広島の原爆に散った劇団「桜隊」、新
たに“再結成”へ~8月6日には桜隊の
慰霊法要

今年(2020年)8月15日、75年目の終戦記念日を迎える。史上初の原子爆弾が広島に投下されたのが、9日前の8月6日である。1945年のその日、折しも爆心地の至近距離に滞在していた劇団があった。その名を「桜隊」といい、そこにいた9名全員が原爆の犠牲となり命を失った。そんな彼らの遺志を継ぎ、このほど「移動演劇桜隊」という名で“再結成”が果たされることとなった。
もちろん、“再結成”とはいっても、参加するのは全員が戦争経験のない世代の俳優たちである。「桜隊原爆忌の会」事務局の運営を長年担当してきた青田いずみを主幹とし、椎名友樹(しいなともき)・磯谷雪裕(いそがいゆきひろ)・盛山小春(もりやまこはる)が、現時点における正式メンバーとして名を連ねる。当初は、今年8月6日に「桜隊」の慰霊法要と併せ予定されていた「追悼会」において演劇活動の立ち上げを発表する計画だったが、長引くコロナ禍により断念。新「桜隊」の正式な初演は、来年(2021年)8月6日に再開する、五百羅漢寺での追悼会を予定している。新しい「桜隊」が、かつての「桜隊」に演劇を献上してからの活動開始である。戦争、原爆によって断たれた自由社会への演劇。その遺志を、新しい俳優たちで継承していく。
新たな「桜隊」のメンバー(左から)椎名友樹、磯谷雪裕、盛山小春 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
「桜隊」の前身は「苦楽座」といい、築地小劇場(および新築地劇団)出身の薄田研二と丸山定夫、そして藤原釜足、徳川夢声らによって、戦時下の1942年に結成された(三谷幸喜による『大地』の冒頭において築地小劇場へのオマージュとして銅鑼が鳴らされるが、実際に築地小劇場の第1回公演『海賊』で銅鑼を鳴らしたのが、後に「新劇界の團十郎」との異名をとり、桜隊を率いることとなる丸山定夫その人だった)。その後「苦楽座」はメンバーの変動を経て、1945年1月には、大政翼賛会の設立した日本移動演劇連盟の傘下に組み込まれる。
桜隊の前身、苦楽座移動隊の記念写真(1945年1月) (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
(写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
大空襲によって東京中の劇場が灰燼に帰した同年3月、連盟より地方への疎開を命じられ、4月「桜隊」と改称、6月に丸山定夫ら15名が広島に赴いた。8月6日に広島の宿舎に滞在していたのは丸山定夫、園井恵子(元宝塚スター)、高山象三(薄田研二の長男)、仲みどり、森下彰子、羽原京子、島木つや子、そして裏方の笠絅子、小室喜代の計9名だった。午前8時15分、新型爆弾の投下によって5名(森下、羽原、島木つ、笠、小室)は現地で即死あるいは焼死。命からがらその場を脱出した4名(丸山、園井、高山、仲)もほどなくして亡くなり、劇団は事実上、全滅した。
原爆に散った桜隊9名(丸山定夫、園井恵子、高山象三、仲みどり、森下彰子、羽原京子、島木つや子、笠絅子、小室喜代) (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
この「桜隊」の物語は、書籍、映画、演劇などで数多く描かれてきている。現在入手しやすい書籍としては、『戦禍に生きた演劇人たち』(堀川惠子著)や『流れる雲を友に 園井恵子の生涯』(千和裕之著)などがある。映画では『さくら隊散る 』(新藤兼人監督)や、大林宣彦監督の遺作で2020年7月31日より公開中の『海辺の映画館―キネマの玉手箱』など。また、演劇では『紙屋町さくらホテル』(井上ひさし作)、『残花-1945 さくら隊 園井恵子-』(詩森ろば作)が、つとに知られる。
園井恵子の貴重な写真 (写真提供=園井恵子を語り継ぐ会)
【動画】大林宣彦監督『海辺の映画館-キネマの玉手箱』予告編

なお、終戦後の1946年には、築地本願寺にて移動演劇連盟や演劇界、映画界と一般などによる桜隊合同慰霊祭が営まれた。1952年には、苦楽座時代に苦楽を共にした徳川夢声の呼びかけにより多数の関係者の協力を得て、東京・目黒の五百羅漢寺に「桜隊原爆殉難碑」が建立された。
1952年、徳川夢声らの尽力によって目黒の五百羅漢寺に建立された原爆殉難碑 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
そして1975年に第1回「桜隊原爆忌」がおこなわれ、「桜隊原爆忌の会」が結成される。初代会長は佐々木孝丸・藤原釜足。続いて小沢榮太郎、滝沢修、浜村純、中村美代子、神山寛が歴代会長を務め、毎年「追悼会」を開催してきたが、2018年よりスタッフの高齢化などにより「追悼会」は休止となる。2019年に組織の存続について話し合いが持たれ、「移動演劇桜隊平和祈念会」と名称を改め法人化を準備するとともに、「移動演劇桜隊」として演劇をおこなっていくことが決まった。そのうえで、2020年に「追悼会」が再開される予定だったが、前述のとおりコロナ禍により見送りとなった(碑前法要は例年通り、8月6日午前8時から目黒の五百羅漢寺にて行われる)。
「桜隊原爆忌」碑前法要 2019年 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
「桜隊原爆忌」焼香 2017年 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
「桜隊原爆忌」2011年 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
「桜隊原爆忌」2015年 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
冒頭に述べた、新たな「移動演劇桜隊」は、2021年の活動開始に向けて着々と準備が進められている。そこで、改めて現時点におけるメンバーを、ここに紹介する。
主幹は青田いずみ(58)。劇団文化座で全国公演に携わった後に、〔劇団ぐるーぷ・ふらいぱん〕を結成。同劇団解散後は、俳優・朗読・司会・舞台コーディネーター等を務めながら、演技や所作指導の活動を行なってきた。また、日本舞踊・林流千永派の師範名取「林 千泉」としても活動。桜隊原爆忌の法要と追悼会には20代の頃よりスタッフとして係わり、長年、会を支えてきた。「平和祈念会」への移行に際しても、「追悼会」再開と、新たな「桜隊」の演技指導、舞台演出を担う。
青田いずみ演出作品『2つの3月の祖母(とわ)』ゲネプロより (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
現時点で俳優は3名。まず一人目が椎名友樹 (神奈川県出身、45歳)。洗足学園音楽大学で打楽器を学び、プロのマリンバ奏者となる。その一方で、舞台俳優、プロデューサーの顔も併せ持つ。2009年、音楽事務所 Projeto Musical SORRIR(プロジェット ムジカル ソヒール)を設立。2015年より、舞台俳優としても活動を開始。現在は音楽と演劇の融合作品をプロデュース。2020年3月、東京大空襲を題材とする舞台『2つの3月の祖母(とわ)』(青田いずみ演出)に出演予定だったがコロナ禍で中止となり、それをきっかけに「桜隊」再結成プロジェクトに参加することとなった。
椎名友樹 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
二人目の俳優が、磯谷雪裕(神奈川県出身、37歳)。山口大学工学部在学中に芝居に興味を持ち、大阪の劇団東俳に1年間通う。大学卒業後、演劇集団円の養成所に1年、加藤健一事務所の養成所に3年通い、フリーの俳優活動を経て、やはり『ふたつの3月の祖母(とわ)』に出演する予定だったが中止となり、今回「桜隊」プロジェクトに参加を決めた。
磯谷雪裕 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
三人目は、紅一点の看板女優、盛山小春(東京都出身、27歳)。動物関連の専門学校に通いながら演劇に興味を抱き、「劇団ANDENDRESS」の生徒として1年間、演技、殺陣、ダンスを習う。その後フリーとして活動。近年はシリアスからコメディまで幅広い役柄をこなし、主演を務めることもしばしば。彼女も『ふたつの3月の祖母(とわ)』に出演予定だった。
盛山小春 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
いま多くの演劇関係者たちは先の見えないパンデミックに遭遇し、このうえなく打ちひしがれている。しかし、戦時下の演劇人たちもまた、軍部の弾圧と敵国からの攻撃に遭いながら地獄のような状況の中で苦しみもがいた。とりわけ「桜隊」には原爆という最悪の不幸が襲った。そんな彼らの足どりを確かめていくことで、現代の私たちに何ができるのか、ヒントを学ぶことができるかもしれない。また、原爆に散った「桜隊」の再結成を通じて、私たちは演劇再生のヴィジョンを何らか見出すことができるかもしれない。ただし、「移動」という概念自体は、いまの時代においてはリスキーであろう(特に地方に対しては)。その意味では「移動演劇桜隊」が、75年前のアナログな「移動」とは異なる、新たな「移動演劇」論を如何に提示できるか、注視をしていきたい。
『2つの3月の祖母(とわ)』ゲネプロより(左から)盛山小春、椎名友樹、磯谷雪裕 (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)
『2つの3月の祖母(とわ)』ゲネプロより (写真提供=移動演劇桜隊平和祈念会)

文=安藤光夫(SPICE編集部)

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