【THE MUSICAL LOVERS】Season3『ミ
ス・サイゴン』 ~第二章:「アメリ
カめ!」戦法のススメ~

【THE MUSICAL LOVERS】Season3『ミス・サイゴン』

~第二章:「アメリカめ!」戦法のススメ~

重くてつらくてやりきれない気持ちになる『サイゴン』を楽しむ方法の二つ目は、予告した通りちょっと…というかかなり乱暴な、正しく伝わらないと筆者の人間性が疑われるようなやり方なので、まずは前提となるお話を。毎年ブロードウェイ旅行をしていることからも分かる通り、筆者は基本的にアメリカが好きだ。謙遜(自虐)精神が骨の髄まで染みついた完全日本人メンタルの持ち主であるため、現世でアメリカに移住できる気はしていないが、生まれ変わったらアメリカ人になろうと心には決めている。よってこれから述べる“アメリカ”とは現存するアメリカのことではなく、戦争が起こればどの国でも、もちろん日本でもなり得る、相手国という概念としての“アメリカ”であることを念頭に置いていただきたい。
最後まで読んでほしい話
重くてつらくてやりきれないのは、誰も悪くないのに戦争によってみんなが不幸な目に遭うからで、誰かのせいにできれば気が楽だ。「あいつのせいで」と思えれば日頃のストレスが解消されるし、「あいつさえあんなことしなければ」とあいつが悪さしないバージョンを妄想できれば、明日も頑張ろうという気持ちにもなれる。日本で出会った『サイゴン』を、その後ロンドンやブロードウェイでも体験してから再び日本で観た筆者は、ある時ふとそんな気持ちでいる自分に気付いた。そう、すべてを“アメリカ”のせいにすることで――。
大好きなアメリカ(本文とは無関係です)
アメリカというか、要はジョンなのだが、物語をひも解けば、悲劇はジョンが戦友クリスを「女でも抱けば気分が晴れるぜ」とかそそのかしたことから始まっている。そそのかされてキムを抱き、心惹かれて結婚の約束をしたクリスを、無理やりヘリに乗せて祖国に連れて帰るのもジョン。きっとほかの米兵もそそのかして多くのブイドイ(米兵とベトナム女性との混血児)が生まれる一端を担っていただろうに、帰国したら急に改心して「ブイドイ救おうぜ」とか言い出すのもジョン。描かれていないが、帰国してからもキムの身を案じ続けるクリスに、エレンを紹介したのも筆者の推測では多分ジョン。バンコクでせっかくクリスより先にキムに会ったのに、ひよってエレンの存在を言い出せないのもジョン。
クリスはクリスで、いくらジョンに振り回された結果とはいえキムを裏切ってエレンと結婚し、タムの存在を知ってもなお、「援助すれば大丈夫!」なんてお花畑みたいなことを言っている。エレンにしたって、クリスのキムとの過去を知らなかったのだから被害者ではあるのだが、お花畑な夫に乗じて「タムはバンコクでアメリカンスクールに通えばいいわ」みたいになっちゃう発想はやっぱりちょっといただけない。もちろん、3人とも元からそそのかし好きだったり心変わりが激しかったりお花畑だったりするわけではなく、そうさせたのは戦争だ。だがそれを認識してしまうとつらいので、クッソ~、“アメリカ”のせいで今日もキムがめちゃめちゃかわいそうだったぜ!と思ってスッキリした時期があったのだ。
できれば次回まで読んでほしい話
そしてこの「アメリカめ!」戦法、実は意外にも、日本(アジア)で観る場合により有効だ。西洋人と東洋人がただ登場するだけでなく、その対立や差異がテーマともなっているため、それをアジアで、東洋人俳優のみで上演することは通常チャレンジングであるとされる『サイゴン』。確かに、ベトナム人役は東洋人が、アメリカ人役は西洋人が演じるほうがずっと自然で、物語はすんなり入ってくる。でもそれこそがトラップで、クリスとエレンがアメリカで幸せに暮らすことがあまりにも自然で、歌が激ウマなジョンがあまりにも素敵で、しかもジョン役は往々にして黒人俳優が演じるためブイドイという人種問題に立ち向かう姿にあまりに何の違和感もなくて、やっぱりどうしたって悪いのは戦争だとしか思えない。
一方の日本では、キムとクリス&エレンに明らかな見た目上の差異はなく、特に誰にどっちの国が似合うということはない。ジョンもまた同じ見た目なので、帰国したら急に改心してブイドイブイドイ言うじゃん感がちゃんと(?)ある。そしてジョンのソロ<ブイドイ>のキーは非常に高く、どんなに歌唱力のある俳優をもってしても、日本人が黒人並みに完璧に歌うことは声帯という構造上の問題によって不可能に近いので、ブイドイブイドイ言う歌がそこまで素敵には聞こえない。以上により、“アメリカ”3人衆を心おきなく敵とみなし、あの時あいつがこうしてればキムは幸せになれたから大丈夫、という都合のいい妄想を膨らませて心を落ち着かせやすいのが日本版『サイゴン』なのだ――いや、だったのだ。
新演出版になって以降の日本版パンフ。左から2012年、2014年、同ステージフォトブック、2016年
2012年から、日本版『サイゴン』は「新演出版」となった。キャラクター造形がよりリアルになり、またおそらくアソシエイト・ディレクター(Season1の『レ・ミゼラブル』第三回をご参照)の裁量が大きくなり、キャスト一人ひとりの解釈の自由が尊重されるようになったからでもあるのだろう、俳優の演技がなんというか、すごく良くなってしまった。ジョンもクリスもエレンもものすごく切実で、最近の公演ではとても彼らを責める気にはなれない。そうつまり、ここまで力説しておいて、この戦法はおそらく今年の日本公演でも使えませんよ、というのが今回のオチ。まあそもそも、こんな戦法がこの素晴らしき芸術品の正しい鑑賞法であろうはずはないので、連載のお戯れ回として、また筆者の若気の至りとして水に流していただければ幸いだ。ということで、次回こそ本題!
(つづく)

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