米倉利紀

米倉利紀

【米倉利紀 インタビュー】
大きな始まりでもあり、
大きな区切りでもあるアルバム

1年振りとなる通算24枚目のオリジナルアルバム『pink ELEPHANT』は、世界標準のダンスミュージック、王道のJ-POP、さらには無国籍なサウンドを持つナンバーなど多種多様な楽曲が連なって芳醇な作品世界を形成。かつてない力強さを湛えたリリックもあり、ここに来て最高傑作更新は間違いない。

夢と現実を行き来する面白さが
今回のアルバムには出ている

ニューアルバムを拝聴して、何かひとつ突き抜けたというか、どこか解脱した精神状態が描かれた作品のような気がしたのですが、今作はどんなところから制作がスタートしたのでしょうか?

今作で24枚目のアルバムになるのですが、デビューしてから今年で28年、芸能生活で言うと僕は15歳から歌っているので、そこにプラス5年で33年なんですよ。その歌手生活の中で今回初めて、曲も歌詞も“創作活動の納得”という意味の着地をしないままで書き終えたんです。アルバムを作る時って、例えば10曲収録であれば大体30~50曲くらい書いて、なんとなく“この中から選ぼう”という感じで絞っていくんですけど、今回はいつまでも書き続けていたんですね。自分自身でも“終着点はどこなんだ?”と思いながら。で、自分で決めた締切時期が来てしまい、ここに収録されているのは“現状が終着点なんだという解釈で選んだほうがいいのかな”と思いながら選んだ10曲なんですよ。歌詞も今までは“よし、これだ!”と着地点を感じて書き終えていたんですけど、今回は“とりあえずサラッと書いてみよう”って下書き状態のものが多い。どこにも着地していないというか、躊躇してないというか、“これで決めよう”ということをあえてやらずに作ったアルバムなんです。

前作『analog』は「NOTHING LEFT」で始まってラスト「大切な日々」で終わるという物語性があったように思いますが、『pink ELEPHANT』にも大まかな流れはあるものの、前作とは趣が異なる印象です。

精神状態がまったく違いましたね。『analog』を作った時って原点回帰じゃないですけど、デジタルな時代だからこそアナログな心を大事にしたいという想いで制作しました。あの時の精神状態って「NOTHING LEFT」でテーマにしているグチャグチャな精神状態から「大切な日々」で這い上がってきてはいるんですけれど、そこにやっと辿り着いたかなという状態で、まだ到着点ではなかったと思うんです。だから、“そこに自分自身を立たせたい”という想いの作品作りだったと思うんですね。そこから約1年間後、自分なりに『analog』を一歩ずつ消化していった…自分の発言にしても、ひと言ずつ消化してくことができたと思うんですよ。で、本当の意味で辿り着いた時に、本当なら“よし、米倉利紀として今度はこんなアルバムを作ろう!”と意気込むところ、なぜか不思議とそうはならず、いい表現をするならば、余裕ができた。片意地張らず、重い荷物も無理に背負わず、手ぶらな状態というか。“他に何を持てるかな?”くらいの余裕がある状態で作れたかもしれません。

失意を払拭できたゆえに…という感じなんでしょうか?

音楽だけじゃなく、物を作る人はみんなそうだと思うんですけど、何か引っ掛かるもの…刺がないと心って砕いていけないと思うんですね。さっき“余裕”という言葉を使ったんですけれど、“余裕=安定”ではなくて、“どこに足を着けようかな”と模索中みたいなところがあったのかもしれません。辿り着いたんだけれども、“今度はその自分をどう料理していくんだ?”っていう。

“何をしてもいい”となると、意外と何をしていいか定まらないと言いますし、そんなところもあったんでしょうか?

『analog』というアルバムを作った時と、その後の1年間の中でも、本当にいろんなことが目まぐるしく起こり、それらの出来事を前向きにとらえるしかなかったところもあって。ただ、無理矢理に前向きになっても必ず皺寄せが来てしまう。1年間じっくり時間を掛けて理解していった感じですね。

アルバムに向けて曲作りをしたというよりも、日々起こることを曲にしていき、それをアルバムにしたような感じですか?

基本的に1年365日ずっと何かを考えている人なんですね(笑)。だから、実はずっと曲を書いているんです。で、アルバムのレコーディングが近付いてくると、それらの曲とは別に2〜3日で一気に50曲くらいバーッと書き足して、それまでの1年間で書いてきた曲と併せて、その中から選んでいく…最終的に100曲近くあるんです。でも、1年間掛けて書いたものってほとんどアルバムに入らないんですよ。最後の2〜3日の作曲期間のためのメロディーの材料集めみたいなもので、結局は集中して作った中から選んでいるんです。結果的には目標を持って曲を書いてるんですけど、それでも今回は“曲を作らなきゃ!”とか“こんなアルバムにしなくちゃ!”といったものがなくて。アルバムタイトルも、珍しくアルバムを作っている最中に決めたんです。

それは今までなかったことですか?

今までは先にタイトルを決めてましたね。今回も別のタイトルがもうひとつあって、それが変なタイトルだったんです(笑)。変というか、もともと僕はひと捻りあるものが好きなので、“これはどういう意味なんだ?”って調べてもらえるようなタイトルを考えていたんです。それをディレクターに伝えたら“なるほど”と。人が“なるほど”と言う時って、だいたい納得していないんですね(笑)。そこで僕の拘りをゴリ押しすることもあるんですけど、その時は“このタイトルはちょっと違うかもな”って直感で思ったんですよ。そう思えた心情って、自分に余裕があったからだと思うんです。“これを作らなきゃ!”と集中しすぎると他に何も見えなくなってしまいますよね。一生懸命に目標に向かって走ってはいたんですけど、今回はちょっと視野を広げることができた結果、もともと決まっていたタイトルがあって、しかも自分で企画書みたいなものも書いていたにもかかわらず、“あっ、そう言えば!”っと急に象が思い浮かんだんです(笑)。でも、“象=ELEPHANT”ってちょっと現実的すぎると思ったんですね。それでも動物って神秘的ではあるので、さらに非現実的なカラーに染めることによって、僕たちが夢と現実を行き来しながら生きているということを表現できないかなと。実際、構成している曲たちには、すごく生々しい歌詞もあれば、“そんないい話あるの?”という恋愛物語もあるので。そういう意味では、夢と現実を行き来する面白さが今回のアルバムにはあると思います。

“pink ELEPHANT”というのは、もちろん初めて聞く言葉ですけど、それがアルバムを象徴する感じということですね。

僕たちのような物を作る人たちって、過去にないものを作ることに意義を感じて人生を懸けているわけですよ。でも、悲しいかな、これだけ世の中にいろいろなものがあると、過去にないものなんてもうほとんどない(苦笑)。音楽作りにしてもドレミファソラシしかないわけで、それ以外の音階を作れないわけですよ。黒鍵を含めてもね。僕たちはその組み合わせを永遠にやり続けている。アルバムタイトルもビジュアルのコンセプトも含めて、世の中に存在しないであろうことを作る作業って果てしないんです。だけども、そこで奇を衒いすぎると、今度はそこに執着することになるので、そうじゃなくて、今回はパッと浮かんだものを形にしていく面白さを楽しみました。

タイトルチューンと言ってもいい「elephant LOVE」はラテン系のリズム…いわゆるカリプソでしょうか。でも、さまざまなサウンドがごちゃ混ぜになっている間奏が象徴しているように、決してラテン一辺倒ではない。今言われた“パッと浮かんだものを形にしていく面白さ”みたいなものを感じますね。

音楽ってジャンル分けをしなければいけない時ってどうしてもあると思うんですね。僕自身にもそういうところがあります。だけども、そんな壁なんて取っ払いたいというのが僕たちミュージシャンの一番の想いだとも思うんですよ。ロックが好きな人も、R&Bが好きな人も、ジャズが好きな人も、クラシックが好きな人にしてもそうだと思います。で、今回アルバムを作るにあたり、アレンジャーさんには音楽ジャンルの指定はひとつもしなかったんです。僕が書いたメロディーを聴いてもらった中で“何を感じますか”というところから始めた。「elephant LOVE」に関しては、もともとはここまでラテンっぽい感じではなかったんですけど、上がってきたアレンジを聴いた時にどこかラテンを感じたので、“間奏にラテンリフを入れたらどうだろう”というところから始まりました。作っていくうちにちょっと土臭くなりすぎたので、“デジタルなテープの逆走を入れてみたらどうだろう”とか、“コーラスを重ねてみたらどうだろう”とか…だからと言って、何でもかんでも詰め込んだわけではないんですけどね。

自由にやった結果こうなった感じでしょうか? ケーナも入って南米的でありつつも、歌詞に呼応してか全体にはアフリカンな印象もあって、さらに今言われたようにサイケデリックな音も入っている。本当に無国籍です。

そうですね。何でもそうなんですが、今、“ジャンルを超えて”という話をしましたけど、そう言っていること自体がすでにジャンルを作っているのかとも思うんですよ(笑)。「elephant LOVE」も今回のアルバム全体も、米倉利紀が作った作品であれば、僕のジャンルとして存在すればいいのかなというのは一番の願いではありますね。
米倉利紀
アルバム『pink ELEPHANT』

OKMusic編集部

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