浮世絵の名品約450点がずらり! 『
The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵
コレクション』開幕レポート

東京都美術館の特別展『The UKIYO-E 2020 ―日本三大浮世絵コレクション』が、7月23日(火・祝)から9月22日(木・祝)まで日時指定入場制で開催中。本展覧会は、質・量ともに日本三大浮世絵コレクションと言える太田記念美術館、日本浮世絵博物館、平木浮世絵財団の所蔵する名品から、厳選された約450点が前期・後期にわたり展示される。墨一色で摺られた初期のものから始まり、幕末の浮世絵までを通覧できる構成だ。各時代に活躍した約60名の絵師が登場する点も見逃せない。
「浮世絵の名品は海外へ流出してしまったというイメージをお持ちの方もいるかもしれませんが、日本国内にも素晴らしいコレクションがあります」そう語るのは東京都美術館の学芸員・髙城靖之氏だ。22日に開催されたプレス向け内覧会より、見どころをレポートする。
■初期浮世絵は墨一色から
浮世絵とは“浮き世を描いた絵”のこと。もとは肉筆画と版画があったが、版画として摺られたものが庶民に広く手軽に渡り、人気を博した。本展覧会は、浮世絵版画の祖・菱川師宣の《若衆と娘》からはじまる。黒一色で摺られた「墨摺絵」と呼ばれる初期の浮世絵であり、このころは注文を受けてから工房で、筆で色をつけていたという。
菱川師宣 《若衆と娘》平木浮世絵財団(前期展示)
初代市川団十郎が歌舞伎の荒事の代表的な演目『暫(しばらく)』を演じているところを描いたのが、重要文化財にも指定されている鳥居清倍の《初代市川団十郎の暫》だ。現在の舞台で見るものとは異なる装束やヘアスタイルが興味深い。もちろん、袖にあしらわれた三升紋など、変わらない要素も見ることができる。
鳥居清倍 《初代市川団十郎の暫》重要文化財 平木浮世絵財団(展示期間:7月23日〜8月10日)
鳥居清忠の《浮絵劇場図》では、二代目団十郎が『暫』の拵えで、花道から登場したところを見ることもできる。
鳥居清忠《浮絵劇場図》重要美術品 平木浮世絵財団(前期展示)
■錦絵の誕生
美しい版画を目指すうちに多色摺りの技術も進んでいく。多色摺りの浮世絵版画は錦のように鮮やかなことから「東錦絵」と呼ばれ、この錦絵の登場と同時期に活躍した絵師が鈴木春信だ。
《浮世美人寄花》は江戸で評判の遊女や看板娘をモデルに描き、花にちなんだ和歌を添えたシリーズ。品川遊郭の松坂屋の遊女・野風に、藤の花を詠んだ和歌が添えられている。春信の美人画は、次世代の絵師たちに大きな影響を与えているという。
鈴木春信《浮世美人寄花 南の方 松坂屋内野風》太田記念美術館(前期展示)
展示風景
■美人画・役者絵の展開
第3章では、鳥居清長による美人の群像図や喜多川歌麿の大首絵、東洲斎写楽の役者絵などが展示されている。
鳥居清長の描く女性は、すらりと長身小顔だ。《大川端夕涼み》に登場する3人のうち左の女性にその特徴がよく表れており、中央の女性の胸元や、右手の女性の脚の肌は色っぽく描かれている。大川とは今でいう隅田川の下流のこと。本作は40年ぶりに一般公開され、8月10日までの展示となるので、気になる方は早めの来館を。
鳥居清長《大川端夕涼み》重要文化財 平木浮世絵財団(展示期間:7月23日~8月10日)
喜多川歌麿が描いた美人大首絵《冨本豊ひな》。豊ひなは“寛政の三美人”のうちの1人で、当時アイドル的な人気があったという。背景には、雲母という鉱物の粉末を使った「雲母摺(きらずり)」と呼ばれる技法が施されており、近寄ってみると、そのきらきらとした風合いが豊ひなをより一層引き立てていることがわかる。
喜多川歌麿《冨本豊ひな》太田記念美術館(前期展示)
東洲斎写楽の浮世絵は、前期に10点・後期に9点展示される。その中から『曽我物語』の1シーンを描いた《曽我五郎と御所五郎丸》を紹介する。浮世絵版画は、1つの図案あたり200枚単位で摺り始め、人気に応じ1,000枚、2,000枚と版を重ねられた。中には1万枚摺られた大ヒット作もあったとか。《曽我五郎と御所五郎丸》は当時200枚単位で摺られたことが予想されるが、現在存在を確認できるのはこの一点のみなのだそう。
東洲斎写楽《曽我五郎と御所五郎丸》重要美術品 平木浮世絵財団(前期展示)
歌舞妓堂艶鏡(えんきょう)の《三代目市川八百蔵の梅王丸》は、思わず足を引き留められるイケメン役者絵。艶鏡は歌舞伎狂言の作者であり、絵師としての活動期間は1年足らずのため、現在確認されているのは7点の役者絵のみだ。
歌舞妓堂艶鏡《三代目市川八百蔵の梅王丸》太田記念美術館(前期展示)
■多様化する表現
文化・文政期になると、描写の緻密さやデザイン性が高まり、盛り込まれる工夫もますます多様化していく。美人画においては、菊川英山が「人形顔」と称される一つのスタイルを生み出し、その弟子である渓斎英泉はそれをさらに推し進めた妖艶な描写で人気を博した。
渓斎英泉《今様花鳥風月》日本浮世絵博物館(前期展示)
浮世絵版画は、絵師だけでなく彫師、摺師がいて成り立つもの。その三者の緻密な仕事ぶりを知る一例として、歌川国貞の《星の霜当世風俗 蚊やき》を見てほしい。蚊帳の中に入ってきた蚊を火で焼いているところを描いている作品で、女性の横顔や腕、指の美しさにも惹きつけられるが、その絵が筆による描写でもエッチングでもなく、版木を彫り残して蚊帳のラインを描いていることに驚かされる。蚊帳の下にのぞく団扇に描かれているのは、助六の拵えをした三代目尾上菊五郎だと言われている。
歌川国貞《星の霜当世風俗 蚊やき》太田記念美術館(前期展示)
浮世絵といえば今では美術館で鑑賞するものだが、当時は庶民にとって身近なものだった。たとえば団扇の骨組みに浮世絵を貼り、使用して傷んできたら好みの絵に張り替えるなどされていた。歌川国安の《水滸伝豪傑百八人之個 矮脚虎王英 扈三娘一丈青》は、団扇として切り抜かれる前の状態を見ることができ、水滸伝のキャラクターが色鮮やかに描かれている。
歌川国安《水滸伝豪傑百八人之個 矮脚虎王英 扈三娘一丈青》日本浮世絵博物館(前期展示)
■自然描写と物語の世界

浮世絵の歴史を辿る本展覧会を締めくくるのは、第5章「自然描写と物語の世界」。葛飾北斎の《富嶽三十六景》や歌川広重の《東海道五拾三次之内》などの大ヒットシリーズが、新しい時期に登場したものと分かる。日本独自の気象の変化を取り込んでいる点が特徴であるとし、雨、風、雪、月など気象の要素を盛り込んだ絵が紹介されていた。単なる説明的な風景画ではない、絵師の遊び心や卓抜したデザイン性を見ることができる。近年人気が高まる歌川国芳も、この時代に活躍した。武者絵の躍動感や戯画のユーモアは、説明不要のエンタテインメント性に溢れている。
会場風景
《冨嶽三十六景 凱風快晴》などを2枚並べて鑑賞できる点も興味深い。よく見れば、たとえば赤い富士山の山肌にのこる版木の木目が異なっていたり、グラデーションに違いが見られたりし、同じ絵であってもどこか雰囲気が違って見える。コンディションの良いものを並べて鑑賞できる体験は貴重だ(前期のみ。後期は各作品1点ずつの展示)。
会場風景
葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》左から平木浮世絵財団、日本浮世絵博物館(前期展示)

■浮世絵の楽しみが広がる
エントランスで貸し出しを行なっている音声ガイドのナビゲーターは声優の杉田智和が務めており、スペシャルトラックには講談師の神田伯山が登場。物語のほんの触りだけではあるものの、「中村仲蔵」や「百物語」を読む伯山の声は、目の前の浮世絵の世界を一気に押し広げてくれるだろう。
葛飾北斎《百物語》シリーズ展示風景
東京都美術館の特別展『The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション』は、7月23日(火・祝)から9月22日(木・祝)まで。来場の際は、日時指定入場券の事前予約(展覧会公式サイトからのみ購入可能)をお忘れなく。
取材・文・撮影=塚田史香

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