ファレル、全方位型スーパースターに
 新作『ガール』ヒット&再ブレイク
の理由

(参考:ダフト・パンクのグラミー賞パフォーマンスは、なぜ“歴史的事件”だったのか)

 90年代後半から時代を牽引するプロデューサーとして活動していたファレル・ウィリアムスは、ブリトニー・スピアーズやグウェン・ステファニーらにヒットソングを提供する一方で、自らもバンド、N.E.R.D.のメンバーとして活躍してきた。そんな現在41歳のファレルがここにきてスーパースターとして君臨している現象を日本で言うなら(日本で言う必要があるのかというツッコミはひとまず置いておいて)、つんく♂がシングルチャートで8週連続1位をとっているようなものと言っていいだろう。世界的なファッションアイコンをつかまえて何を言ってるんだと思う人もいるかもしれないが、実際に昨年まで、具体的には2013年を代表する2大ヒット曲、ロビン・シック「ブラード・ラインズ」とダフト・パンク「ゲット・ラッキー」に参加するまでの数年間、ファレルの音楽シーンでの立ち位置はかなり微妙なものだったと言わざるを得ない。

 4月30日に国内盤もリリースされる『ガール』は、10代後半で音楽業界に入ったファレルにとってその長いキャリアからすると意外にも思えるまだ2枚目のソロアルバム。2006年にリリースされたファーストアルバム『In My Mind』は、作品の内容はともかく、APEデザインのアートワークを今見るとなかなかの時代遅れ感がある。これはあまり指摘されてこなかったことだが、海外では別として、ここ日本では8年前のリリース時点でも「今さらAPE?」といったムードが確かにあったことを記しておきたい。ちなみに現在のファレルは『In My Mind』を振り返って「精彩を欠き、物事を前に推し進めるという意図も欠落していた」「初めてアルバムを作ったときは自己中心的過ぎた。あまり楽しめなかったし、ライヴでやるのが恥ずかしい曲もあったよ」と散々な言い草。いや、音楽的にはそこまでダメな作品じゃなかったんですけどね。

 それまで勝ち続けてきたビリオネアボーイ(億万長者の少年)のファレルにとって、『In My Mind』での失望は大きなトラウマとなっていた。なにしろ昨年のダフト・パンク『ランダム・アクセス・メモリーズ』のレコーディングに参加した時点で、彼はソロアーティストとしての契約をどのレコード会社とも交わしていなかったのだ。実は今回のファレルのメガブレイクには、あの『ランダム・アクセス・メモリーズ』の膨大な制作費にGOサインを出したことでもその慧眼ぶりを発揮したコロンビアレコードのエグゼクティブ(具体的にファレルが名前を挙げているのはロブ・ストリンガーとアシュリー・ニュートン)による二つの決断が大きく寄与している。一つは、『ランダム・アクセス・メモリーズ』を最初に聴いた時点、つまりまだ「ゲット・ラッキー」が大ヒットする前の時点で、ファレルにソロアルバムの制作をオファーしたこと。もう一つは、グラミー賞授賞式、NBAオールスターズでのパフォーマンス、BRIT アワード授賞式(英国)、アカデミー賞授賞式と、2014年初頭の大きな舞台の出演が立て続けに決定した時点で、ファレルにアルバムの完成を急かしたことだ。ファレルのセカンドソロアルバム『ガール』が3月3日に(本国)リリースされることが突然発表されたのは今年の2月19日。それがレコード会社内部で決定したのは、なんとその10日前のことだったという。運をつかんで(Get Lucky)幸せ(Happy)になるのに一番大切なこと。それはタイミングなのだということを、現在のファレルの大躍進は教えてくれる。(宇野維正)

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