Keishi Tanakaの期間限定有料ストリ
ーミングライブ『The Smoke Is You
Release Tour at Your Home』で見た
、彼のさらなる強さとしなやかさ

『The Smoke Is You Release Tour at Your Home』2020.6.11(THU)チケット制ストリーミングライブ
2020年6月11日。関東甲信・北陸などの梅雨入りが発表され、自粛の春から季節が確実に一歩進んだその日、Keishi Tanakaの有料ストリーミングライブ『The Smoke Is You Release Tour at Your Home』の配信がスタートした。その模様をレポートしたいと思う。
今まで当たり前過ぎて疑問にもならなかったライブの在り方が問われるようになったこの春、誰よりも日本全国へ赴いて自分の音楽を自分のやり方で直接伝えることをライフワークとしてきたKeishi Tanakaにも、「どうしていくか」の問いは突きつけられた。
ウイルスが流行を始める直前に制作されたKan Sanoとの共作曲「The Smoke Is You」をリリースし、世界の動向を見据えつつ企画された全国11カ所を回るリリースツアーはやむなく中止のアナウンスとなったが、その後もバンドメンバーやスタッフと話し合い試行錯誤を続け、中止発表から数日で有料ライブ配信の発表まで辿り着いたのは、彼自身のフットワークの軽さと柔軟な精神(+スタッフの素晴らしいサポート)のなせる技としか言いようがない。“withコロナ”という新時代に提案されたKeishi Tanakaだからこその音楽の届け方がここにあった。
『The Smoke Is You Release Tour at Your Home』 Photo by 山川哲
レポートを始める前に、コロナ禍においてのKeishi Tanakaが「強さとしなやかさを増した」ことについて触れておきたいと思う。2月ごろから、彼のライフワークともいえるライブの数々は例に漏れず延期・中止となっていった。そんな日々の中でも、インスタライブを通して歌ったり、グッズの販売情報をアップしたり、Kan Sanoとの共作をデジタルリリースを行ったりと、精力的に動き続けていた。そして4月下旬にはコンテンツ配信サービス・noteを開始して、ライブ音源のリリースからスタート。
その後、note限定でリリースされた新曲「Fallin’ Down」は、参加メンバー全員がホームレコーディングという形をとって制作された。さらに驚いたのはデジタルブックレットを公開して、Keishi Tanakaが綴った文章やカメラマン・山川哲矢の写真が楽しめるのはもちろん、そのコンテンツをセルフ印刷することでポスターやzineを作れるというステイホーム底上げ効果抜群のオマケ付き。
勢いに乗ったKeishi Tanakaは止まらない。noteでラジオ番組をスタートさせ、さらに5月下旬にもnote限定で「揺れる葉 feat.oysm」をリリースするなど、置かれた状況にあがらわず、真摯に音楽活動を続けている。そんな印象を受けていた。
手探りでやれることを模索する中、収束していて欲しいという希望も含めて開催準備が進められていた『The Smoke Is You Release Tour』は、5月の下旬に中止という決断に。延期ではなく、中止。チケットを購入していたファンの心中はいかほどか……と思っていた数日後、ライブを配信すると発表したのである。
新たなアイデアを提示してくれるスピード、軽やかさ。すべてにおいて柔軟だなあと感心しきりだったこのライブ配信は、電子チケットサービスを利用した有料配信で、ツアーを予定していた6月11日(木)~7月3日(金)までの期間中は何度でも視聴することが可能。事前にツアーチケットを購入していた場合、そのままそのチケットを使って配信を観ることができ、差額分はライブのセットリストをプリントした今回のツアーTシャツをセットにしたり、購入済みのチケットを払い戻してライブ配信チケット(1,500円)を新たに購入することもできるという選択肢が用意されている。さらに予定していたツアーの全日程において毎夜21時スタートで、Keishi Tanaka本人のInstagramアカウントよりインスタライブ+トークも行われる。
ね? 驚くほどしなやか。この状況下においても、こんなにもやれることがあるとは。そんな彼がどんなライブを我が家へ届けてくれるのだろう。期待と共に配信初日、『The Smoke Is You Release Tour at Your Home』の再生ボタンを押した。
『The Smoke Is You Release Tour at Your Home』 Photo by 山川哲矢
無機質な打ちっ放しの大きな空間が映し出される。壁には大きなアートウォール、無骨なフェンスを使ったパーテーションや大きなソファ、自転車も飾られた室内はまるで男たちが集う秘密基地のようだ。
画面の一番手前にはKeishi Tanakaの後ろ姿が映っている。ここでもうすぐライブが始まるらしい。一番奥まで進み、アコースティックギターを手に取ると「夜の終わり」でライブは静かにスタートした。ゆるやかなギターの音に乗せて、優しく伸びやかな歌声が響く。ライブハウスだったらジャーンと華やかなオープニングになったのかもしれないが、「at Your Home」ならではともいえる柔らかな始まり。Keishi Tanakaの表情にフォーカスしていたカメラがスタジオ全体を捉えるまでに引くとドラムの小宮山純平とベースの田口恵人(LUCKY TAPES)も登場。このツアーを一緒に回るはずだった3人編成で、幻となったツアーの雰囲気もそのままに配信しようという試みだ。
Keishi Tanaka Photo by 山川哲矢
ゆるやかに始まったオープニングから一転、ドラムのリードと「田中啓史です、よろしく!」との幕開け宣言でライブで人気の「Just A Side Of Love」へ。誰が紗羅マリーパートを歌うのか高まる中、この日はベースの田口恵人がキー高めの紗羅マリーパートを歌い上げる。それを横目に、他のメンバーふたりが笑いを噛み殺している。そんな風景もこれまでのライブで見たことがある“いつもの”光景だ。そして曲は「雨上がりの恋」へと続く。梅雨入りしたこの日にピッタリの曲で、「気持ちのいい夜が始まった」という素敵な予感を煽ってくれる。
しかしここまで観て、すごく驚いた。「ライブを観ている気がしない」のだ。や、すごくいい意味で! ……というのも、ライブドキュメンタリーを観ている感覚と言う方が正しい気がしたからだ。今回のライブは先述した通りライブハウスではなく、東京・代官山のWeekend Grage Tokyoというカフェで行われたということがひとつ。そして定点カメラではなく、何台ものカメラを駆使してメンバー3人それぞれの表情や演奏中の手元、全員の引きの姿など多彩なカメラワークによって、しっかりとした映像作品として成り立っていることがもうひとつの理由としてある。ライブ配信=ライブハウスでの演奏を定点カメラで撮影して配信するものとばかり思っていたけれど(この日のライブを録画して翌日から配信するのだと思っていた)、そうか、こういうやり方もあるんだよなと膝を打った。
Keishi Tanaka Photo by 山川哲矢
3曲が終わり「いつもと一緒とは言いませんが、お互いの場所でお互い楽しみましょう」とのメッセージと共に始めたのは「BreakIt Down」。ぜひこの曲中の17:06あたり、18:03あたりにご注目を。歌っている時の彼のこの顔が、ライブ中のKeishi Tanakaを見る楽しみでもあるのは私だけではないと思う。いいライブしてんだなあ、と思わせてくれる表情。
そして疾走感のあるリズムで始まったのは「偶然を待っているだなんて」。カメラがぐるりとメンバー全員の顔を捉えるために旋回した時に映ったのは、会場の大きなガラスの外に電車が走り抜けていく姿。自粛期間でも電車が止まることはなかったが、ライブも新しい形でやっている、そして街もきちんと動いているのだと感じさせてくれたワンシーンだ。今回の配信中、個人的に一番響いたはこの曲だった。事情もあるので歌詞をここに載せることは避けておくが(ぜひネットで検索してみてください)、今こそ大切なマインドが歌われている。Keishi Tanakaのポップセンスと小宮山純平、田口恵人の高い演奏力によりとてつもなく軽やか、そして爽やかにに仕上がっているが、今だからこそ大事にしたいこと、心に留めておくべきことはこの曲の中にあるのではないか。ついつい「ホントそれな」という言葉が家の中に響いてしまったほどだ。ぜひ歌詞を追ってみてほしい。そして曲は美しい情景が目の前に広がっていく「冬の青」、「Breath」と続いていく。
Keishi Tanaka Photo by 山川哲矢
ここでメンバー紹介を挟んで、Keishi Tanakaひとりがスタジオに残りピアノへと移動した。「ピアノは弾けませんが(笑)、ちょっとやってみたいと思います」と奏でたのは、ザ・なつやすみバンドのカヴァー「せかいの車窓から」。大切な人を置いて、遠くの街へと離れていく電車の中で、離れるほど恋しさが募る気持ちを綴ったこの曲。会いたかった、本当は会えたはずのツアー11カ所のお客さんたち、会えないからこそ会いたさが募る気持ちをこの歌に託したように思えて、少しジンとしてしまう。またみんなで会える日が来るといいな、それを心待ちにしている彼自身の気持ちが透けて見えるようだ。
そして楽器をアコースティックギターに持ち替え、曲は「One Love」へ。居場所をテーマに書かれたこの曲。コロナ禍に置いて、自分の居場所について考えたりしたという人にはポンと背中を押し、今しんどい思いをしているかもしれない誰かにそっと寄り添ってくれる曲になってくれているのではないだろうか。
田口恵人(LUCKY TAPES) Photo by 山川哲矢
「元々The Smoke Is Youのツアーをこの3人でしようと思っていて、ご存知の通り例の流行りのウイルスにやられていて、ツアーも中止になりまして……。本来延期にするけど、新しい日程も組めずに中止にしました」と話し、ただそのまま何もしないのは悔しいとこういった配信の形を見出したのだと言う。そしてこの春からの自身の試みとして始めたnoteの話へ。
曲のリリースやラジオは自分の、また聴いてくれる人の楽しみとしてやっています、とnoteで発表した「Fallin’ Down」、そしてそのまま「真夜中の魚」が演奏される。柔らかな夜をゆったりと堪能できる2曲。ゆるやかに、これを観ていた人のお酒も進んだはずだ。
小宮山純平 Photo by 山川哲矢
次の曲に入る直前、「コロナはないに越したことはないし、ない方が良かったけど、こうしたライブが全国・世界で見られるラッキーもあったなぐらいに思っておいて、全員で乗り越えて、また全員でライブハウスで会えたらいいなと思っています」との一言が。配信はひとつの手段ではあるけれど、やはり直接音楽を届けたい。それが一番やりたいことだという強い意思が見えた一言だった。
それまで自分の感情に従ってやっていきましょう! と演奏されたのは「This Feelin’ Only Knows」。Keishi Tanakaライブにおける定番曲だが、自分の感情に従おうとの前フリがあるだけで、なんだかいつもと違った光景が広がる。混乱した時代・混乱した世界では、素直に自分の感情に従うことさえも難しく、でもそれが大切だ。苦々しくもこの数カ月で知った人も多いはず。そんな想いで聴いた「This Feelin’ Only Knows」から「透明色のクルージング」を挟んで、このツアーのきっかけとなった「The Smoke Is You」が披露される。
Keishi Tanaka Photo by 山川哲矢
ここまでバンドの生っぽい音を鳴らしてきたが、さすがKan Sanoとの共作曲だけあり、Keishi Tanakaはギターを置いて、サンプラーを操るとグッとアーバンな夜の情景が目の前に現れる。今まで自分で曲を書き、作り、歌ってきたKeishi Tanakaが初めて作曲とサウンドプロデュースを委ねてできたこの曲は、「Keishi Tanakaが新しい変化を得た」と感じさせてくれる1曲として目に映った。そして、また時が来たら目の前で歌う日が必ず来ますので、また元気に会いましょうとラストソング「Floatin’ Groove」を演奏、いつも感じさせてくれる目の前がガンガン拓けていくようなメロディと歌詞に、PCの前でうっかり胸熱……。あぁ、ホントに早くコロナ終わらんかな。終わるまで頑張らんといかんな。終わったらライブでみんなに会いたい。今日を、そしてこれからも続いていく明日を進んでいく糧をもらったような、そんないい時間だった。
これまで幾度となくKeishi Tanakaのライブを見てきたが、ライブハウスで見たバンドセットとは違いギター、ベース、ドラムという最小限の3ピースでの演奏はシンプルで、より歌にフォーカスされており、通常のバンド演奏よりふと力の抜けたリラックス感のある音がグッと心に響く瞬間がいくつもあった。
そして何より彼のボーカルセンス、そして単純極まりないが歌の巧さが光ったライブになっていたと思う(映像を担当した北山大介/THREE IS A MAGIC NUMBERら、音響の柳田亮二の技術の素晴らしさも配信というシステムにおいて特筆するべきだ)。
配信はいつでも観られることが利点ではあるが、夜に・自宅で・ルームウエア・ノーメイク=要は一番リラックスした形で観ることを推奨したい。ちなみに私は配信初日以降も、夜の料理中、マニキュアを塗りながら、もちろんお酒を飲みながらなど、まだまだ自宅でリピートして楽しんでいる。期間中は何度でも見られるライブ配信はもちろん、公演該当日21時からのインスタライブ、そして急遽YouTubeで公開となったこの日の3人編成バージョンでの「Just A Side Of Love」も含めて、お楽しみは続いていく。このコロナ禍を正面から受け止め、強さとしなやかさを増したKeishi Tanaka。with/afterコロナという時代にどういった動きをしていくのか、またどんな音楽を生み出していくのか、目を離さずに見ていきたい。彼から目を離すのは損するだけだ。絶対。
『The Smoke Is You Release Tour at Your Home』
取材・文=桃井麻依子

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