新・舞踊芸術監督の吉田都に聞く~新
国立劇場バレエ団の新シーズンは名作
『ドン・キホーテ』で華麗に開幕

新国立劇場バレエ団が活気づいている。2020/2021シーズンより吉田都が舞踊芸術監督に就任しバレエ界の内外を問わず注目を集める。サドラーズウェルズ・ロイヤルバレエ(現バーミンガム・ロイヤルバレエ)を経て英国ロイヤルバレエで活躍し、英国で計22年間最高位プリンシパルを務めた世界的名花は昨年2019年8月に引退公演を行い、2020年9月より芸術監督として采配を振る。9月上旬、合同取材が行われ、吉田が新シーズン開幕作品『ドン・キホーテ』の見どころや指導方針、コロナ禍での今後の展望や抱負について語った。
新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』ヴィジュアル (c)Takuya Uchiyama

■就任後第1弾は華やかで楽しい『ドン・キホーテ』
芸術参与として2年の準備期間を経ての芸術監督就任。初シーズンを迎えた感慨をこう話す。
「2年間はあっという間でした。これから4年間の任期の時間はタイトなので、やるべきことをどんどんやっていかなければなりませんが、凄く楽しみでわくわくしています。(コロナ禍に就任したが)こういう時だからこそ、逆に皆さんが劇場をサポートしよう、応援してあげようと思ってくださる空気を感じます」
2020/2021シーズンの開幕は英国時代の恩師ピーター・ライトの振付・演出による『白鳥の湖』新制作の予定だった。だが、コロナ禍の影響で中止に。代わって、さる5月に流れた『ドン・キホーテ』を当初予定の主役キャストで上演する。
「(前舞踊芸術監督の)大原永子先生の思い入れがあるキャストだったんです。デビュー(初役)のダンサーも何人かいますし。これだけの主役キャストが揃うのは日本ではなかなか珍しく、私自身も楽しみにしていたのですがキャンセルになりました。ピーター・ライト版の『白鳥の湖』ができなくなった時に、やはり『ドン・キホーテ』をやるしかないなと。古典中の古典ですし、バレエの醍醐味が詰まっています。クラシックな部分もあれば、演じる部分もあり、ストーリーも楽しめる。この作品で開幕できることを大変うれしく思っています」
スペインを舞台に若いキトリとバジルを中心とした爽やかな恋物語を繰り広げ、豊富な踊りを味わえる『ドン・キホーテ』。新国立劇場では、ロシアのアレクセイ・ファジェーチェフが改訂振付した版を上演している。ちなみに吉田は1999年3月のバレエ団初演時に客演し、キトリのファースト・キャストを務めた。ファジェーチェフ版の特徴・魅力とは?
「『ドン・キホーテ』は人気のある作品で世界中でさまざまな演出・振付がありますが、その中でもファジェーチェフ版はオーソドックス。ご本人もM.プティパの精神に忠実であろうと努めたとおっしゃっています。ザ・ロシア・バレエという感じで華やかですね」
今回の『ドン・キホーテ』は、吉田の目にはどのような舞台になると映るのか。
「踊れない期間があったので、皆舞台に立てること自体がうれしいと思うんですね。踊れる喜びを出してもらえたら。個性豊かなダンサーたちですから、それをそのまま舞台でも出してほしいと思っています。たくさんのキャラクターが出演する『ドン・キホーテ』はちょうどいいのではないかと思います​」
『ドン・キホーテ』のあと12月の『くるみ割り人形』を経て、2021年新春の「ニューイヤー・バレエ」、2月の「吉田都セレクション」、5月のローラン・プティの『コッペリア』、6月の『ライモンダ』と続く。「ニューイヤー・バレエ」では『デュオ・コンチェルタント』(振付:ジョージ・バランシン)を、「吉田都セレクション」では『ファイヴ・タンゴ』(振付:ハンス・ファン・マーネン)、『A Million Kisses to my Skin』(振付:デヴィッド・ドウソン)を新制作。今シーズンのラインナップについて、こう説明する。
「古典中心ですが少しチャレンジも入れ、楽しめるものも加えてミックスしたつもりです。来年1月、2月のプログラムについては、海外から(振付指導の)先生が来られるのかどうかわからないので、オンラインでキャスティングが出来るかどうか模索中です。ただ先生に来ていただけないと苦しい。新しくやるものなので、振付やスタイルなどをきちんと教えてもらわないといけないんです​」
新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』過去の舞台写真 (撮影:瀬戸秀美)

■「楽しんで自由に表現してほしい」
コロナ禍の厳しい状況下だが、冷静に足下を見つめながら先を見据える。
「新国立劇場が立ち上がってから20年以上が経ち、世代がどんどん変わって蓄積もあるので、何かがあった時でもやり様はあります。でも、オリジナル作品が意外と少ないことに気が付きました。バレエ団のカラーを出していくためにも自分たちで大切に育てられる作品が必要です。オリジナル作品としては、(先々代の舞踊芸術監督だったデヴィッド・)ビントレーの時代から(ダンサーたちが振付する形での)「DANCE to the Future」(Choreographic Group)が続き、素敵な作品や面白い作品もあるので、そういうものも上演できると思います」
芸術監督就任直後にダンサーたちとミーティングを行ったという。その際に何を話したのかを問うた。
「一人ひとりが、きちんと基礎ができているのかということを今一度振り返って確認してくださいと話しました。皆、頭ではどうしたらいいか分かっているんですが、体でできていないとやっていることにはならない。今みたいにシーズン始めとかは基礎に立ち返って、ポジショニングや体の使い方を自分でやり直してくださいという話をしました」
バレエミストレスに湯川麻美子(元プリンシパル)が加わり指導陣は新国立劇場出身・現役兼任で固め、教師陣も新国立劇場出身もしくは客演経験もある縁の深い人が集う。今後彼らと共にバレエ団のスタイルをどのように築いていくのか。
「新国立劇場出身の方ですと今までの作品にも出ていますし理解度が違います。英国ロイヤルバレエでもバレエ団で踊っていた方が教師をしています。夏休み中に酒井はなさん(創設時から主役を務めたバレリーナ)にお稽古をつけてもらったりしましたが、いい刺激になったと思います。私はカンパニーの初期を知っていますが、この20数年でとても素敵なバレエ団になりました。主役を踊ることができるダンサーが揃ってきていますし、これからは成熟していくのではないでしょうか。オリジナル作品をどんどん創り、世界に発信できるようなカンパニーにしていければ。海外公演にも行きたいです」
ダンサーとの接し方・コミュニケーションの取り方にも心を配りたいと意欲的だ。
「自分がダンサーだった時、どういうアドバイスが助かったか、どういう感じだと自由に踊れたかを考えます。先生方が基本や技術的なことを細かく見てくださるので、私は演じ方・魅せ方に意識がいきます。たとえば二人で踊る時、技術的なことを細かく合わせることは大切ですが、それでガチガチになってほしくないんですね。リラックスして、お互いに楽しめるような感じにもっていってほしい。自由に表現してほしいですね」
そうした点が、演劇的でドラマティックな演目の印象が強い英国仕込みならではないかと水を向けられると「そうかもしれないですね」とうなずく。
「マイムのタイミングや手の出し方が気になるんです。焦ってマイムをやりがちだったりします。それから形から入るのは必要ですけれど、マイムを形でやってしまうと……。気持ちから入ってほしいところを形でやると、会話がぎこちなくなります。でも、そこを慣れれば、自然な感じで、より伝わりやすくできる。ちょっとしたタイミングなので、すぐに学べると思います」
新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』過去の舞台写真 (撮影:瀬戸秀美)

■「大変な時期だからこそチャレンジを」
最初のシーズンにオーディションで採用した新規団員は契約ダンサー2名(いずれも女性)、登録ダンサー2名(男女各1名)の計4名で、そのうち3名が新国立劇場バレエ研修所の修了生。どのようにしてダンサーを採用し、今いるダンサーと一緒に育てていく方針なのかを聞いた。
「オーディションは凄く難しかったです。踊れればいい、というのではないんですよね。皆のなかでなじめるとか、バレエ団でどのようにやっていけるのかを見てしまいます。新国立劇場バレエ団は女性も身長が大きいので、コールドバレエは小さい子だと難しかったりするのですが、若い子をじっくりと育てたいですね。海外で踊っている人には日本の環境が厳しいので、できることなら海外で頑張って……と言いたくなりますが、皆自分の国に戻ってきたいのだなということは感じます。あと、お稽古のエクササイズのピックアップする速さや間違えないでできるかなども見ます。バレエ団の仕事では、振りを覚えて皆と同じようにやらなければいけないので、それができないと難しくなります。ダンサーとして凄くよくても集中できない方は採りづらかったりするんですね」
会見や取材の度にダンサーたちの環境や待遇の改善を訴える。具体的に進めていること、少し先に変えたいと考えていることを挙げてもらった。
「ダンサーたちの居場所が劇場のなかにないんです。朝から晩まで劇場内で仕事をしているのにウォームアップする場所もないんですね。どうにかグリーンルームみたいなものを探しました。廊下にカーペットを敷いてもらいストレッチができるようにもしました。あとフィジオ(治療室)に一台エクササイズマシーンを入れました。今のところはできるだけお金をかけず、すでにあるものを工夫して頑張っています。劇場側も協力してくださっています。私が育った英国ロイヤルバレエは恵まれていましたが、じょじょに変わってきたので、ここでもできるところからこつこつと変えていきたいです。それから、お稽古が始まる30分前にしかスタジオに入れないのですが、せめて1時間はほしい。そこをお願いしています。ダンサーが少しでも稽古に入りやすいように、リハーサルしやすいようになれば」
バレエを知らない人や子どもたちにもっとバレエを広めていくことも目標に掲げる。最後に、その点も踏まえた上で今後の抱負を述べた。
「『ドン・キホーテ』では、新たな試みとして動画の有料配信を行います(10月31日(土)18:30公演を収録)。リハーサル風景を生配信するなど普段は見られないところも見てもらい、興味をもっていただけるような作り方をします。日本全国にお住まいの方にご覧いただけます。シーズン中にエデュケーションとして「バレエはこのように創るんですよ」といった舞台創りの裏側を見ていただけるイベントも劇場で出来たらよいと思っています。今この時期に少しでもできることをやっていくしかないです。そういうことができるのは、大変な時期だからでもあるんですよね。そこを上手に使ってチャレンジしていきたいです」
新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』ヴィジュアル (c)Takuya Uchiyama
取材・文=高橋森彦

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