人生を変える「怪人」のすすめ/ホー
ム・シアトリカル・ホーム~自宅カン
ゲキ1-2-3[vol.2] <ミュージカル編

雨の日の自宅で、毎日の移動時間で、あるいは予定が変わり時間がぽっかり空いたとき。そんなすきま時間に手に取れる演劇・ミュージカル・ダンス・クラシック音楽の映像作品を、エンタメ界隈で働く人たちが「3選」としてジャンル・テーマ別に語り尽くします!(SPICE編集部)

人生を変える「怪人」のすすめ
ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3 vol.2<ミュージカル編>
人生を変えた作品――演劇やミュージカル、舞台Loverであれば、少なからずそうした作品があるのではないだろうか。私にとってそれは、間違いなく『オペラ座の怪人』だ。
フランスの小説家ガストン・ルル―によって1909年に発表された『オペラ座の怪人』。パリ・オペラ座の地下に住む怪人(ファントム)と若きプリマ・ドンナ、クリスティーヌ・ダーエを中心に、彼女の幼馴染でオペラ座パトロンのラウル・シャニュイ子爵らも巻き込んでストーリーは展開する。誤解を恐れず言うならば、劇場を巻き込んだ壮大な三角関係の話である。
私とミュージカル『オペラ座の怪人』の出会いは17歳のとき。劇団四季の公演、汐留の劇場で、2階席から観劇していた。物々しいプロローグの終わり、オークショニアーの一声とともに放たれる閃光とずんっと心臓に響く重厚なパイプオルガン、半音階のオーヴァーチュアにのせてシャンデリアが上がっていく様は今でも目に焼き付いている。その瞬間、私は大学の進路を観光学部から舞踊学部に変え、今に至っているのだ。
前置きが長くなったが、私が体験したミュージカルしかり、演劇、ダンス含む舞台芸術、アート、音楽、本……”不要不急”の中には、その出会いが人生を変えてしまうほどの魅力や力がある、と今だからこそ声を大にして言いたい。とはいえ、安全第一で。ここでは小説『オペラ座の怪人』に関連する3作品を紹介したいと思う。
■『オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン』
『オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン』(2011)
『オペラ座の怪人』ミュージカル版は3種類ある。前置きでお話したアンドリュー・ロイド・ウェバー版(以下、ALW版)、ケン・ヒル版、そして、『ファントム』という題のアーサー・コピット版だ。
ミュージカル『オペラ座の怪人』と聞いておそらく多くの人が真っ先に思い浮かべるのがALW版だろう。私が最初に紹介したいのも、それだ。多くのキャストが演じ、映画化もされた本作。観てほしいのは『オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン』である。ファントムをラミン・カリムルー、クリスティーヌをシエラ・ボーゲス、そしてラウルをハドリー・フレイザーが演じるこのバージョンのなにがよいか。それは、熱量だ。
劇団四季での初観劇から10数年、取り憑かれたようにファントムを求めた。様々な日本人キャスト、ブロードウェイ、ウエスト・エンド……少なくとも私が観た中で随一、クリスティーヌが激しい。ファントムも、激しい。みんな、激しい。
私にとってのクリスティーヌは、なんだかあまり自分の軸や感情が見えず、ただ怯えてラウルに守ってもらっているだけの人形のようなイメージだった。だから、正直あんまり共感できなかったし、好きじゃなかった…(だって、歌の稽古つけてもらってプリマまで押し上げてもらったのに、イケメン&金持ちの幼馴染が出てきたらするっといってしまうのだ!)
けれど、この公演のクリスティーヌは人間だった。感情をむき出しにする。恐怖も、喜びも、絶望も。私はこのバージョンを観て初めて、「ああ、クリスティーヌもファントムのことを憎からず思っていたんだ」と納得することができたし、”愛憎”という言葉を作品に見た。ただ美しき愛の悲劇、といった表面的なものではない。とにもかくにも、役者たちのぶつかり合い、互いに引っ張られて、引っ張られて、感情が露になっていく姿が映像でも感じられる。最後のシーンは、涙なしには観られない。
それから、公演終了後のカーテンコールに登場する初代クリスティーヌ、サラ・ブライトマンは必見。4人の歴代ファントムを率い歌うディーバ・サラは圧巻だ。こんなクリスティーヌ、カルロッタ(←クリスティーヌを妬むオペラ座のプリマ・ドンナ)も敵わないよ! とニヤケが止まらない。ぜひここも注目してほしい。
そしてなんとこの作品、ロイド・ウェバーのYouTubeチャンネル『The Shows Must Go On!』にて、4月17日(金)19:00(現地時間/日本時間では18日(土)3:00)より48時間限定で配信される! この機会にぜひチェックを!
★TSUTAYAレンタル、Amazon等でのDVD購入、Amazon Prime Video(レンタル・購入あり)、YouTubeチャンネル『The Shows Must Go On!』(4/18(土)3:00~48時間限定)

■『Love Never Dies(ラヴ・ネヴァー・ダイズ)』
『Love Never Dies(ラヴ・ネヴァー・ダイズ)』(2011)
2作品目は、『ラブ・ネバー・ダイ』(日本版タイトル。以下、『ラブネバ』)。『オペラ座の怪人』のその後を描いた作品で、アンドリュー・ロイド・ウェバーが作曲、2010年に開幕したミュージカルだ。物語は10年後、ラウルと結婚したクリスティーヌが息子とともにNYを訪れるところから始まる。
この作品、原案の小説『マンハッタンの怪人』(フレデリック・フォーサイス作)から入った私の感想は、なんとまあご都合主義! 「いやいや、そんな時間どこにもなかったじゃん?」(←観劇済みの方は言いたいことがわかると思う)と突っ込み、『ラブネバ』を”絶対に観ない”ことを誓った。しかし、2019年。市村正親ファントム、濱田めぐみクリスティーヌ観たさに観念し、観劇した。
結果……正直、また上演があれば観てしまう。なんといっても音楽! 至る所にALW版『オペラ座の怪人』(以下、前作)のモチーフが散りばめられ2つの世界がつながっている。例えば、ファントムがクリスティーヌに贈るオルゴールの旋律。一瞬で、10年前の顛末と感情が呼び起こされる。そして、彼が未だクリスティーヌを愛していることを知るのである。
音楽といえば、前作の一曲「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」にとても好きな一文がある。ファントムが愛するクリスティーヌを地下の住処に連れてきたあとに歌う一曲だが、その中の「you alone can make my song take fly」という歌詞。”you”=クリスティーヌであり、ファントムにとって”song”(music)は暗がりの中で生きてきた人生のすべて。この一文で、どれほどファントムにとってクリスティーヌが唯一無二の存在であったか、世界とつながるたった一筋の光であったかがわかる。この切なさたるや……! 海外作品はぜひ原文も見て、ニュアンス、余白を楽しんでほしい。
話を戻すと、『ラブネバ』はキャラクターの崩壊も激しい。マダム・ジリーはラスボス感満載だし、ラウルもギャンブルで借金を背負うどうしようもないやつになっていて、困惑の極みだ。けれど、手にしたパンフレットにハッとする一文を見つけた。”空白の10年間を想像してみる”――『ベルサイユのばら』の作者として有名な池田理代子さんの談だった。キャラクターたちがこの10年、どんな人生を送りなぜここにたどり着いたのか。空想、妄想、なんと楽しいことだろう。それから、2幕のある場面が小説『オペラ座の怪人』に出てくる鏡の迷宮のオマージュのようでもあり、関連作品とのつながりを探すのも楽しいかもしれない。
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■『ファントム』
『ファントム』(2019)/公演チラシ
最後はアーサー・コピット版『ファントム』を紹介したい。作曲はモーリー・イェストンで、1991年に初演。改めて言うが、私はALW版を愛している。愛しているがゆえに、それ以外のファントムを避けてきた。けれど実際観てみたら、”観ず嫌い”していた自分を恨んだ。それくらい全くの別物で、各キャラクターが魅力的かつ感情移入しやすい作品だった。だから、もし私と同じようにALW版への愛ゆえに避けている人がいたら、ぜひ観てほしい(登場人物はALW版とほぼ変わらないしあらすじは同じだ)。
私がALW版で解せないものがあるとしたらそれは「クリスティーヌの魅力」と「心の動き」である。けれどこの作品はそこを易々と越えてくる。思うにポイントは2点。クリスティーヌとファントムの交流がしっかりと描かれていること(ALW版ではファントムにこっそり稽古をつけてもらっていた踊り子のクリスティーヌがオペラの主役(代役)に抜擢されるところから始まる)、そして、シャンドン伯爵(=ALW版ラウル)が幼馴染ではなく彼女とオペラ座の接点をつくる存在であることである。つまり、歌を指導し自分の夢を叶えてくれたファントムと、憧れのオペラ座に関わるきっかけをくれたシャンドン、それぞれの役割や過程が明確で、どちらにも惹かれていくクリスティーヌの気持ちが痛いほどわかるのだ。そして守られてばかりのALW版と違い、周囲に止められてもファントムと向き合うことを決めるクリスティーヌ。ある種の幼さ、若さなのかもしれないが、なんて健気で美しく魅力的なんだろう! と心から思えるのだ。
だが、私にとっての最大の驚きは、「ファントムが謝る」ことだった。ALW版では支配者然とオペラ座に君臨していた(ケン・ヒル版や原作でも同様に恐怖の対象として描かれる)怪人が、人間味をもって「幼さ」とともに描かれ、「人の気持ちを推し量る」「謝る」ことができる”人間”であること。作中ファントムが「エリック」という名前で描かれることにも表れているが(この名前は原作と同じだ)、いち人間として実体を持ったファントムが描かれている。
2019年版は城田優が演出を務めたもので、とても美しい世界だった。エリックとクリスティーヌの目に映る世界はこんなにも美しいのかと、その澄んだ心に思いを馳せ、運命を知る者としては言いようもない気持ちになる。
★2019年版『ファントム』公式サイトより購入が可能

ここで紹介できたのは3本だが、もし興味を持ってもらえたなら、キャスト違いの音楽(CD)も聴いてほしい。ロンドン初演や日本初演から歴々聞くと、声の質でこんなにキャラクターのイメージが変わるのかとか、数年で歌詞が変わっているんだなとかかなり面白い。演劇の魅力の一つは、演じる人や演出によって変わっていくことだと思う。だから同じ作品でも何度も観てしまう。いつか劇場がまた開いたら、ぜひ足を運んでみてほしい。
文=yuka morioka(SPICE編集部)

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