『ウエアハウス-double- 』平野良&
小林且弥インタビュー~2人の男の会
話劇に挑む!

平野良と小林且弥が今回挑戦する2人芝居『ウエアハウス』は、30年以上さまざまな俳優達によって形を変えながら上演されてきた。原作は、エドワード・オールビーの戯曲『動物園物語』。2人の男のやりとりから展開していくこの作品を、鈴木勝秀が上演する時期の世相を反映しながら創作してきた。
そして2020年1月25日(土)~2月2日(日)には、新国立劇場 小劇場にて『ウエアハウス-double- 』として上演される。出演の2人に思いを聞いた。
これまでとまったく違う『ウエアハウス』
──平野さんと小林さんは、お芝居でがっつり絡むのは初めてですよね。いかがですか?
小林:いやあ、やっぱ上手いですよね!良は役者としての息が僕よりも長い人だなと思います。普通の人もできるし、第一印象から変わらず“クセになるお芝居”をする人ですね。
平野:コバカツ(小林)さんは水みたい。山に入ると、岩肌にずっと水が流れ続けているような感じです。感情が途切れずにずっと流れ続けながら、そこにいてくれる。しかも、「言葉」という器に、言葉どおりではない「感情」という目に見えないものを注いでくれるんです。そのサブテキストのやりとりがすごく楽しいですね。
──演出の鈴木勝秀さんは通し稽古を何回も繰り返していく稽古スタイルだそうですが、どんな話をされましたか?
小林:もともと『ウエアハウス』は、田中哲司さんや松重豊さんがやったことのある作品だというのは知っていたんです。スズカツ(鈴木)さんにとってはライフワークで、戯曲をマイナーチェンジしながらこれからも上演し続けていくであろう作品。最初に読んだ時に、ものすごく人間を描いている強度の高い脚本だなぁと思った。脚本にパワーがある時は、こちらがなにか手を加えたり、お芝居でなにかを表現しなきゃいけないことはないと僕は思っています。
そのままのっかっていくだけ。最初の本読みの時にスズカツさんから「(2人が)徐々に争うような展開で」とか「これまでの『ウエアハウス』と全然違っていいんじゃないか」というようなことを言われたので、より濃度の高いものになるようにやっています。
平野:スズカツさんからは最初に「過度な演技は必要ない」というオーダーがあったので、どう見えているかを考えずに自分の役に集中するだけでいい。ノンストレスで楽にいられるので、すごく自由です。
──『ウエアハウス』は鈴木さんご自身がライフワークとして30年ほど上演されていて、そのたびに時代の流れが反映されていました。前回は3人芝居で、登場人物の名前も違いましたね。
小林:過去作の脚本を読んだことがあるんですが、鉄の味を感じるような硬質な印象だったんです。『ウエアハウス』は不条理だと言われるけど、スズカツさん自身は不条理だとは思ってないとおっしゃいますし、僕もそう捉えていました。ルイケという役を演じるにあたって、彼の行動にはいかようにも理由があるなと思う。
もちろんこの作品が不条理と言われる理由もわかるんですけど、SNSやコミュニケーションの断絶のような社会状況を入れたり、過去上演にはなかったエピソードを足していくことで、展開に理由がうまれてくるんですよ。そんなふうに僕が不条理さを感じずに作品を捉えていることで、作風も前回とは違うんじゃないかと思います。硬質感は薄れている気がします。
平野:前回は3人芝居ですよね。出演していたのは(佐野)瑞希さんと味方(良介)と猪塚(健太)くんでしょう。観たかったなぁ……みんな一見普通に見えておかしな人達だからおもしろそう。今回とは絶対違うでしょうね。
──今回は今までの上演のなかでも一番違うと聞きました。「過去のイメージが崩壊するだろう」と。
平野:へえー!そうなんだ!むしろ最初のベーシックな『ウエアハウス』に近いのかなと思ってたんだけど違うんだぁ……。なんだか切ないんですよね。
平野良
ドキュメンタリーのような舞台に
──初2人芝居ですが、そのおもしろさは?
平野:濃密ですね〜!
小林:誰かがしゃべったら、次にしゃべるのは絶対に俺なんですよね……だから怖いです。でも「えー」とか「あー」とかごまかしながら、空間を楽しみたい。ごまかすの得意なので(笑)
平野:本当に密室で2人だけで話してる感じがするんですよね。最初は「声が小さいとお客さんに届かない!」と思って意識して大きい声を出していたんですけれど、途中からなにも考えず普通に話している感覚になってきました。いつもは役を演じている時もどこかで俯瞰して「今、お客さんからはこう見えてるんだろうな」「この台詞は一番後ろのお客さんに届いたな」とかいろんなことを考えながらお芝居しているんですけど、それがまったくない。
なんだろう……あの感じ。入り込んでいるんだと思うんです。役者としても、平野良も、ヒガシヤマの感情のことしか考えてない。密室にカメラだけを置いて、リアリズムの映画を撮っているような感覚です。
──役作りはどのように進めていますか?
平野:ヒガシヤマは平々凡々なサラリーマンですが、ささやかな幸せを持っている人。一方のルイケはものすごく能力値が高からこそどんどん落ちていってしまい幸せを見失った男で、そんな2人のアンバランスさがどんどん混ざり合ってヒビが入っていくように感じました。でも、稽古をするたびに考えが変わっちゃうんです。
「あ、今日はこういうことを感じたなぁ」と少しずつ変化があるんですけれど、それをもう一度表現しようとするのは違うので、僕は毎回ヒガシヤマとして生きるだけ。稽古が終わって振り返ってみたら「そういえばこうなってたな今日は」と気づくような感じです。
小林:僕はあまり役づくりしたことがないんですよね……。頭で考えると、やっていくうちにちょっと気持ち悪いなと思っちゃうんですよ。最初に読んだ印象を破っていかないと、芝居が物語の中におさまってしまう。もっともっと生々しくしたい。だから、ルイケのことを考えるより、『こういう境遇の2人の男がいて、教会の地下で出会って話していくうちに……』というドキュメンタリーにしたい。
そしたら、僕はそんなこと一言も言っていないのにスズカツさんが「なんかドキュメンタリーみたいでいいよね」とおっしゃってくれたんです。すごくありがたかったです。今回は客席に囲まれた舞台だからこそ、お客さんにも見世物小屋のように覗きにくる感じで観ていただける作品にできたらいいなと思っています。
──ドキュメンタリーという感覚は、時代を反映する『ウエアハウス』という戯曲にも繋がるポイントかもしれません。戯曲のおもしろさは?
小林:そうですね。でも10年以上前からってことは、そのぐらいから携帯などのSNSもでてきて、時代を映しているから。やっぱりそういった世相を映している強度と、まったく違う出会わない人間が出会ったという強度が、ウエアハウスのひとつの魅力というか、そこで巻き起こることが見どころになってくるんじゃないかなぁ。
平野:現実世界から遠い小説を読んでいるような話かと思えば、かたや、自分や身近な人の物語にも感じられる。いろんな顔を持つ不思議な作品。今やるのと10年後にやるのでは全然変わるでしょうし、お客さんにとっても、今観るのと来年観るのでは違う。朝と昼でも違うし、大切な人とケンカした日に観劇するのかとか、観る状態によってもまったく変わってくるのかなぁ……という気がしています。その変化があるのがいいんだろうな。
ずっといろんなものが流れ続けている、シャボン玉の表面のような作品だと思う。「これは〇〇の物語です」と言うことすらヤボな気がしちゃうんですよ。ただ、この教会の下のある一定の時間を切りとってポンと置いただけのような。
──まさにドキュメンタリーですね!
二人芝居だからこそ際立つ、俳優2人のコミュニケーション
──『ウエアハウス』は登場人物の関係を通して、「コミュニケーション」について考えさせられる作品でもあります。そこで、コミュニケーションにおいて大事にしていることを教えてください。
平野:なるべくいろんな言葉で相手がわかりやすいように伝えるようにしているかもしれないです。日本語ってものすごくたくさんありますしね。言葉が多すぎるから表現が難しい。でも僕が日本語を好きなのは、棒読みでも言葉の意味だけで気持ちを伝えることができる。言葉だけでも感情を伝えられるからこそ、サブテキストがまったく逆ならメチャクチャおもしろい。綺麗な日本語ですごく肯定しながらも、感情ではものすごく否定していると、深みやおもしろさになる。『ウエアハウス』ってそんな作品なのかなぁと思う。ヒガシヤマとルイケがお互いに腹でなにを思ってるんだろうと想像しながら観てもらえそう。もちろん言葉どおりの感情である場面も多いですけどね。
小林:僕は、本音で話すことかな。でも僕のコミュニケーションの最初の一手の取り方って、判断の材料になってるからすごく恐ろしいコミュニケーションの取り方かも……。たとえば、コミュニケーションすることでコミュニケーションを断絶するっていうこともある。コミュニケーションをとってみて嫌な人や合わないなと思った人とはもう話す必要ない。でも前より丸くなりましたよ。歳をとると後輩も増えてくるし、いろんな気持ちもわかってくるし、コミュニケーションの幅は少しずつ広がっていっているような気はしますね。すごく優しいですよ、僕(笑)。
小林且弥
──もともと尖っていたんでしょうか…
平野:いや、コバカツさんは絶対に尖っていなかったと思うなぁ。根本がものすごく純粋でピュアすぎますもん。ボールが「とんがってんだろ!」って言っている感じだと思うけど……。
──そんなに純粋なんですか?平野さんから見た小林さんは?
平野:うーん、稽古のあとに一緒に帰ることもあるんですけど、話を聞いているとものすごく純粋に感じるんですよ。もっと無骨で、男臭くて、「俺はこうだよ!」という人にも見えそうですけど、ものすごくピュアな少女みたいな性格してるんだなぁという印象です。誠実なんですよ。それがおもしろい。
小林:(笑)
──では、小林さんからみた平野さんは?
小林:この舞台って、良の演じるヒガシヤマが受け身なんですよ。僕の方は「どこまで突っ込んでコミュニケートしようかな」と推し量るので、能動的なぶんブレやすいんです。でも、良は芝居で「ヒガシヤマがその瞬間にどう思ったか」を表現できるので、心強いです。舞台上での強度の強い役者さんなので、生き物としておもしろいし、お芝居をするうえで強さと色彩を出せるとても魅力的な役者さんだなと思っています。
──時代を反映した作品ですが、今の時代のお客さんに観ていただくお気持ちは?
小林:そうですね……押し付けがましくないお芝居はしたいです。どう受けとってもらえるかはお客さんの自由なので、劇場を出る時にどういう演劇体験になっているかは僕もわからない。でも台詞でもビジュアルでもなんでもいいから、『ウエアハウス』を体験したと感じてもらえたらいいですね。「あ、こんな演劇もおもしろいな」っていう初期衝動を感じていただけたら嬉しいです。
平野:そうですねえ。「これを観てあなたは今なにを感じましたか?」と問いかけるような作品なのかもしれない。観劇そのものと、観た自分と、その両方が合わさって完結するんじゃないかな。だから「観てなにを感じたか」という最後のピースを埋めに来ていただけたらいいな。
──ありがとうございます。『る・ぽえ』との二本立ても楽しみです。
平野:ええ。まったく違う作品ですから、ぜひ!
取材・文/河野桃子

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