日本が世界に誇るサクソフォン奏者 
須川展也に聞く

日本が世界に誇るサクソフォン奏者 須川展也
彼はソリストとしての活動の他、トルヴェール・クヮルテットのメンバーとして、東京芸術大学と京都市立芸術大学の教授として、ヤマハ吹奏楽団常任指揮者として、サクソフォンの普及とサクソフォン奏者の育成に留まらず、音楽文化の発展拡大に尽力して来たレジェンドだ。
そんな須川が「今年は、人生のターニングポイントと言っても過言ではないほどの年となりそうだ」と話す。「ものすごい発見が有った!」と話す須川に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
―― BSテレ東で放送中の「エンター・ザ・ミュージック」では、指揮者の藤岡幸夫さんと一緒に全国の吹奏楽団を指導して廻っておられます。現役吹奏楽人口が100万とも120万とも言わるほど、日本は吹奏楽王国ですが、卒業と同時に彼らの多くが、楽器からもクラシック音楽そのものからも距離を置いてしまう現状をどう思われますか。
それは本当に問題だと思っています。本当の意味での音楽の楽しさを伝えきれていない僕たち先輩世代の責任もあると思います。コンクールで良い成績を取る楽しさとは違う、本当の意味での音楽する喜びを伝えきれていなかったのではないでしょうか。楽器は一人で吹けるように成ればもちろん楽しいけれど、友達と二人ならもっと楽しい。4人でやったら和音も出来て楽しい。色んな楽器と大人数でやったら、リズムもサウンドも変化が出てきて最高に楽しい。コンクールを競うツールとしてではなく、音楽本来の原点に立ち返って楽しむことを、子供たちに教えてあげたいと思っています。
一人ではなく、みんなが集まって会話をするように音楽をする。そしてお客さんも巻き込むことで、その喜びが広がって行けば本当に素敵な事だと思います。
―― 須川さんが考える、吹奏楽とオーケストラの魅力の違いを教えてください。
オーケストラは表現豊かな弦楽器のハーモニーの上に、色彩を添えていく管楽器が加わるイメージです。吹奏楽は管楽器ばかりですので、ベースになる響きを全員で作らないといけないので、バランスの取り方が難しいです。ただ目指している合奏の魅力は同じだと思います。吹奏楽の魅力が生きるのは、ポップな音楽だと思います。ジャズ系やロック系の音楽をアーティスティックにやって行ければ、吹奏楽の魅力を最大にアピール出来るのではないでしょうか。
オーケストラも吹奏楽もそれぞれに魅力があります。 (c)H.isojima
―― よく吹奏楽には名曲が少ないと言われますが、いかがですか。
オーケストラ音楽とは歴史が違います。元はスーザ・バンドのようなマーチを中心に演奏する100名規模の軍楽隊の音楽だったのを、フレデリック・フェネルが1952年にイーストマン・ウインド・アンサンブルを設立した事で、50人規模の芸術的なステージバンドの歴史が始まりました。吹奏楽に向けた作品はそこがスタートですので、せいぜい60年~70年ほどの歴史です。オーケストラ音楽は、例えば今年はべートーヴェンが生誕250年。時間の経過の中で、淘汰されて残ったのが名曲となります。吹奏楽作品の歴史としては、アルフレッド・リードがアルメニアンダンスを初演した1973年がターニングポイントのように思います。
―― 吹奏楽のレパートリーとしては、クラシックの作曲家が作った作品を吹奏楽用にアレンジしたことで、オーケストラ以上に演奏機会が増えるようなケースもあります。レスピーギのバレエ組曲「シバの女王ベルキス」やワーグナーの歌劇「ローエングリン」より“エルザの大聖堂への行列”などは、吹奏楽ファンにとっては特別な曲ですね。
オーケストラの曲をトランスクリプション(編曲)する上で、優秀なアレンジャーの存在は重要です。吹奏楽のポップな音楽もアレンジ次第では、クラシック音楽と同じ土俵に上がり、刺激しあえるようになるのではないでしょうか。そういう意味で、真島俊夫さんが亡くなったのは痛かったですね。すぎやまこういちさんの「ドラゴンクエスト」は、今ではオーケストラだけでなく、吹奏楽にとっても大切なレパートリーですが、真島さんのアレンジ無しでは語れません。
―― 長年、常任指揮者として率いて来られたヤマハ吹奏楽団を、今年いっぱいで離れられるとお聞きしました。全日本吹奏楽コンクールでの成績やコンサートの成果も含めて、精力的にやって来られたので寂しくなりますね。
常任指揮者を14年やらせて頂きました。就任当初はこんなに長くやるとは思っていませんでしたし、異例だと思います。楽団の方針として、指揮者ではなくプレーヤーに指導して欲しいという事で声が掛かってから、自分でも楽器を吹いているような感じで一緒に音楽を作って来ました。メンバーは仕事でも楽器と向き合っている人たちで、意識は完全にプロです。技術的にもプロと比べて遜色ない人たちがほとんど。色々な経験をさせて頂けて、ありがたかったです。
ヤマハ吹奏楽団の常任指揮者を今年いっぱいで辞任します。
―― 須川さんというと、色々な作曲家の方にサクソフォンの曲を委嘱されている事で知られています。逆を返せば、須川さんがいなければ、これだけサクソフォンの曲が無かったとも言えます。どんな思いで委嘱を続けておられるのでしょうか。
ほんと、とんでもない大金をつぎ込んでいます(笑)。それはやはり、サクソフォンの曲が少ないことに尽きますね。演奏するチャンスが有っても、コンサートの目的に合った曲がないとダメです。いつもシビアなコンチェルトを演奏する訳にはいきません。そのためには、サクソフォンの魅力が伝わる曲をたくさん揃えておきたいのです。
サクソフォンの魅力が伝わる曲を揃えたいのです!
―― 委嘱された作品リストには、邦人、外人、そしてクラシックからジャズまでジャンルも問わず、色々な作曲家の作品が並んでいます。西村朗、吉松隆、真島俊夫、本多俊之、挟間美帆、坂本龍一、ファジル・サイ、チック・コリア……。これらはサクソフォンの主要レパートリーとして国際的に広まり、サクソフォン・ミュージックの発展に貢献されています。先日の日本センチュリー交響楽団の定期演奏会は、ファジル・サイの作品が聴けると楽しみにしていたのですが、新型コロナの影響で中止になってしまいました。
ファジル・サイの、「アルトサクソフォンと管弦楽のための『バラード』」は、土俗的かつ異国情緒あふれる曲です。関西の皆さまにこの曲を聴いて頂くのは初めてだったので、飯森範親マエストロとも楽しみにしていただけに、大変残念でした。
―― 委嘱された作品は、吹きたいという人には貸し出しもされているのですか?
はい、もちろんです。全音やショット・ミュージックなどの出版社が、楽譜を管理してくださっているモノもあります。せっかく作曲家が丹精込めて作ってくれた作品なので、色々な人に演奏して頂きたいですね。
―― 須川さんは吹奏楽団だけでなく、オーケストラからも引っ張りだこ。日本中のほぼ全てのプロのオーケストラとも共演されているんじゃないですか。関西のオーケストラとも全て共演されていますが、大阪交響楽団との共演が最も多いそうですね。
そうですね、ありがたいことに日本の主要なオーケストラには呼んで頂いていると思います。中でも大阪交響楽団とは、いちばん共演数が多いかもしれませんね。無理を聞いてもらったり、本当にお世話になっています(笑)。
大阪交響楽団をバックに演奏する須川展也(’20年 於 エブノ泉の森ホール) 写真提供:大阪交響楽団
―― 今回、大阪交響楽団とラーシュ=エリク・ラーションのコンチェルトを演奏されるそうですね。この曲は、須川さんご自身も佐渡裕さんの指揮、BBCフィルとの演奏でCDがリリースされています。今日、お話を伺うので、私も聴いてきました。とても聴きやすく美しい曲ですね。
2008年に発売されたアルバムのレコーディングの時に、初めてオーケストラと共演しました。その後は、モスクワのフェスティバルみたいなところで、タイトなスケジュールの中、リハーサル無しのゲネプロから本番一回きりの演奏をしました。
実は、この曲をこの秋、NHK交響楽団の定期演奏会でソリストとして演奏する事が決まったのです。指揮はヘルベルト・ブロムシュテットさん。ブロムシュテットさんがスウェーデン人で、同じ国籍のラーションのサクソフォンコンチェルトをやりたいという事になったようです。メインの曲はシベリウスの交響曲第5番。北欧プログラムですね。そこで、コンチェルトのソリストは誰にするかというハナシになって、光栄にも私が指名されました。
―― ブロムシュテットの指揮するN響定期演奏会のソリストとは凄いですね。92歳のマエストロが母国の作曲家の曲をやりたいと言われて、そのソリストとなると責任重大ですね(笑)。
はい。これは自分がこの作品のことを熟知していないと、マエストロにも失礼だなと思っていたところ、その情報を聞きつけた大阪交響楽団の二宮楽団長から連絡を頂きました。大阪交響楽団の定期演奏会でもラーションをやってくれないかとのお願いでした。
―― ちょうど大阪交響楽団楽団長の二宮光由さんもここにおられます。どんな経緯でラーションのコンチェルトを依頼されたのですか?
二宮 須川さんがラーションのコンチェルトをブロムシュテットでやるという情報を聴いた時、うちでもやりたいと思いました。ちょうど2020年度の定期演奏会のラインナップを考えている最終段階で、うちのオーケストラと相性の良い指揮者オーラ・ルードナーのプログラムに合わせたいと思ったのです。ルードナーもスウェーデン人です。彼はヴァイオリニストとして、ブロムシュテットの指揮するオーケストラで弾いたこともあり、これは何かの縁だなと思いました。メインはアニヴァーサリーイヤーのベートーヴェンの「運命」を予定していたのですが、ラーションは新古典主義の作曲家で、ベートーヴェンと並べても大丈夫。早速、ルードナーと相談してOKを取り付けた後、須川さんに連絡をしたのです。
創立40周年を迎える大阪交響楽団 (c)飯島隆
―― 二宮さん、相変わらず動きが速いですね(笑)。須川さんはその連絡を受けて、どう思われたました?
それは嬉しいですよ。全部事情を分かってオファーを頂いた訳ですので。これは絶対に凄い演奏で二宮さんの思いに応えたいと思いましたね。
そんな事があって、久し振りにラーションの楽譜を出して来て、さらい出したのですが、これがCDを録音した時には気付かなかったような事を数多く発見しました。ちょっと専門的なハナシになるかもしれませんがいいですか?
大阪交響楽団とのラーションのコンチェルト、楽しみです。 写真提供:大阪交響楽団
―― はい、心して伺います(笑)。
ラーションは新古典主義の作曲家という事で、作風的には古典派のスタイルが盛り込まれていますので、このコンチェルトはモーツァルトやベートーヴェンと並べて演奏しても違和感なく聴く事が出来ると思います。例えば第3楽章はロンド形式ですが、後にモダンジャズの巨人チャーリー・パーカーもアルトサックスで多用しているような半音進行のスケール、音の並びなんかが曲の中にたくさん出てきます。ラーションがこの曲を作曲したのが1934年。スウィングジャズの全盛期で、おそらくラーションもその当時のジャズ音楽を耳にしていたはずです。昨今、ジャズとクラシックの融合について云々していますが、実は今から85年以上前にこのような融合が成されていたことは、とても素敵だなと思っています。
また、この曲はジャズとクラシックだけではなく、バッハの音楽が根源にある事に気が付きました。バッハはゼクエンツ(反復進行)の天才です。この曲にはそんなバッハにも共通する16分音符の完璧なまでのゼクエンツの流れが至る所に出てきます。この綺麗なラインを構成する音の流れやハーモニー感を、サクソフォンで演奏することによって、ここまで最上に美しく表現出来るという事を証明しているような曲です。そんな事を楽譜を読み込んでみて気が付きました。これは凄い発見だと震えましたね。
―― なるほど、この曲がとても耳ざわり良く聞こえるのは、16分音符が見事にゼクエンツとしてつながって行く美しさと、それを最大限に表現出来るサクソフォンの楽器としての魅力が相まってこそなのですね。
はい。その事に今回、気付く事が出来ました。実は今年は、ここ7、8年かけて研究しているバッハについて一つの結果を出す年でもあります。バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」全3曲をCDでリリースしますし、11月にはそのコンサートもやります。いろいろと試してみて、第1番と第3番は移調して演奏する事にしました。今、とっても大変な、新型コロナウイルス感染症問題ですが、結果的には家に居る時間が出来たことも有り、徹底した楽譜の読み込みに留まらず、装飾音符の歴史やテトラコード、ピタゴラス音律までじっくり勉強する事が出来ました。忙しい日常ではこのような時間は持てませんので、不幸中の幸いと云うのでしょうか、有意義な時間を過ごせています。
今回、ラーションに取り組んだ事をきっかけに、自分の中で別々に在ったクラシックとジャズ、そしてバッハとサクソフォンが一つにまとまりました。サクソフォン吹きの自分が何故バッハのパルティータをやるのか、その答えを得る事が出来たのです。
まずは感謝の気持ちを込めて、チャンスをいただいた大阪交響楽団の定期演奏会で、ラーションのコンチェルトを演奏させて頂きます。今からとても楽しみですね。
奇跡のようなラーションのコンチェルトをお聴きください! (c)H.isojima
―― 新型コロナウイルス問題で大変なスタートとなっていますが、今年はコンサートなど、どんなスケジュールが予定されていますか。
大きい所ではやはりラーションのコンチェルト2公演、それにバッハのリサイタルですね。
他にもヤマハ吹奏楽団で臨むコンクールなんかもありますし、トルヴェール・クヮルテットもやります。もちろんいつも通り色々な所に行って演奏させて頂きます。
人気のサクソフォン四重奏 トルヴェール・クヮルテット
―― いつもの年と同様に忙しい須川さん。最後に読者の皆さまにメッセージをお願いします。
大阪交響楽団の定期演奏会では、ラーションのコンチェルトからベートーヴェンの「運命」に繋がりますし、NHK交響楽団の定期演奏会は、ラーションから北欧の響き、シベリウスの交響曲第5番に繋がります。どんな音楽にも自然と繋がって行くのがラーションの魅力です。音楽の長い歴史をギュッと凝縮したような素晴らしい曲を、サクソフォン奏者として喜びと感謝の気持ちを持って演奏いたします。
新型コロナウイルス感染症の件では、まだまだ心配の種は尽きませんが、早く安心して音楽を楽しめる状況が訪れますように祈っています。
素敵なひと時を皆さまとご一緒出来たらとても嬉しいです。ぜひ会場に足をお運びください。お待ちしています。
ぜひ会場に足をお運びください! (c)Tey Tat King
―― 須川さん、貴重な時間をありがとうございました。引き続き頑張ってください!
取材・文=磯島浩彰

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