イエスを支え続けた職人プレーヤー、
リック・ウェイクマンの名作
『ヘンリー八世と6人の妻』
イエスへの加入と
『こわれもの』『危機』の成功
そして、この後『危機』の制作や『こわれもの』のツアーに明け暮れる生活が続くのだが、ウェイクマンの創作活動は尽きることがなかったようだ。イエスの仕事に精力を傾けながら、ソロアルバムの企画及び制作を同時に進行させている。そのうえ、ボウイやアル・スチュワートなど、いくつかのセッション活動も行っているのだから凄い。『こわれもの』の大きな成功によって、72年の『メロディーメーカー』誌におけるキーボードの人気投票ではキース・エマーソンに次いで堂々の2位にランクインしている。
多忙が生んだブルフォードと
ウェイクマンの脱退
72年の終わりには、次作の3枚組ライヴ盤『イエスソングス』(‘73)用のツアーがあり、ブルフォード脱退後はアラン・ホワイトが加入、短い間にライヴ曲を覚えるなど慌ただしい日々は続く。73年には初の日本公演があり、『危機』に続く2枚組スタジオアルバム『海洋地形学の物語(原題:Tales from Topographic Oceans)』もリリースされるのだが、多忙からグループ内の亀裂はますます大きくなっていく。結局、ウェイクマンもブルフォードに続いて74年5月に脱退、ソロ活動に専念する。
本作『ヘンリー八世と6人の妻』
について
演奏メンバーはイエスとストローブスのメンバーおよびスタジオミュージシャンで、ヴォーカリストも数人参加しているが、基本的にバックでスキャットを聴かせる程度。本作のサウンドは、クラシックとロックを融合させた(要するに典型的なプログレ)インストものであり、ウェイクマンはピアノ、オルガン、メロトロン、ミニモーグ、ARP、パイプオルガン、ハープシコード、クラリネットなど多くの楽器をプレイしている。
なお、各曲の演奏者は、ウェイクマンの持論である「曲のイメージによって適材適所に配置」されており、ロック的なビートが強いナンバーでは『こわれもの』や『危機』を思わせるサウンドが展開される。本作をイージーリスニングだと言う人がいるが、僕はまったくそう思わない。確かに一歩間違えばニューエイジかヒーリング音楽のようになってしまうだろうが、本作はロックスピリットにあふれており、跳ねるベースとタイトなドラムはグルーブ感に満ちている。リズムセクションのアレンジはまさしくイエスのようで、いかにウェイクマンがグループのアレンジに貢献しているかがよく分かる。また、各曲でのウェイクマンのアドリブプレイは緻密かつ繊細で、ジャズ的なフィーリングを垣間見せるときのプレイは実にスリリング。
アルバムは40分弱なので、ついつい何度も繰り返し聴いてしまうのだが飽きない。クラシック、ロック、ジャズ、教会音楽などが融合された本作は、多忙なウェイクマンが自分自身を癒やすために制作したのかもしれないとも思う。ちなみに、本作は全英チャートで7位、全米チャートで30位、日本でも37位と大ヒットしたのだが、イギリスは別として、アメリカでの30位はプログレのインスト作品だということを考えると快挙ではないだろうか。
TEXT:河崎直人