昭和時代を代表する伝説の音楽番組『
ザ・ベストテン』再放送スタート!

TBSテレビが運営するCS放送「TBSチャンネル2 名作ドラマ・スポーツ・アニメ」では、『ザ・ベストテン』を2020年6月から再放送する。

1978年1月にスタートし、1989年9月までのおよそ12年間にわたって放送された「ザ・ベストテン」。昭和時代を代表する音楽番組だった。

ポップス、ロック、演歌に歌謡曲…時代を彩る様々な歌手が出演し、最高視聴率41.9%を記録した伝説の音楽番組がTBSチャンネル2で放送。

最高視聴率41.9%を記録したのは1981年9月17日放送の回。その日の1位はイモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」。2位は松田聖子「白いパラソル」、3位は田原俊彦「悲しみ2(TOO)ヤング」だった。第1回放送(1978年1月19日)の1位はピンク・レディーの「UFO」、最終回(1989年9月28日)の1位は工藤静香の「黄砂に吹かれて」。

毎週、綺羅星の如くスタジオに集まったスーパースターたち。黒柳徹子と久米宏の息もつかせぬ絶妙な司会。生放送ならではのハプニングの数々。

空港で飛行機の出発・到着案内として使われていた反転フラップ式案内表示機をヒントに考案された「ランキングボード」での発表も斬新だった。最高得点の9999点を獲得したのは番組史上でも西城秀樹の「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」(1979年4月)のみ。なお最少得点で1位になったのは7559点で杉山清貴の「最後のHoly Night」(1986年11月)。番組開始から日本国内だけでなく海外からの中継も見どころだった。初の中継は2回目放送で梅田コマからベストテン初出演の山口百恵

初登場で第1位を獲得した松田聖子(「白いパラソル」1981年8月)、中森明菜(「北ウイング」1984年1月)、チェッカーズ(「ジュリアに傷心」1984年12月)、少年隊(「デカメロン伝説」1986年4月)、菊池桃子(「Say Yes!」1986年9月)、光GENJI(「Diamondハリケーン」1988年7月)、男闘呼組(「秋」1989年1月)や、連続1位曲は寺尾聰の「ルビーの指環」、最多1位は中森明菜の69回、最多出演は田原俊彦の246回、24週連続でベストテン入りした 「みちのくひとり旅」(山本譲二)、最年長歌手で第1位を獲得した吉幾三(「雪國」1987年2月)など多くの伝説も生み出した。

年間ベストテン第1位獲得曲は、
1978年「銃爪(ひきがね)」(世良公則&ツイスト
1979年「おもいで酒」(小林幸子
1980年「倖せさがして」(五木ひろし
1981年「ルビーの指環」(寺尾聰)
1982年「北酒場」(細川たかし
1983年「矢切の渡し」(細川たかし)
1984年「長良川艶歌」(五木ひろし)
1985年「悲しみにさよなら」(安全地帯
1986年「BAN BAN BAN」(KUWATA BAND
1987年「追憶」(五木ひろし)
1988年「抱きしめてTONIGHT」(田原俊彦)

さらに黒柳徹子と出演アーティストによるスペシャル対談も決定。日本の音楽史に燦然と輝く歌番組の金字塔だった「ザ・ベストテン」の懐かしい映像が再び蘇る。

佐藤仁

日本だけでなく欧米やアジアのポップカルチャーやエンターテイメント、メディアの動向を幅広く取材。放送作家・番組制作協力も多数。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • PunkyFineのそれでいきましょう!~V-MUSICジェネシス日記~
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜

ギャラリー

  • Tsubasa Shimada presents / 「Wet Crate」
  • SUPER★DRAGON / 「楽楽★PAINT」
  • Yun*chi / 「Yun*chiのモヤモヤモヤ」
  • OLDCODEX / 「WHY I PAINT ~なぜボクがえをかくのか~」
  • 魔法少女になり隊 / 「魔法少女になり隊明治のあったりなかったり」
  • みねこ美根 / 「映画の指輪のつくり方」
  • 嘘とカメレオン / 「猫を抱いて蝶と泳ぐ」
  • エドガー・サリヴァン / 「東京文化びと探訪」

新着