【THE MUSICAL LOVERS】『ミス・サイ
ゴン』 ~最終章:キャスト論・その
他の役編~ by 町田麻子

【THE MUSICAL LOVERS】Season3『ミス・サイゴン』

~最終章:キャスト論・その他の役編~

作品の偉大さに観客のリピート率が追い付いていない気がする『ミス・サイゴン』を、重いストーリーそのものを楽しむ方法と、キャストによる各役の演じ方の違いを楽しむ方法の紹介によってゴリ押ししてきた本連載も、今回で最終回。演じ方の選択肢を紹介するって、演じたこともないくせになんと不遜であることかと、キムとエンジニアでやってみて痛感・反省していたりもするのだが、そこは各執筆者の愛ある独断と偏見によってミュージカル作品の魅力を語ることが目的のこのシリーズに免じて許していただくことにして、最後まで続けてみよう。以下(も以上も)、すべて私見であることを念のため、改めて申し添えておく。
“誠実”なアメリカ三人衆に求められるもの
クリス、ジョン、エレンに関しては第二章でふれた通り、あまり誠実に演じられるとやるせなさが増すのである程度軽い感じのほうがこちらとしては助かる面もある一方で、戦争の絶対悪ぶりを浮かび上がらせるためには当然やるせなさを増させる演じ方のほうが正解である、というちょっとしたジレンマを抱える難役。だが、少なくともダレン・ヤップが演出補を務めるようになって以降の日本版(2012・14年はヤップ、2016年はジャン・ピエール・ヴァン・ダー・スプイが担当)に、誠実でないアメリカ三人衆は存在していないので、ここではやはり誠実な演じ方を正解として、キャストに求められるものを考えてみたい。
【動画】2016年日本公演のオフィシャルトレーラー。今回の話に出てくる《神よ何故》《ブイ・ドイ》《メイビー》《我が心の夢》(+神田トゥイのフォルム)が全部収まっている

エレンに関しては、クリスよりも先にキムに会ってしまったあとのソロが《いま彼女に会った》から《メイビー》に変わったことで、誠実さが表現しやすくなったように思う。《メイビー》は《メイビー》で、歌詞もメロディーもまるで禅問答のようなつかみどころのない歌なのだが、ソロがまるごと新曲になったという事実そのものに、エレンの印象を変えたいというクリエイティブチームの強い思いが見てとれる。実際《いま彼女に会った》時代には、キムを召使のように扱うアジア人差別者的なエレンも散見されたが、最近では海外版を含めてもそういうエレンは見かけない。そう考えると、結局のところこの役に必要なのは、難曲《メイビー》を“聴かせる”ことのできる歌唱力と表現力だと言えるかもしれない。
ジョンもまた然りで、結局のところソロ《ブイ・ドイ》を“聴かせる”ことができれば誠実に見える役と言えないこともなく、この歌には終盤に超高音のフェイクがあるため日本人にはハードルが高いが、やはり歌唱力が何より重要と思われる。問題はじつはクリスで、彼のソロ《神よ何故》も終盤に高音のロングトーンがあり、力強く響かせるための歌唱力は不可欠なのだが、力強いクリスは誠実に見えない。むしろ、子犬のように弱々しいクリスのほうが迷いながら生きている感があって同情したくなる。歌声は力強いのに存在としては弱々しい、この矛盾を成立させることのできる個性と魅力を備えた役者にしか演じられない役、それがクリスなのかもしれず、だからこそ歴代、第一線のスター(石井一孝井上芳雄山崎育三郎、まだ実現していないが海宝直人ら)がキャスティングされてきたのだろう。
トゥイ、ジジ、そしてタム!
キムの親が決めた許婚で、サイゴン陥落後にどえらい出世を果たし、キムがクリスの子を生んだと知ってもなお彼女を自分のものにしようとするトゥイには、これまで観てきた限りでは、ざっくり分けて3種類の解釈があったように思う。キムを純粋に愛しているストーカー・トゥイ、何でも自分の思い通りにならないと気が済まない殿様トゥイ、親が決めたことは絶対と信じるアジア的トゥイだ。どれも面白いし、正解はないのだろうが、三つが程よくブレンドされている神田恭兵のトゥイが、個人的にはものすごく好きだ。理由が本当に「程よくブレンドされているから」なのかどうかも分からない、もしかしたら単純にあの目つきとかフォルムが自分の思うトゥイそのものだからなのかな、とかも思うレベルで。
最後に、ジジ。プリンシパルのなかで群を抜いて出番が少なく、おそらく初見ではジジという役名を認識することも難しいことだろう。だが彼女が歌う《我が心の夢》は、劇中一発目のソロバラード(途中からキムも加わるが)。本作は、登場人物の多くが“夢”を持ちつつも叶えられない物語であり、それをこのようなソロ絶唱の連続によって描いていくのだ、という2点を最初に提示する、重要な1曲を担うのがジジなのだ。となると必要なのは、やはりまずは歌唱力、そしてある程度の“華”ではなかろうか。露出激しく踊り回るガールズの一人でもあり、またジジ役以外にアンサンブルを兼ねることもあってか、若手が演じることが多い役だが、すでに知名度のある役者が演じることにも大きな意味があるだろう。
【動画】2020年の日本公演の製作発表より、歌唱披露メドレー。「閲覧注意」レベルで泣けます

最後の最後に、タム。歌もセリフも一切ないが、キムに呼ばれたら元気よく飛び出し、キムが《命をあげよう》を歌っている間おとなしく絵を描き続け、エンジニアにキスをせがまれたらほっぺにチューをしてその口を袖で拭うというちょっとしたコメディ演技を、3歳(に見える年齢)にしてこなさなければならない“難役”だ。というわけで、うちの子は歌もセリフもダメそうだけど一度くらい子役の経験させたいわぁと思っている、お利口な乳幼児をお持ちのオタクな親御さんは次回、ぜひご応募を!――書けば書くほど、中止になった今年の公演にはベストキャストが潜んでいた気がしてならず、悲しい思いが募るばかりだったので、今回はこんなふざけた結びとさせていただく。ああ~観たかった!
(おわり)
ミュージカル『ミス・サイゴン』2020 製作発表より  (撮影:こむらさき)

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