大阪フィルハーモニー交響楽団 演奏
事業部長 福山修に聞く

日本中が新型コロナウィルス感染拡大防止対策に追われている最中、政府の基本方針および総理大臣の要請を受け、日本中の音楽イベントが次々に中止・延期となっている。
2020年3月19日と20日に行われる予定だった大阪フィルハーモニー交響楽団の「第536回定期演奏会」は、初日は無観客公演として行われ、その模様はインターネットで無料動画配信されるそうだ。2日目は中止。もちろん両日共にチケット代金の払い戻しを行うとのことだが、初日の演奏をネットで無料動画配信するという事務局の決断には拍手を贈りたい。
ネットの動画演奏をコンサートに来る予定が無かった人が偶然見る事で、クラシック入門に繋がる事は…などと言うのは余りに穿った見方だとは思うが、この日の演奏は前首席指揮者 井上道義が得意とするストラヴィンスキー「春の祭典」を指揮するだけに、楽しみにしていたファンは多いはず。それを無料動画配信する事で、家に居ながらにして観れる!と云うのは、難しい問題も多かったと思うが、まさに事務局のファインプレー!
一人でも多くの人にこの定期演奏会の動画を見て欲しいと強く思う。
元首席指揮者 井上道義の指揮するストラヴィンスキー「春の祭典」がネットで観れるチャンス! (c)飯島隆
それぞれのオーケストラや音楽団体が、現在の状況を冷静に分析し、最善の策を見据えて手を打って行く。今はただ、事の成り行きを見守るしかないが、いずれ音楽の持つチカラが必要とされる時が必ず来るはずだ。
この騒動がまだそれほど大きくなかったある日の昼下がり、今回の決断を下した大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏事業部長 福山修に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
―― ベートーヴェンイヤーのスタート。4月定期演奏会は音楽監督 尾高さんの指揮で「ミサ・ソレムニス」ですか。
全国のオーケストラや合唱団体も、今年だけは「第九」と並んで「ミサ・ソレ」を意識されているのではないでしょうか。こうした機会でないと、なかなか演奏出来ない大曲です。合唱の難易度は相当高いですが、今の大フィル合唱団なら見事に歌ってくれると期待しています。合唱指揮の福島章恭さんも相当気合が入っていますし(笑)。ソリストも素晴らしい方々に出演して頂けることになりました。尾高さんは、昨年ブラームスの交響曲全曲演奏会に、コンチェルトではなく合唱曲を組み合わせたほど、大フィル合唱団の事を気に入っています。音楽監督3年目のシーズンの開幕に相応しい名演をお届け出来ると思います。
音楽監督 尾高忠明 (c)飯島隆
―― 「ミサ・ソレ」と言えば大曲ですし、1曲プログラムですが、聴きどころは満載。ベネディクトゥスのヴァイオリンソロも楽しみです。
皆さまの期待通り、ソロ・コンサートマスターの崔文洙が渾身のヴァイオリンソロを聴かせてくれると思います。どうぞご期待ください。
―― 5月はシャルル・デュトワ。よく2回目の招聘に成功されましたね(笑)。
シャルル・デュトワ (c)Kiyotane Hayashi
そうですね。2回目というのは、デュトワさんに気に入って頂けないと実現しませんから(笑)。前回の定期演奏会終演後、マエストロに「また来てください!」とお願いしたら、「ダ・カーポ!ダ・カーポ!」と言って、握手して下さり、「自分のイメージした音楽を、オーケストラ全員が全力で表現してくれた!」と大変喜んでおられました。更にその後、大阪国際フェスティバルで指揮して頂いた歌劇「サロメ」も大成功に終わり、マエストロとオーケストラの関係は一気に深まりました。今回は前回とはまた違ったテイストのプログラムですから、次もマエストロに大阪フィルの違った魅力を引き出して頂けるように、しっかり取り組みたいと思います。
―― 6月は桂冠指揮者の大植さんが指揮する、リヒャルト・シュトラウスとバーンスタインの特別プログラムですね。
桂冠指揮者 大植英次 (c)飯島隆
この二人の作曲家の作品を並べてプログラミングできるのは、世界中で大植さんだけじゃないでしょうか(笑)。メインで演奏するキャンディード組曲は、大植さんがミネソタ管弦楽団の音楽監督時代に世界初演した特別な作品です。大植さん得意のリヒャルト・シュトラウスと組み合わせた、特別プログラムを是非お楽しみください。
―― 7月は定期演奏会3度目の登場となるユベール・スダーンです。今回はブルックナーの交響曲第6番ですか。
ユベール・スダーン (c)F.Fujimoto
2014年に指揮して頂いたブルックナー交響曲第4番「ロマンティック」は、スダーンさんが「マイ ベスト ブルックナー!」と言って下さいました。ブルックナーの交響曲は基本的に尾高監督に指揮してもらう事にしていますが、第6番はしばらく尾高監督の指揮でやる予定がないので、お願いする事にしました。第6番は玄人好みの名曲ですね。オーケストラを徹底的にコントロールする事で知られるマエストロですが、大阪フィルのフィナーレに向かってオーケストラが一体となって突き進んで行くエネルギッシュなスタイルを、マエストロも気に入って下さっていて、両者の気質が上手く作用した名演になると期待しています。
―― 9月のびわ湖ホール芸術監督の沼尻竜典さんは、定期演奏会初登場です。
沼尻竜典 (c)Yusuke Takamura
尾高監督が邦人作品を沼尻さんにリクエストし、沼尻さんが作曲の師である三善晃と武満徹の作品を採り上げて下さる事になりました。後半はオペラ指揮者の真骨頂を聴きたいと歌手の入る曲を考えて、オリエンタルムード漂うマーラーの「大地の歌」になりました。バイロイト音楽祭常連組のクリスタ・マイヤーとシュテファン・ヴィンケの歌唱にも是非ご注目ください。
―― 10月はヨーロッパで人気のロバート・トレヴィーノが初登場です。
ロバート・トレヴィーノ (c)Håkan Röjder
今年、尾高監督の指揮で行う「チャイコフスキー交響曲全曲演奏会」に入っていない「マンフレッド交響曲」を、ヨーロッパで人気のトレヴィーノさんに指揮して頂きます。また、前半ではミニマルミュージックとして知られるジョン・アダムズの「ハーモニウム」に、大フィル合唱団と共に挑戦します。
―― 11月は尾高さんの指揮でマーラー交響曲第5番ですか。定期でマーラー5番をやるのは、この後1月定期を指揮するインバルと共演した2016年以来ですね。
音楽監督 尾高忠明 (c)飯島隆
マーラーの交響曲第5番は尾高監督の得意レパートリーです。皆さま良くご存知の人気の曲ですが、正統派の引き締まった演奏をお届け出来ると思います。そしてもう一つの注目は、前半の作品です。グレース・ウィリアムズはショスタコーヴィチと同い年のウェールズ出身の女性作曲家で、今回演奏する「海のスケッチ」は、弦楽による美しい調性音楽です。尾高監督が愛するイギリス音楽を紹介する事は、就任当初からのコンセプトです。インバルが指揮した前回の定期演奏会では、前半にモーツァルトを演奏しましたが、今回の組み合わせもオススメです。
―― 1月はインバル3度目の登場ですね。過去2度とは違い、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチというロシアものですか。
エリアフ・インバル (c)Rikimaru Hotta
インバルさんのショスタコーヴィチもマーラーと並んで定評があります。これぞショスタコーヴィチという魅力いっぱいの交響曲第10番とプロコフィエフの古典交響曲という、対照的なプログラムで、オーケストラ音楽の醍醐味を味わって頂きたいと思います!
―― 2月は、シーズン3度目の登場となる音楽監督の尾高さんが、ブルックナー交響曲9番を指揮されます。尾高さんが指揮者を目指すきっかけになった曲だそうですね。
創立名誉指揮者 朝比奈隆 (c)飯島隆
朝比奈先生が2001年12月に亡くなった後、2003年に大植さんが2代目の音楽監督に就任しましたが、翌年の1月定期で尾高さんにブルックナー9番を指揮して頂きました。大阪フィルとしては朝比奈先生が亡くなって以来、封印して来たブルックナーでしたが、それまでの尾高さんのイメージが一変するような激しい指揮に、とても驚いたのを覚えています。尾高さんってこんなに情熱的な指揮をすることも有るんだ!尾高さんの指揮は、朝比奈先生とは違うものの、ホールに鳴り響いた音はまさしく伝統の大フィルサウンド。カーテンコールで見せた尾高さんの充実した表情が印象的でした。そこからですね、それまで以上のペースで指揮をして頂くようになり、エルガーの交響曲をはじめ、尾高さんの得意プログラムをご一緒するようになりました。ブルックナー9番が、音楽監督への道に繋がるきっかけになったように思います。
―― なるほど、この定期は聴き逃せませんね。ピアノのアンヌ・ケフェレックの奏でるモーツァルトも楽しみです。
アンヌ・ケフェレック (c)Caroline Doutre
はい。前回モーツァルトの22番のコンチェルトを弾いて頂きましたが、もう真珠のような美しい音で、めちゃくちゃ感動しました。今回は第24番を弾いて頂きますが、第20番と並んで2曲しかない短調のピアノコンチェルトです。ケフェレックさんと尾高監督は、札幌交響楽団時代から共演をされている旧知の間柄で、名演の予感しかありません!
―― 重量級の指揮者が得意のプログラムを持ち寄った感のある中身の濃い定期演奏会シーズンラインナップですが、最後を締めくくるのは初登場の指揮者ミゲル・ハース=べドヤによるカラフルなプログラムです。
ミゲル・ハースト=ベドヤ (c)Michal Novak
ベドヤさんはノルウェー放送響の首席指揮者を務める若きマエストロです。日本では都響さんの定期演奏会を指揮して評判になりました。若手指揮者を紹介するのは大阪フィルのミッションの一つです。過去にピエタリ・インキネンやヤクブ・フルシャ、クシシュトフ・ウルバンスキといった新しい才能を紹介して来ました。ベドヤさんとの共演も大変楽しみです。また日本でも人気のカリスマピアニスト、ケマル・ゲキチさんの弾くラヴェルのピアノ協奏曲にもご期待ください。
―― 定期演奏会以外の自主公演と言えば、年間通して一人の作曲家の交響曲を尾高さんと全曲演奏するシリーズを始められましたね。今年は生誕180年を迎えるチャイコフスキーですか。
尾高監督が就任した年に、ベートーヴェンを取り上げたところから始まった企画ですが、2年目にブラームス、そして3年目は大阪フィルにとって大切な作曲家の一人チャイコフスキーを採り上げます。1年を通して1人の作曲家の作品に集中して取り組むのは、メンバーにとっても曲の背景や意図、作曲家の生き方にまで深く踏み込む機会となり、貴重な経験です。チャイコフスキーは朝比奈時代から繰り返し演奏して来た大切なレパートリーですが、今回は人気の4番~6番「悲愴」に、演奏機会の少ない1番~3番を組み合わせたダブルシンフォニーでお届けいたします。
―― 名曲シリーズの「マチネ・シンフォニー」と「ソワレ・シンフォニー」もすっかり定着してきた感じですね。
来シーズンも「マチネ・シンフォニー」に前首席指揮者 井上道義さんと尾高忠明さん。「ソワレ・シンフォニー」は大友直人さんと大阪フィル指揮者 角田鋼亮という、大阪フィルと関係の深い指揮者に、誰もがよく知っている名曲を採り上げて頂きます。
指揮者 角田鋼亮 (c)飯島隆
―― その他にも自主公演として「神戸特別演奏会」や「京都特別演奏会」、「第9シンフォニーの夕べ」など、例年通りの演奏会が並んでいますが、「新春名曲コンサート」の指揮者が尾高さんになっています。
「新春名曲コンサート」は長年、朝比奈先生が指揮して来た歴史あるコンサートです。近年は円光寺さんに指揮していただいていましたが、新年最初の演奏会ということで、来年から音楽監督の尾高さんに指揮してもらうことになりました。プログラムは尾高監督と新春にふさわしい明るく楽しい音楽をお届けしようと話していますので、決まり次第発表させて頂きます。
―― 驚いたのが、シーズンパンフに自主公演として「ドラゴン・クエスト」コンサートが並んでいます。自主公演でやられるのですか⁉
はい。「ドラゴン・クエスト」のゲーム音楽を作曲された すぎやまこういち先生と話をさせて頂く機会が有ったのですが、若い頃、音楽に目覚めさせてくれたのがオーケストラだったそうで、先生はその恩返しのつもりで「ドラゴン・クエスト」をオーケストラで演奏しやすく編曲されたそうです。それは2管編成で、2時間以内に収まるサイズ。新たなオーケストラ・ファンを増やすためにも、ぜひ大阪フィルも自主公演でやらせて頂きたい!とお願いしました。
―― 素敵なハナシですね。「ドラ・クエ」のコンサートもそうですが、最近ではゲーム音楽や映画音楽など、異ジャンルの音楽をオーケストラで聴かせる企画が増えていますね。それについてはどういうお考えでしょうか。
ゲームや映画ファンの方々にオーケストラの魅力や醍醐味を味わって頂くきっかけになるのであれば、チャンスだと思います。そもそも大阪フィルはクラシック音楽以外の作品を演奏する事に抵抗はありません。大阪フィルの歴史を辿れば、1950年から10年くらいは、当時全盛を迎えていた映画のサウンドトラックを京都の太秦撮影所で録音する仕事を請け負っていました。その多くは、演奏会が終わった後の徹夜仕事で、その数、実に1500本超え!有名な作品では「羅生門」(監督:黒澤明・音楽:早坂文雄)や「地獄門」(監督:衣笠貞之助・音楽:芥川也寸志)、山椒大夫(監督:溝口健二、音楽:早坂文雄)などがあります。
―― 映画がトーキーと言われていた時代ですね。そういう歴史的背景があるとは云え、現在の大阪フィルにはイロモノ的な営業はせず、クラシックの王道路線を行く!というイメージがあります(笑)。
大阪フィルハーモニー交響楽団 (c)飯島隆
そんな事ありませんよ。しかし、演奏する曲からオーケストラならではの多彩な音色や響きを感じられるかどうかが、大切なポイントだと思っています。「ドラゴン・クエスト」の音楽は、すぎやま先生が最初からオーケストラをイメージして作曲されているので、オーケストラの魅力を十分味わうことが出来る。オーケストラの特性を熟知した、センスのあるアレンジャーの存在が必須です。今ではオーケストラの定番曲となっているムソルグスキーの「展覧会の絵」も、ラヴェルの素晴らしいアレンジのおかげですから。
―― 前半が映画音楽、後半がクラシックといったプログラムをたまに見かけます。どう思われますか。
全編、クラシック音楽では難しいと思われるなら、そういうアプローチもアリだと思います。目的はオーケストラの魅力をお客様に伝える事ですから。むしろ、クラシック音楽を聴いてもらうきっかけになるなら、良いアプローチだと思います。そこで演奏する「スターウォーズ」のテーマで、オーケストラに興味を持ってもらえれば、十分価値があります。
―― 大阪フィルの福山さんの発言とは思えないですね(笑)。
定期演奏会開演前のプレトークが人気の福山修 (c)H.isojima
いえいえ、両方必要だと云う事です(笑)。一つ一つの演奏会について、どういった人に何を届けるのかをしっかり考えて演奏会を企画しなければいけませんが、いくらニーズがあって集客が良いとしても、クラシック音楽を疎かにして、ゲーム音楽や映画音楽ばかりを演奏しようとは考えていません。
クラシック音楽は時代を超えて、現在まで生き続けて来た普遍性を持った芸術です。そして、それらには名演が残されています。我々はベルリン・フィルやウィーン・フィルの演奏したベートーヴェンと比べられるわけです。そうした緊張感の中で再演を重ね、より芸術性の高い完動的な演奏を目指して日々技術を磨かなければなりません。その中で培われた演奏力こそがオーケストラの生命線であり、異ジャンルの音楽を演奏する上でも重要になってきます。そういう意味ではこれからの時代、益々クラシック音楽に対する真摯な姿勢が大切になってくると思います。
―― ありがとうございました。最後に読者にメッセージをお願いします。
大阪フィルは尾高監督の下、3年目のシーズンを迎えます。創立以来70年を超える歴史の中で、脈々と引き継がれて来た「大フィル・サウンド」を大切にしながら、様々な音楽を通して成長し、音楽ファンの皆様にもっともっと感動をお届けしたいと思っておりますので、是非演奏会にお運び下さい。大阪フィル一同、皆様のご来場を心よりお待ちしております!
大阪フィルハーモニー交響楽団をよろしくお願いします! (c)飯島隆
―― 福山さん、長時間ありがとうございました。大阪フィルの益々のご活躍を祈っています。
取材・文=磯島浩彰

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