リバイバル賞を始め、演出や振付賞など主要5部門で受賞を果たし、若い観客にも古典ミュージカルの素晴らしさを伝えた。
1994年再演版オリジナル・キャスト録音。マーク・ジャコビィ(ゲイロード)とレベッカ・ルーカー(マグノリア)らキャストが好唱で、改めて楽曲の美しさに唸る(輸入盤かダウンロードで購入可)。
 また、2015年に日本でプレミア上演された、プリンスによるミュージカルの名場面集『プリンス・オブ・ブロードウェイ』(2年後にブロードウェイで限定公演)にも、『ショウ・ボート』のナンバーが挿入されていた。ちなみに日本では、1986年に宝塚歌劇団・雪組が、平みち(ゲイロード)、神奈美帆(マグノリア)、北斗ひかる(ジュリー)らの出演で初演。2015年には、プリンス演出版をベースに、オーバード・ホール(富山市芸術文化ホール)で、岡幸二郎(ゲイロード)、土居裕子(マグノリア)、剣幸(ジュリー)らのキャストで上演されている。
 VOL.4では、ブロードウェイだけでなく、ハリウッドも制覇した作詞作曲家アーヴィング・バーリンの業績を特集しよう。
『プリンス・オブ・ブロードウェイ』(2017年ブロードウェイ公演)より、『ショウ・ボート』のシークエンス。ブリヨーナ・マリー・パーハム(左)とケイリー・アン・ヴォーヒーズ  Photo by Matthew Murphy

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