ミュージカル『VIOLET』観劇レビュー
(優河ver.)「だから、行こう」

劇場で”奇跡”を目の当たりにすることがある。

『VIOLET』でタイトルロールを演じる優河との邂逅がまさにそれだった。
梅田芸術劇場とチャリングクロス劇場(英国)との共同プロジェクトとして4月に上演されるはずだったミュージカル『VIOLET』。本作も他の多くの舞台作品と同じように延期を余儀なくされ、9月の3日間、5公演のみの上演となった。ここではふたりのヴァイオレット役(唯月ふうか/優河)のうち、優河登場回について書いていきたい。
舞台は1964年のアメリカ南部。13歳の時に父親(spi)の不注意による事故で顔に大きな傷を負ったヴァイオレットは、テレビで見た”すべての傷を治す”伝道師(畠中洋)に会って美しい顔に生まれ変わるため、長距離バスで1500kmの旅をする。その途中で彼女は黒人兵士のフリック(吉原光夫)や白人兵士のモンティ(成河)、少しクセのある老婦人(島田歌穂)らと出会い、彼らとつかの間の時間を共にするーー。
『VIOLET』(撮影:花井智子)
物語は現在のヴァイオレットが過ごす時間と、彼女の少女時代の回想とがリンクする形で進行するのだが、冒頭にも書いた通り、ヴァイオレット役の優河がとにかく素晴らしい。舞台に現れた瞬間から、孤独な手負いの獣のように生きてきた彼女の足跡(そくせき)がはっきり見える。そしてその声……!哀しさと怒りと諦めと希望とがすべて内包されている彼女の声でせりふが語られ、エモーショナルな旋律が歌われるさまをを観ていると、客席にいる私たちもヴァイオレットと同じ長距離バスに乗って旅をしている気持ちになる。ミュージカル界はとんでもない才能を見つけてしまった。
これまでおもにシンガーソングライターとして活動してきた優河だが、舞台出演は今回が初。きっとこれから、多くの作品に出演することになるだろう。
『VIOLET』(撮影:花井智子)
ヴァイオレットと同じバスに乗り合わせる黒人兵士・フリックを演じる吉原光夫。1964年という時代、そしてアメリカ南部という土地で、日常的に差別を受けてきた黒人の役を時にダイナミックに、そして時に繊細に魅せる。みずからが黒人であることを意識しながら、顔に傷を受けたヴァイオレットや白人のモンティとそれぞれの関係を築いていく芝居の響かせ方はさすがだ。フリックが100%正しいだけの人間でも、ヴァイオレットをただケアする王子のような存在でもない造形が非常にリアルであった。しかし吉原は”神”と縁がある役を演じることが多い。そしていつも劇世界に多大な説得力を生む。
フリックの兵隊仲間・白人のモンティ役の成河。嘘ではないのだが真実とも違う言葉をヴァイオレットにささやく浅薄さや、いつ来るかわからない彼女をバス停で待つある種の純粋さ……その両面を持つ青年をストレートに演じる。フリックの「その約束を破った時、彼女は2倍苦しむんだぞ」という投げ掛けに対し「でも、苦しむ時、俺はそばにいないから」とサラっと答えるところにモンティという人物のひとつの答えがあるようにも思う。普通という言葉が適当かはわからないが、モンティは私たちのすぐ隣にいる人間なのだ。

『VIOLET』(撮影:花井智子)
この3人と少女時代のヴァイオレット(稲田ほのか/モリス・ソフィア)以外のキャストは複数の役を演じるのだが、中でもベテランの力量を見せつけたのが島田歌穂である。

フリックにわかりやすい差別感情を見せ、息子の家に引っ越すと語りながらまったく幸福そうに見えない老婦人。そこからメンフィスの娼婦に早替わりし、強いボーカルを響かせたと思ったら、ヴァイオレットの妄想の中にまた老婦人として登場する。さらにボブヘアーで現れ、エリアンナや谷口ゆうなとともにゴスペルを歌い上げる場面の迫力は満点だ。こんなことを彼女に対して書くのは逆に失礼かもしれないが、舞台袖への去り際、客席から姿が見えなくなる瞬間までその時演じている役をきっちりまとう姿は見事だった。

『VIOLET』(撮影:花井智子)

こと舞台芸術において観客が「テーマ」を必要以上に読み取ろうとするのは愚かなのかもしれない。だが『VIOLET』にはそうせざるを得ない力がある。娘の顔に傷をつけてしまった父親、カリスマであることに疲れきっている中年男性、ベトナムに飛ぶことを誇らしげに語る白人兵……
人はわかり合えない。『VIOLET』の起点はそこだ。が、その起点から一歩を踏み出せば何かが変わる。何かが動く。顔と心に傷を受け、片田舎で孤独に生きてきたヴァイオレットが長距離バスの旅をしたことでフリックたちと出会い、死んだ父親に少女の頃から言えなかった言葉をぶつけたことで心の傷がひとつ癒えたように。

『VIOLET』(撮影:花井智子)
『VIOLET』で描かれるタペストリーのような世界。旅の始まりには”点”の集合体でしかなかった登場人物たちが、次第に”線”を構築していくさまは人生の縮図である。人は他者とのかかわりによって影響を受け変わってゆく。長距離バス=盆舞台に呼応するように吊られた巨大なオブジェは、彼らを見つめる神の目なのだろう。

今回はプロセニアムでの公演となったが、いつか本来の上演形態、シアター・オン・シアター方式で彼らと一緒に旅をしたい。そして旅の終わりに同じバスに乗り合わせた観客同士で語り合いたい。これはそんなミュージカルだ。
取材・文=上村由紀子(演劇ライター)

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