“ジョニ・ミッチェル”という
新たなジャンルを確立した『逃避行』

多忙な1974~75年の活動

1974年はジョニにとって大忙しの年になった。『コート・アンド・スパーク』のヒットを受け、国内ツアー(1月~4月、7月末~9月中旬)を大々的に行ない、ツアーを通して彼女はジャズ/フュージョン的なスタンスを身につけていく。このツアーでバックを務めたのはトム・スコット&L.A・エクスプレスの面々で、7枚目となる2枚組ライヴアルバム『マイルズ・オブ・アイルズ』('74)はこのツアーのドキュメントである。この作品を聴くと、シンガーソングライターとして括られていた頃とは違う次元に突入したことが分かる。

75年は3月にグラミー賞の受賞(『コート・アンド・スパーク』の「Down to You」で編曲賞)があり、11月~12月にかけては、ジョーン・バエズ、ロジャー・マッギン(ザ・バーズ)、サム・シェパードやその他大勢とボブ・ディランのローリング・サンダー・レヴューに参加し、かつてのフォーク仲間たちと旧交を温めた。この時期は忙しかったはずだが、その間を縫って前作に参加したメンバーたちと『夏草の誘い(原題:The Hissing of Summer Lawns)』(‘75)を制作している。

ジャコ・パストリアスの参加

1976年初頭から前年と同じメンバーでツアーがスタートする。彼女は次作の曲を移動中に書き上げなければならなかったために、ピアノではなくほぼギターで創作することを余儀なくされている。そんな中、ジョニにとって理想とも言える凄腕のベーシストが現れる。ジャコ・パストリアスだ。74年にデビューしたばかりのジャコだが、フレットレスベースを使ったその革新的なプレイは、ジョニの求めていた新しい音であった。その後、彼は薬物の影響によって精神を病み、35歳の若さでケンカが元であっけなく亡くなってしまう。しかし、ジャコがジョニの音楽に大きな貢献をしたことは間違いない。彼は『逃避行』(‘76)『ドンファンのじゃじゃ馬娘(原題:Don Juan's Reckless Daughter)』(’77)、『ミンガス』(‘78)などの作品に痕跡を残している。

本作『逃避行』について

彼女がジャコを“発見”した時、すでに新作となる本作『逃避行』の基本的な部分の録音は終わっていた。しかし、ジョニはどうしてもジャコに参加してもらいたくて、「コヨーテ」「逃避行(原題:Hejira)」「黒いカラス(原題:Black Crow)」「旅はなぐさめ(原題:Refuge of the Roads)」の4曲について、ジャコのベースをオーバーダビングすることにした。そして、その効果は間違いなく大きかった。ジャコのベースは彼女の歌に寄り添うように鳴り、曲に繊細な陰影を付けている。

収録曲は全部で9曲。ジョニ・ミッチェルの代表作と言うに相応しい充実した楽曲群であり、ポップ性と芸術性がうまく溶け込んでいる。ザ・バンドの解散コンサート「ラストワルツ」でも歌われた1曲目の「コヨーテ」から「旅はなぐさめ」まで、重厚でハイレベルの音楽性が提示されている。どの曲も歌詞の詰まり方が半端なく多いのは、デビュー時からのジョニ・ミッチェルの端的なスタイルである。一見シンプルのようでいて聴き込むほどに多層的に感じるのは、彼女が描く絵画の作風に似ているかもしれない。「旅はなぐさめ」でのジャコのプレイは紛れもなく名演である。

本作からシングルヒットは生まれなかったが、この作品がジョニ・ミッチェルの新たなスタートとなったことは確かである。そして、本作の後に続く2枚組の大作『ドンファンのじゃじゃ馬娘』(‘77)と『ミンガス』(’79)は『逃避行』からのスタイルを踏襲しているので、3部作という扱いでも良いかもしれない。この後、80年代に入ると彼女の音楽はまた違う方向へと進んでいくのだが、そのあたりはまた別の機会に…。

TEXT:河崎直人

アルバム『Hejira』1976年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. コヨーテ/Coyote
    • 2. アメリア/Amelia
    • 3. ファリー・シングス・ザ・ブルース/Furry Sings the Blues
    • 4. ストレンジ・ボーイ/A Strange Boy
    • 5. 逃避行/Hejira
    • 6. シャロンへの歌/Song for Sharon
    • 7. 黒いカラス/Black Crow
    • 8. ブルー・モーテル・ルーム/Blue Motel Room
    • 9. 旅はなぐさめ/Refuge of the Roads
『Hejira』(‘76)/Joni Mitchell

OKMusic編集部

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