内村イタル率いるゆうらん船が示す“
僕らの時代”のポップミュージック【
SPICE×SONAR TRAXコラム vol.9】

シンガーソングライター・内村イタルを中心に結成されたゆうらん船。先行配信された「Chicago, IL」「鉛の飛行船」「山」等を含む1stアルバム『MY GENERATION』によって、音楽ファンの間で少しずつ、そして、確実に評価を高めている5人組バンドだ。
ゆうらん船を紹介する前に、まずは内村イタルのこれまでのキャリアについて触れておきたい。1994年生まれの内村は、憂歌団中村一義、ベックなどを好む音楽好きの家族に囲まれながら育ち、中学時代からバンド活動をスタート。2012年に閃光ライオットに出場し、審査員特別賞を受賞。その2年後に内村イタル&musasavibandとしてミニアルバムを発表し、本格的な活動をスタートさせた。その音楽性の中心にあったのは、古き良きフォーク、カントリー、ブルースなどを基盤とした日本語のポップス。豊かなルーツミュージックの滋味をたっぷり吸収し、オルタナティブな要素を加えながら──くるり、ベック、ウィルコなどがそうであったように──現代的なポップミュージックに結び付けるセンスと技術は、コアな音楽ファン、音楽系メディアなどを中心に大きな話題となった。
シンガーソングライターとしての活動の傍ら、ロックバンドGateballersにサポートギタリストとして参加するなど、表現の幅を広げていた内村がゆうらん船を結成したのは、2016年。メンバーは、内村の中学校時代からの友人である伊藤里文(Key)と小学校時代からの友人である永井秀和(Pf)、そして、本村拓磨(B/Gateballers、カネコアヤノband)、砂井慧(Dr/Wanna-Gonna)。東京藝術大学作曲科出身の永井は、作曲家、編曲家として幅広く活躍。伊藤、木村、砂井も日本のインディーシーンを中心に活動している優れたプレイヤーだ。内村イタルのオーセンティックにしてアバンギャルドな楽曲、独創性とテクニックを併せ持ったメンバーのアンサンブル、さらに00年代後半以降のオルタナR&B、ヒップホップ、エレクトロの要素を加味し、独自のスタイルを模索してきた彼ら。その最初の成果とも言えるのが、1stフルアルバム『MY GENERATION』なのだと思う。
と、こんなふうに説明すると「なんだか小難しそうだな」と思われるかもしれないが、ゆうらん船の音楽はまったく頭でっかちではなく、むしろ自然発生的な豊かさ、土着的な心地よさに溢れている。つまり、純粋に気持ちいいのだ、彼らの音楽は。そのことを端的に示しているのが、先行配信曲「Chicago, IL」。ゆったりと揺れるグルーヴ、酩酊感とポップ感を併せ持ったメロディ、まったく異なる手触りのサウンドを結び付けたアレンジ。この曲には、ゆうらん船のオリジナリティがたっぷりと込められている。
「Chicago, IL」は牧歌的な響きのアコースティックギター、“夕べはどこへ行ってたの?/君がどこかへ行ったから”というフレーズではじまる。カントリーミュージックの香りが漂う音像、友達同士のちょっとした気持ちのすれ違いを詩的に綴った歌をゆったり味わっていると、重心低めのビート、シンセベース、浮遊感溢れる電子音などが混ざり合い、すこしずつ楽曲の形が変化していく。さらに2分過ぎにサウンドが大きく変貌。70年代のアシッド・フォーク、サイケデリック・ロックを想起させるサウンドが響き渡り、ドラマティックに展開していく。フォーキーな歌モノとプログレ感のあるアレンジを結び付けてしまう自由度の高さもまた、このバンドの魅力だろう。
曲名に「Chicago」が入っているのも興味深い。歌詞との関連はまったくわからないが(すいません)、この曲のサウンドメイクには、90年代のシカゴ音響系の影響を感じ取ることができる。トータス、ザ・シー・アンド・ケイクなどを中心に、ポストロック、ジャズ、現代音楽などを融合させた実験的なポップミュージックを創出したシカゴ音響系のスタイルは、異なる背景を持つメンバー同士の化学反応に裏打ちされたゆうらん船の音楽とも重なっていると思う。
レイドバックしたビートと硬質なシンセベースを軸にしたトラックとともに、寓話的であり、ディストピアSFのようでもある歌がゆったりと広がる「鉛の飛行船」、スタンダード然としたサウンド、優しさと孤独を内包した内村の歌声が溶け合う「青い鳥」。アルバム『MY GENERATION』の収録曲には、様々な時代、幅広いジャンルの音楽が偶発的に混ざり合うことで生まれる、不思議なハイブリッド感が漂っている。20代半ばのメンバーがこれまでに聴いてきた音楽、体験してきたこと、そのなかで得た感情や価値観を融合させながら、独自のストラクチャーを備えたポップミュージックに辿りついたゆうらん船。『MY GENERATION』というタイトルにふさわしい、2020年におけるもっとも豊かな音楽がここにある。
文=森朋之
「Chicago, IL」Studio Live

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