展示絵画の魅力をオンライン上で楽し
もう! 動画で学べる『ロンドン・ナ
ショナル・ギャラリー展』【ネット
DE アート 第1館】

新型コロナウイルスの影響下で、急きょ開催中止となった展覧会や、開幕延期を余儀なくされた美術展が増えています。そうしたなか、全国の美術館や博物館が、オンラインで楽しめるアートプログラムやバーチャルミュージアムなど、多彩なオンラインコンテンツの発信をおこなっています。

会場に足を運んでアーティストの作品を間近に見られるのが美術鑑賞の醍醐味ですが、オンラインを通じて出合えるアートには、また別の魅力があります。最新のデジタル技術を駆使したVR美術館や、学芸員や研究員の熱のこもった解説動画、美術館や博物館の仕事裏を学べるコンテンツなど、普段なかなか触れる機会のない世界へ誘ってくれるのです。
オンラインで楽しむことのできるアート情報をお伝えする連載コラム【ネット DE アート】。記念すべき第一回目となる今回は、開幕延期となった『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』(国立西洋美術館)に出品されている7作品の見どころを本展監修者が解説する、YouTube動画を紹介。オンラインで絵画を見て学ぶ面白みを、作品紹介と併せて語ります。
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 会場入口 (撮影:大橋祐希)
各章の代表作の見どころが約5分間で押さえられる!
今回取り上げるのは、美術展ナビAEJチャンネルにて公開中の『監修者が語る!ロンドン展の見どころ&おススメ作品』と題した全8本のシリーズ動画。
ロンドン・ナショナル・ギャラリー(以下LNG)は、西洋絵画に特化したコレクションで知られる世界屈指の美術館。ルネサンスから20世紀初頭までのヨーロッパ絵画を網羅し、「西洋絵画史の教科書」とも言われるほど、質の高い作品を所蔵していています。『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』は、史上はじめて61点の同館所蔵作品が、本館を離れて国外に持ち出される大変貴重な機会。全作品が日本初公開ということもあり、開幕前から注目をあつめていました。
動画内の解説を担当するのは、本展の監修にあたった川瀬佑介氏(国立西洋美術館主任研究員)。はじめの動画は、川瀬氏が本展のコンセプトを端的に説明しているので必見です。
【ロンドン・ナショナル・ギャラリー展】#0 コンセプト紹介
残りの動画では、全7章で構成される本展の中から、各章のテーマに沿った代表的な作品をそれぞれピックアップ。1本につき約5分から7分の動画なので、通しで視聴しても45分ほど。1時間以内で展覧会の見どころが押さえられて、かつ、予備知識も蓄えられる「見て聞いて楽しむ」動画リストになっています。
モティーフの意味や時代背景を知るほど、作品や作者をさらに好きになる
第1章「イタリア・ルネサンス絵画の収集」からは、カルロ・クリヴェッリによる《聖エミディウスを伴う受胎告知》を紹介。
【ロンドン・ナショナル・ギャラリー展】#1 ルネサンスの超絶技巧! クリヴェッリ≪聖エミディウスを伴う受胎告知≫
ヴェネツィア生まれの画家による、画面を埋め尽くすモティーフや、精緻な描き込みに圧倒される本作。宗教画には、作品内のモティーフが象徴する、あるいは暗示している宗教上のことがらや聖書の主題など、予備知識がないと分からない表現が随所に含まれています。筆者の場合、圧倒的な情報量の作品を前に「どこから見ればいいのかわからない!」と混乱することも。
もちろん、ディテールの豊かな描写や、華やかな装飾を目で追うだけでも十分楽しめますが、より深く作品を理解できるよう、動画では鑑賞のポイントを「受胎告知」というテーマ、モティーフ、人物に焦点を絞っています。本動画で得た知識は、別の宗教画を見たときにも役に立つ情報ばかり。受胎告知という宗教的なテーマが、日常のワンシーンに溶け込んでいることで、見る人にどこか親近感を抱かせるような本作。動画後半では、第1章の展示室の「形」に対するこだわりを、ルネサンスに関連づけて構成したという裏話も聞けます。
第2章「オランダ絵画の黄金時代」からは、巨匠レンブラントの描いた《34歳の自画像》を取り上げています。
【ロンドン・ナショナル・ギャラリー展】#2 巨匠のドヤ顔!! レンブラント≪34歳の自画像≫
動画冒頭では、時代の流れの中で、LNGにコレクションを寄贈してきたコレクターたちの価値観も変化し、美術館自体のコレクションの性質も変わってきていると語られています。
LNGの所蔵品は、ヨーロッパの多くの美術館が王室の収集品を基盤にしているのとは異なり、市民による寄贈や資金提供によって築かれました。歴史の流れの中で、人々の意識も変わり、美術館そのものの特徴も変化していくというのは、人とアートが密接に関わりあっていることを示すようで、興味深いお話です。
生涯にわたり、繰り返し自画像を描いた画家レンブラントの作品解説では、作品が描かれた時代の自画像の需要や、ラファエロやティツィアーノのようにファーストネームのみを記したサインなど、レンブラントによる販売戦略が語られます。動画内のエピソードをふまえて、自信たっぷりな表情のレンブラントの自画像を見ると、画家に対して自然と愛着が湧いてくるようです。
イギリス絵画の二大巨頭、肖像画と風景画
イギリス絵画の中でも、とりわけ人気の高い肖像画と風景画。第3章「ヴァン・ダイクとイギリス肖像画」からは、ジョゼフ・ライト・オブ・ダービーによる《トマス・コルトマン夫妻》をピックアップ。
【ロンドン・ナショナル・ギャラリー展】#3 親しみある肖像画 ライト・オブ・ダービー≪トマス・コルトマン夫妻≫
イギリスの肖像画が黄金期を迎えた18世紀に描かれた本作。「カンヴァセーション・ピース」と呼ばれる、複数の人物がコミュニケーションを取る様子を描いたものは、当時のイギリスが発明した新しいタイプの肖像画とのこと。
現代の私たちからすると、日常を切り取ったポートレートのようにも見えますが、本作と比較して紹介される、アンソニー・ヴァン・ダイクによる貴族の姉妹を描いた肖像画と比べて見ると、両作品の違いは一目瞭然。リアリティを追求した肖像画と、理想化され普遍的な美を与えられた肖像画。動画内では、なぜイギリスで肖像画が人気を得たのか、イギリスの社会的背景と絡めた解説を聴くことができます。
もし自分が家族の肖像画を画家に依頼するなら、飾り立てないグループ・ポートレートか、格式高いヴァン・ダイクの描くような肖像画か。どちらが良いか考えてみるのも面白そうです。
第4章「グランド・ツアー」では、ヴェネツィアで活躍した風景画家カナレット(本名ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)の《イートン・カレッジ》を紹介。
グランド・ツアーは18世紀に上流階級の子息たちの間で流行し、彼らは修学の総仕上げとして、ヨーロッパ文明発祥の地であるイタリアを訪れて研鑽を積みました。ヴェネツィアの名所を写実的に描いたカナレットの作品は、イギリスからやってきたグランド・ツアーの旅行客に大変人気だったようです。お土産がわりに絵画を購入して持ち帰るというのが裕福な貴族らしい一面ですが、動画に登場するのは、ヴェネツィアの名所絵ではなく、画家がイギリスで描いた風景画。
【ロンドン・ナショナル・ギャラリー展】 #4 旅行先で描いてみた カナレット≪イートン・カレッジ≫
英国のエリート進学校、イートン・カレッジを川越しにのぞむ景色が描かれた本作の見どころを、川瀬氏は「画家が描いたヴェネツィアの景観にはない自由さがある」と、コメント。
風景画は、予備知識がなくても「のどかな風景だな」とか「こんな場所に行ってみたいなぁ」といった風に、のんびりした気持ちで楽しめるのが、個人的には好きな部分です。けれど、動画の解説を聞いていると、色や光の明暗の層に注目したり、緻密に描かれた部分と、即興的な筆使いで、自由に描かれた部分の対比に着目したりと、作品をより深く掘り下げているので、風景画の楽しみ方の幅が広がります。
作品を通じて「イギリス好み」の絵画を知る
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』は、イギリス国内で築かれた西洋美術のコレクションを紹介するものであり、私たちは作品を通じて、イギリスにおける美術に対する趣味が、どのように反映されているかを知ることができます。
【ロンドン・ナショナル・ギャラリー展】#5 ムリーリョ≪幼い洗礼者聖ヨハネと子羊≫
第5章「スペイン絵画の発見」では、ムリーリョが描いた《幼い洗礼者聖ヨハネと子羊》を取り上げています。
17世紀後半、スペイン南部の町で活躍したムリーリョの描く少年少女の絵画は、画家が存命中の頃から、イギリスで爆発的な人気を獲得していたそうです。本作は、19世紀半ばにLNG所蔵となった際に、「当時最も頻繁に模写された作品のうちの一点」として紹介されています。動画内では、ムリーリョの作風が、当時のイギリス人の感受性とどのようにマッチしたのかを解説。
作品に描かれた洗礼者聖ヨハネは、聖書に登場する聖人ですが、髭を生やした壮年の大人の姿で描かれることが多いにもかかわらず、本作では愛らしい少年の姿であらわされています。動画の終わりには、川瀬氏による「本展覧会のマニアックな見どころ」についても語られていて、LNGの作品に対する細かな配慮が伺えます。
第6章「風景画とピクチャレスク」では、18世紀イギリスを代表する画家の一人、トマス・ゲインズバラによる《水飲み場》を紹介。
【ロンドン・ナショナル・ギャラリー展】#6 描き込みに注目! ゲインズバラ≪水飲み場≫
本作を鑑賞する上で重要なキーワードとなる、“ピクチャレスクな(絵のような)”風景を追い求めたのが、18世紀以降のイギリス。今でこそ「絵のような風景」という例え方は、日常生活の中に根付いていますが、この概念は18世紀のイギリスで生まれたもの。
動画内では、17世紀のイタリアやオランダの画家たちが描いた理想的風景画から、イギリスの画家たちが学んだことを取り入れつつ、独自の風景画を確立するまでの過程が詳しく解説されています。「光と陰、平野と山など、対比(コントラスト)に富み、実際に行って歩いてみたら面白そうな風景、それがピクチャレスク」など、聞きなれない美術用語も、川瀬氏がわかりやすく説明してくれているので、すんなり頭に入ってきます。
第7章「イギリスにおけるフランス近代美術受容」では、印象派画家のルノワールが描いた《劇場にて(初めてのお出かけ)》をピックアップ。本作は、少女が緊張気味に花束を握りしめて、開幕前の舞台を心待ちにしている様子が描かれています。
【ロンドン・ナショナル・ギャラリー展】#7 緊張気味?初々しい少女の姿 ルノワール≪劇場にて(初めてのお出かけ)≫
動画では、印象派の絵画が保守的な風潮のイギリスで受け入れられるようになった経緯や、本作の購入資金をLNGに提供した実業家コートールドについて触れています。さらに、典型的な印象派の表現として、背景部分に見られる、人物と色彩がまざり合ったような描写にも注目。分割された筆のタッチを並べることで、具体的な形が描かれなくても、群衆の熱気や劇場内の臨場感、幕が開く前の観客の高揚感が、画面全体から伝わってくるようです。
『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』は、西洋美術史の流れを、本物の名画と共にたどることができる贅沢な展覧会。今回紹介した動画を通して絵画を学ぶことで、実際に会場へ足を運ぶ楽しみもできたはず。またとない貴重な機会を逃さないよう、今は一日も早く、展覧会の幕が開くのを心待ちにするばかりです。次回は、都内の美術館が取り組んでいるオンラインプログラムを紹介します。
文=田中未来

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