八神純子の『素顔の私』は
時代の節目に生まれた
日本ポップスの傑作
赤裸々で前向きなリリック
《ああ みずいろの雨/私の肩を抱いて つつんで/降り続くの…/ああ くずれてしまえ/あとかたもなく 流されてゆく/愛のかたち》《やさしい人ね あなたって人は/見ないふりしていたの 私のあやまち/ひとときの気まぐれ 通りすぎるまで/忘れてよ 忘れてよ 愛したことなど》《とがめる言葉なら 素直に聞けたわ/ほほえんでいただけのなつかしい日々/傷ついたその分 淋しい目をしてた/もどれない もどれない あの日の二人には》(M4「みずいろの雨」)。
《私のあやまち》、《ひとときの気まぐれ》となかなかパンチの効いた言葉が並んでいる。何かあった…とかいうのではなく、してはいけないことをして関係が破綻した…という内容である。子供には分かり得ないことであるし、正直言えば、今もこの歌の背景を100パーセント理解できているかと言えば、甚だ自信はない。同様にM6「アダムとイブ」の歌詞もなかなか意味深である。
《まるで アダムとイブ/赤い リンゴの誘惑/ああ 不思議な味 二人を/ああ とりこにしていた》《人の心の 奥の奥に/赤い リンゴは 住みついてる/神の怒りに ふれた扉/今も ひきずる 都会の夜》(M6「アダムとイブ」)。
はっきりとしたシチュエーションを描いているわけではないけれども、これもまた元気はつらつとした歌詞でないことは確かだろう。人によっては、週刊文春のスクープ、俗に言う“文春砲”のテーマ曲のような内容と受け取るのではなかろうか。
まぁ、上記2曲は三浦徳子の作詞であるから(作曲は八神純子)、それが即ち彼女が表現したいものではなかったのかもしれないが、アルバムタイトルである『素顔の私』から想像するに、赤裸々と思われる表現も本作に必要という判断があったのだろう。八神純子作詞のナンバーにしても、赤裸々というか、情熱的であったり、エモーショナルであったりする内容が目立つ。
《あなたのための バースデイソング/歌いつづるの/命の炎が もえるまま》(M1「バースデイ・ソング」)。
《明日に向かって行け/哀しみを 乗り越えて/朝焼けに ほほを染めて/あなた 輝いてほしい》《いつもの あの笑顔/明日は よみがえるよう/一度だけの 人生/あなたらしく 力強く》(M2「明日に向かって行け」)。
《幸せに なるために/たそがれの 街を 心あふれ出す/想い出 抱いて 離れて行くのよ/いつだって 一緒に居て/うかれた 感じで 話してくれた/あなたの 胸から 今は ひとり はばたく》(M5「夜間飛行」)。
M5「夜間飛行」辺りは、所謂ロストラブソングではあるものの、《はばたく》という言葉からは前向きな印象があって、失恋歌特有のウエットさは軽減されているようでもある。これらに女性解放的な指向とその意識があったかどうかは分からないけれども、そのニュアンスは感じるところだ。少なくとも男性に寄り掛かるようなスタンスは、これらの歌詞からはうかがえない。
今も新鮮な唯一無二なサウンド
もうひとつ、本作において特筆しておかなければならないのは、そのサウンドの豊潤さであろう。ラテンフレーバーがありながら、1970年代のディスコティックなストリングス、ブラス、シンセと多彩な音がゴージャスに配されつつ、それでいてしっかりとまとまっているM4「みずいろの雨」。そして、これまたラテンをベースにしつつ、ブラスやギターにはソウルテイストがあって、その上、昭和の日本らしさもちゃんと加味されているM2「明日に向かって行け」が顕著だろう。オリジナリティーが発揮されていると言おうか、唯一無二な印象が強い。
M1「バースデイ・ソング」はアーバンでAOR的なカラーなので、そのイメージで聴き続けていくと、いい意味で裏切られる。中学生の時にはそんなことをまったく意識しなかったので、今回しばらくぶりに聴いて、これはいい発見だった。全体的にベースラインはグルービーだし、間奏やアウトロで聴こえてくるギターはメロディアスなものが多い。レコーディングメンバーを調べたら、元愛奴の青山 徹(Gu)、元はっぴいえんどの鈴木 茂(Gu)、元ティン・パン・アレーの林 立夫(Dr)、そして高橋幸宏(Dr)、後藤次利(Ba)といった伝説的なミュージシャンがそこに名を連ねていた(これらの人たち以外にも多数のミュージシャンが参加)。後藤次利はアレンジャーとしてM5「夜間飛行」とM7「そっと後から」を手掛けている。ほとんどのアレンジを手掛けているのは大村雅朗で、その確かな仕事っぷりも逃せない。日本のレコード=“和モノ”を廻すDJにとっては早くから名盤認定されていたとも聞く。時代を経ても新鮮さを失わないということは、そこに注入されたものが変に偏っていなかった何よりの証拠だろう。八神純子の残した作品はその後も音楽シーンに影響を与え続けている。不世出の女性シンガーソングライターと呼ぶことに何ら躊躇はなかろう。
TEXT:帆苅智之